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トロマの禍  作者: 駄犬
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拳銃自殺

「ほんとう、苦労を知らないな」


 近年、煙草を嗜好品として消費する国民はめっきり減った。政府が財源の確保に煙草にかける税率を引き上げたことによる弊害もあったが、高齢化社会を支える中高年の健康を損ねる危険性を憂いた為でもある。経済動物としての価値を高める政策の数々は、国民に鞭を打ち、汗水垂らして働かせようと知見を集結させる国会から発信されている。


「貴方の一票が、国を動かします」


 このような謳い文句を発信し、選挙権の年齢を引き下げて若者に政治をより卑近なものとして感じてもらう体裁を整えた。若年層を取り込もうとしながらも、その実団塊世代を見据えたパフォーマンスに過ぎず、目先の票集めに走った議員の戯れだ。著しく低い投票率に裏付けされた若者へのある種の信頼があってのことであり、草の根活動とは相反する邪な思いが先行していた。


「一週間も経たないうちに世間の動静は目まぐるしく変化するし、いつまでも引きずったりしないもんだ…….」


 後輩から見限られた上司は、自身を慰めるように独り言を重ねると、大言壮語な志しが否応なく転覆する様子を夢想し、ひたすら自身の正当性を咀嚼する。


「……」


 警察署の喫煙者という関係者しか凡そ立ち入ることがない場所で、陶器のような女とも男とも付かない“人間”が、四隅の一箇所を埋めるように立っている。「奇怪」を地で行く不可解な光景は指摘しなければ嘘になるし、置き物として扱うにはその実像はあまりに高貴だ。ちらりと上司はそれを一瞥したあと、何事もなかったかのように顔を俯かせ、火のついた煙草から吸い上げた煙を僅かに作った唇の隙間を狙って逃す。それは、平静を装う為の所作にしか見えず、もう一度口元へ煙草を持っていく手は、酷く震えて咥えることすら覚束ない。


 警察官の拳銃自殺は時折、耳にする。命を絶つのに手間がなく、一瞬で絶命することができる手軽さは、日本国に於いて最も難しい自殺の手段である。警察官はその特権を享受できる立場にあり、トイレにこそりと隠れて、白昼の勤務中に恐ろしげな物音を立てる。のちに待ち受ける様々な喧騒など構やしないという、強い覚悟のもとに実行される。


「普段の勤務態度は至って真面目であり、今回のような出来事は信じられないと、同僚仲間から声が上がっています」


 悍ましいニュースであることを告げる為に、眉根に深い谷を作り、情報の伝達のみに注力した弁舌はきわめて無感情であった。外面を担保に局員として迎え入れられ、アナウンサーという肩書きを貰った女の立場は、機械学習が進んだ未来に於いて不必要な存在になるだろう。


「今回の件、どう思いますか? 有馬さん」


 老若男女の有識者が横一列に並び、各々が得意とする分野のあらましを済ませているアナウンサーは、有馬という白髪の男に意見を求めた。

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