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聶史  作者: 鍋島五尺
第1章
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山寺の岩 第7話

 条眼和尚は寺中を駆け回り、泥鬼を探しましたが、その姿はどこにもありませんでした。まさか彼がどこかへ、つまり、裏手の谷などに身を投げてしまったのではないかと思いました。そして泥鬼の名を大声で呼びながら、寺の裏手へ駆け出しました。

 泥鬼は寺の裏手にある林に立っておりました。条眼和尚ははっと物陰に身を隠し、泥鬼をよく見ると、彼は腕を高く振り上げ、大きな岩に何かをしきりに叩きつけているようでありました。泥鬼が腕を振り下ろす度、小さな石が弾けて飛びました。泥鬼は全く振り返ること無く、一心不乱に岩を叩き続けておりました。泥鬼の手にはわずかながら血が流れているようでありました。しかし、泥鬼はそれをやめることをしませんでした。まるで鬼に取り憑かれたように、気狂いになってしまったかのように泥鬼は岩を叩き続けました。和尚はその血気迫る様を恐ろしく思い、それを止めることができませんでした。ガーン、ガーンという音が山に響きわたりました。


 四半刻(こちらは現代で言うと15分)ほど経って、陽がその殆どを山に隠しきった頃、泥鬼は急にその手を止めました。あまりに突然彼が動きを止めたため、条眼和尚はまたひどく驚きました。林の中はもう薄暗く、それでいて赫い夕日が眩しく差し込んでおりました。木の影が長く伸び、隣の木に重なりました。林の奥はもう闇の中にあり、何も見通すことはできませんでした。泥鬼の様子を見ようと和尚がそろそろと近づいてみると泥鬼が急に振り返ったので和尚はは三度驚き、跳ね、歩みを止めました。泥鬼は何も言わず和尚をじっと見つめ、こちらに来いと言うかのように一歩だけ後ろに下がりました。和尚は泥鬼の目をじっと見つめ、彼には危害を加えるつもりがないことを悟りました。

 恐る恐る条眼和尚が大岩に近づいてみると、そこには鬼の形相が彫ってありました。それは見るに恐ろしく、今にも動き出して人を食ってしまいそうな面でございました。和尚はもうすでに老人でありましたが、これほどにもおどろおどろしいものは見たことがありませんでした。都にも、山にも、この世のどこを探してもこの面を超える恐ろしさがあるものはありませんでした。それは正しく傑作でありました。

 条眼和尚は震えをぐっとこらえ、泥鬼を見つめると、これをお前が彫ったのか、と尋ねました。泥鬼は、一度だけ、小さく頷いたのでした。ですが和尚にはまだ不思議なことがありました。どうやって、なにをつかってこれを彫ったのかということです。後ろから見ている分には、泥鬼が素手で岩を殴りつけているように見えましたが、どう考えてもそれではこんなにも素晴らしい彫刻をすることは不可能です。和尚はまた恐る恐る口を開き、どうやって、何を使って彫ったのかと泥鬼に訊きました。泥鬼は何も言わず、ただ右手を突き出し、掌を和尚に開いて見せました。そこには大変小さく、赤茶色に錆びきった刀がありました。


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