明日なき者
ディメナード家の屋敷に到着した馬車からヨロヨロとした足取りでベノスが降りてきた。
投獄から10日ほど、ろくに食事もとっておらずまたラブロウから受けた魔法の傷の手当てもろくにされていなかったため心身ともに疲弊し、憔悴しきった状態であった。
屋敷に入るやベノスの父・ラドーの怒号が響いてきた。
「よく帰ってこれたな!!何をしたかわかっているのか貴様!!」
怒りの形相で待ち構えていたラドーはベノスに強く詰め寄ってきた。母エノワはシクシクと泣きながらただこちらを見ているだけだ。
「ディメナード家の面汚しめが!」
ラドーは力の限りベノスの顔面を殴りつけた。
立っているのもやっとのベノスはそのまま壁に叩きつけられた。ラドーはさらに何度も蹴りをいれ、ベノスの胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「貴様のせいで王国の関係筋との取引きは殆どご破算だ!どうしてくれる?!ええ?!」
さらに2発3発と殴りながらベノスを責め立てるラドー。頰は腫れ鼻から溢れ出た血で服は赤く染まっていた。
リントンや他の使用人の制止も振り払ってなおラドーはぜえぜえと息をきらしながら殴る蹴るをやめなかった。
「おやめ下さい旦那様!どうか、どうか…!」
リントンは涙ながらにベノスを庇う。
「そうだ、貴様ら使用人どもがこれまで甘やかし続けた結果がこの様だ!どいつもこいつもクビにしてやる!」
ベノスはゆっくり立ち上がりフラフラと屋敷のエントランスに飾ってある調度品の方は向かいだした。
「どこへ行く!話は何ひとつ済んでおらんわ!」
ラドーは拳を握りしめてベノスに近づいていく。
次の瞬間、ベノスは調度品の中の美しく装飾された剣を抜き振り向きざまにラドーを斬りつけた。
「ぐわぁっ!何をするっ!」
ベノスの剣はラドーの額をかすめた。ラドーの額から血が流れる。
エノワや使用人たちから悲鳴が上がる。
「貴様…この後に及んでなんということを…」
ラドーは額をおさえながら後退りする。
「この家で、生まれ育って…俺は心安らいだことなんて一度たりともない…
ただただお前の機嫌をうかがい、叱責を恐れおびえていた記憶だけだ」
ベノスは振り絞るように話す。
「オレとお前の間に、親子の信頼なんてあったのか?
あるなら言ってみろ…!言えっ!」
さっきまで殆ど無気力の状態だったとは思えぬほどベノスの鋭い剣撃がラドーを襲う。
逃げるラドーの背中をさらに斬りつけた。今の身体ではいつものような踏み込みが思うように出来ず、ラドーの分厚い貴族服を切り裂いただけだった。
「ひいっ!よせ!やめんか貴様!」
突然の逆転にラドーは腰を抜かし驚きと恐怖でおたおたと這いずる。
「俺のせいでもうおしまいなんだろう?ディメナード家は!じゃあお前の命も俺の命も必要ないな…」
ベノスはゆっくりラドーに歩み寄り剣を振り上げた。
「ぼっちゃま!どうかこれ以上は!」
リントンはベノスの前に泣きながら立ち塞がり制止する。
静まり返る屋敷。
2、3秒の静止であったが、振り上げた剣を下ろすまでの時間がベノスにはとてつもなく長く感じた。
そしてベノスは剣を持ったまま静かに屋敷から出ていった。
「このクズめが!二度と顔を見せるなぁぁ!」
ラドーは震える声でベノスに言い放った。
ベノスの後を追うリントン。
「ぼっちゃま!お待ちを!」
「来るなリントン」
ベノスは強く言い放つと振り返り、リントンに向かって
「…迷惑かけた。達者でな」
今にも泣き出しそうな笑みでリントンに精一杯の別れの言葉をかけた。
「ぼっちゃま…ぼっちゃま…」
泣き崩れるリントンや他の使用人たち。
振り返ることもなくベノスは屋敷を後にし、あてもなく歩き続けるのだった。




