招かれざる者
振り返り、横たわるエンリスの方へ歩み寄るベノス。
「…どうだ?まだやるか?」
エンリスは息も絶え絶えに低く唸る。
「グルル…トドメヲ刺スガイイ…」
「刺すわけないだろ。みんなお前とアフ先生の事を心配してる。一緒に帰ろう」
ベノスはしゃがみこんでエンリスに近づき言葉をかけた。
「マタ、アフをイイヨウニ使ウカ…?」
エンリスは目を閉じ、諦めたような顔でベノスに吐き捨てた。
「ブラックドラゴン襲撃の際の出来事か。たしかに過剰に治療行為を求めたのは褒められたものじゃないが…村のみんなはお前やアフ先生のように特別な力を持たない普通の人達だ。あの地獄のような混乱状態じゃ、冷静さも失うさ。でも…普段の村の人達を思い出してくれ。みんなお前とアフ先生を都合よく利用するような態度をとったことがあるか?むしろ逆だろ。弱い自分達を助けてくれる特別な存在だと大切に思っていたはずだ。お前もそれは感じていただろう。知らないとは言わせんぞ?」
ベノスの言葉を聞き、村の者達のことを思い出していた。
アフだけでは食べきれないほどの収穫物を分けに来る農夫たち、用もないのに世間話をしに診療所にやって来る村の女達や遊びに訪れる子ども達。
手厚い治療を求めたり村への貢献を強要するようなものではない、敏感に悪意や企みを感じとるエンリスだからこそ分かる感謝や親しみのこもったコミュニケーションだった。
フンッと鼻息を鳴らすエンリスに、笑みを浮かべるベノス。
「戻ってくれるな、村に」
「…アフダケハ、必ズ生カセ。イイナ」
「あぁ。あの洞窟の奥だな?」
ベノスがそういうと横からエルトロが顔を出した。
「オレの出番だね。よいしょっと」
人間の姿に戻っていたエルトロは斬り落とされたエンリスの左前脚を拾ってきており、切断箇所にピタリとつけると魔力を集中しはじめる。
「まったくお前さんもつまんない意地はらなきゃこんな傷だらけになんなくても済んだのに」
エルトロの言葉にエンリスは低く唸るだけだった。
「ありがとうエルトロ。余計な手間をかける。エンリスは任せても?」
「ああ、早くアフって人の様子を見に行って来なって」
エンリスはエルトロに任せ洞窟の奥へと入るベノス。
そこにはベッド代わりに敷かれた大量の草葉の上に横たわる意識の無いアフの姿があった。
顔に色はなく、頬がこけ生気を完全に失っており弱々しい呼吸だけを辛うじてしている。
そして、これまで何度か見てきた魔力の欠乏による身体の異常な冷たさ。もし来るのが1日2日遅ければ手遅れだったかもしれない。
ベノスは腰の道具入れから丈夫な木箱に入った小瓶を取り出した。ザンデロスから待たされた竜の霊薬だ。
ザンデロスいわく、エルフの秘薬のようなたちどころに傷を塞ぎ治すような代物ではないが、消費した魔力や疲労し消耗した体力を劇的に取り戻せるという。
そもそもザンデロス達は人間の何倍もの再生能力や高度な治癒魔法を使える為、外傷を治すものより消耗を回復する薬の方が良いらしい。
今のアフにはうってつけの薬だ。
ベノスは小瓶をアフの口元にそっと近づけて薬を少しずつ流し込む。
氷のように冷たかった身体は徐々に熱を持ち始め、顔にも生気が戻り呼吸も正常な状態に戻っていく。
しばらく様子を見、意識こそ戻らないものの何とか持ち直したのがベノスにもわかった。
一刻も早く村に戻ろうと一度洞窟を出てエルトロに声をかける。
「エンリスの傷の具合は?」
「脚は繋ぎなおして傷もだいたい塞いだよ。ただ魔力も血もかなり失ってるから当分は安静だね」
エンリスは落ち着いた様子で治療してもらった前脚をペロペロと自分で舐めている。
「アフ先生も霊薬でとりあえず急場はしのげた。早く村に戻って━━」
とベノスが言いかけたその時、そばの空間がメキメキメキと音を立てて裂け始めた。
ベノスもエルトロも瞬時に理解した。
“モナルカ”が来た?!
裂け目から人影が姿を現す。
「もぉーこんな辺鄙なトコで何やってんの?」
ベノスは驚き思わずその名を呼んだ。
「ディアボリカ?!」




