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トロマの禍  作者: 駄犬
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無形の怒り

 もはや生命維持活動に比類した、義務感と鬱然たる思いだけが、彼の拠り所となっており、凝然とベッドに身を預けている合間に従来の身の処し方を思い出す。


「……」


 きわめて機械的な回復処置を図る彼の姿勢は、真っ直ぐと歪みがなく、まるで本当に人間の皮膚を被せた無機物めいた硬さが見受けられた。そして、萎んだ風船に新鮮な空気が送り込まれるようにして、血色の悪かった顔に瑞々しさが宿る。敢えて比喩するならば、それは陸上植物に由来する光合成を想起させ、無駄な動作を排することによって、効果的な自浄作用をより推進している。


「ふぅー」


 息を細く長く吐き、切羽詰まった身体の調子を整える。きわめて合理的な精神統一のやり方は、中学生という肩書きからすると、些か達観しすぎているように思えてならず、師と仰いで然るべき相手からの指導があったと説明せねば、このような身の振る舞いは実現しないだろう。だがしかし、彼はそれをたった一人で習得しており、恬然とベッドの上に横たわっていた。


 程なくして、彼は上体を起こし、部屋の中を舐めるように見渡す。そして、ベッドから離れると本棚の前に行き、手当たり次第に読書を始めだす。ページを捲る手の動きは、例によって速読と呼ばれる種類の早さを有し、次から次へと本の内容を雑念が生じる前に頭の中に入れ込んでいく。つくづく彼の動作は、理路整然としたもので保たれているようであった。根っから、感情に支配される野生的な本能とは決別し、筆舌に尽くし難い道理を歩んでたまるか、という意気込みを感じて仕方ない。


「……」


 ものの数十分で、本棚を埋める半分の読み物を読破した。彼の記憶力をもってすれば、わざわざ読み直す必要がないように思えたが、これは謂わば、儀式のようなもので、何か多大な変化に襲われた際の揺り返しであった。彼の取る行動すべてに意味があり、ゆくりなく質問をぶつけても、つぶさに答えるだけの準備と集積があった。


「よし」


 彼は独り何かを納得し、机の上に置かれた携帯電話を手に取り、遍くニュースの確認に指を動かす。部屋にはテレビが置かれておらず、情報の収集は携帯電話にて行われていた。他人が編成し、事件事故が取捨選択するニュース番組というのは、此方の勝手に迎合しない為、あらゆる情報が手に入る。これは、個人の趣向にデザインされ直されてしまう、携帯電話の特性とは相反し、大きな利点であった。それでも、テレビを通じて得るものに関して、咀嚼しないまま丸呑みするのは危険だ。右翼、左翼という括りをせずとも、主観が介入すれば必ず偏りというのは生まれ、ひいては婉曲した主観や捏造などのきわめて卑劣な事態が得てして生まれがちだ。


「またか」


 彼が呆れたのも無理はない。某県某市にて起こった通り魔が捕まり、警察からの事情聴取に対して、「女神が俺の目の前に現れて、こう言うんだ。あの女は常日頃から、男を手玉に取って金銭を搾取し、豪勢な暮らしを謳歌しているって」こう供述し、自身が起こした犯行の正当性を訴えたのだから。

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