宵の決闘
日は落ち、騎士団少年部の訓練生は全員寄宿舎へと戻っていた。次の日の早朝に、教官が手配した王宮の医術師がワザワザ診察に来ることになっていたため、ベッドの数にしてはやけに広い医務室でラブロウはひとり夜を明かすことになっていた。
皆にはかすり傷だと強がっていたものの、ベノスにやられた傷が痛む。それでもジロッサの父のはからいで普段王宮の人間にしか使われないような痛み止めや打撲の腫れを鎮める薬など特別に与えられたおかげで、地下にいる時よりはだいぶマシだ。
「あー、なんか眠れないな…。ベノスのやろーめちゃくちゃやりやがるなホント」
ベッドに寝転がりひとりぶつくさ言っていると、数人が歩く足音が聞こえてくる。
(…?あー衛兵の人か?夜中に見回るとか言ってたしな)
などど呑気に考えていると静かに医務室の扉が開いた。
現れたのは剣をピットーの喉元に突きつけたベノスと、後ろ手を掴まれたジロッサの姿だった。
「なっ、何やってんだお前!」
ベッドから飛び降りベノスに向き合うラブロウ。
ジロッサをそのまま前に突き飛ばすと、ピットーに指示した。
「邪魔が入らんよう、扉の前にそこの棚を倒して扉を封鎖しろ」
「こっこんなことをしてタダじゃ済まないぞベノス…!」
ジロッサの言葉も意に介さず、
「さっさとしろ」と冷たく言い放つ。
ピットーは怯えながら言う通り棚を扉の前に倒す。
大きな物音が人気のない少年部訓練場に響き渡ったが、駆けつけてくる者は誰もいない。
ベノスはラブロウに鞘に収まった剣を投げてよこし、
「決闘だラブロウ。
ジロッサ、ピットー、貴様らはこの決闘の立会人だ」
ラブロウ達は唖然とした表情でベノスを見ていた。
拘禁室から脱走し、寄宿舎のジロッサとピットーを剣で脅し連れてきた挙句、こんな夜中の医務室で決闘?!…その意図が理解できる者は誰ひとりいなかった。ベノスすらもはや自分の行動の正否が判断できぬほど正常な精神状態ではなかった。
とにかく、ある日突然やってきた目障りで薄汚いこの魔法猿が、高貴なる自分の剣撃でのたうつ姿を誰かに見せつけたい。ベノスはそんな常軌を逸した思いに取り憑かれていた。
「勝負!」
凄まじい気迫で斬りかかるベノス。
「うわー!まったまった!わー!」
剣をとることも忘れ必死で逃げ回るラブロウ。
昼間の訓練同様、ラブロウの動きを完全に見切っているベノスはしなやかに剣を振るう。高速の斬撃がラブロウを襲い、ラブロウの肩に鮮血が滲む。
「ぐぅっ…」
「浅かったか」
窓から月明かりが差し込むだけの暗がりでは思ったような踏み込みができず致命傷には至らなかった。
「やめろベノス!」
倒れた棚から転がった空き瓶をベノスに投げつけるピットー。ベノスはそれを横目でキャッチし乱暴に投げ返した。
瓶はジロッサの足元で割れて砕けた。
「なんの意味があるんだ!決闘でもなんでもないだろこんなの!」
「黙れ!雑用しかできん道具屋のガキが!貴様ごときが俺に対等の口をきくな!クズが!」
ピットーの叫びに罵詈雑言で返すベノス。
「ボクはようやく理解したぞ…!真のクズっていうのは…力や立場で他人をねじ伏せ、屈服させようとするお前のようなヤツのことをいうのだ!ベノス!」
声を振り絞ってベノスに叫ぶジロッサに、剣を握り直し歩み寄るベノス。
「親の力無しでは何ひとつできないブタが!ほざくな!」
「逃げるもんか…!怖くないぞ!」
涙目で足震わせながらジロッサは真っ直ぐベノスを見据えた。
「ベノスッ!」
ラブロウの呼び声に振り返るベノス。
ベノスの目に映ったのは青く輝くラブロウの掌だった。
次の瞬間──
ラブロウの放った光弾がみぞおちの辺りに命中したベノスの身体はその衝撃で1メートルほど吹っ飛んで壁に強く叩きつけられた。
ピットーが恐る恐る様子を伺うが…生きてはいるようだが、意識はなくベノスが動くことはなかった。
ラブロウは斬られた肩を押さえながらよろよろとベノスに近づき、彼を見ながら呟いた。
「いったいなんだってんだよ…」




