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聶史  作者: 鍋島五尺
第1章
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山寺の岩 第4話

 泥鬼には親がおりませんでした。兄妹もありませんでしたので、まさに天涯孤独だったと聞いております。この時代では人が死ぬことは珍しくありません。乱世であり、人を殺すことも厭わない人々がいくらでもおりました。しかし、盗み、奪うことでしか生きる道がないような時代です。そもそも、人が死なないようになったのは、人の生死が日常から離れたのは、歴史をたどればわかることですが、つい最近のことでございます。長い間、人の歴史というものの舵を取っていたのは自然と生死でございました。今よりもずっと多くの子が生まれ、ずっと多くの人が死にました。生まれた子らのほとんどは死を理解する前に死んでゆきましたし、無事大人になれたとしても命の保証などどこにもありませんでした。


 生き死にと申しましても単に人の生き死にだけではございません。川の生き死に、畑の生き死に、家畜の生き死にも大いに関わってまいりました。春には虫が湧き、食料が腐ることで病がまん延し、人が死にました。夏には日照りが起こり、水という水が全て干上がり、人が死にました。秋には小麦色に輝く稲穂が辺りを埋め尽くし、そのために戦が起こり、人が死にました。冬には凍える寒さが村中を襲い、容赦なく雨風が肌に吹き付け、人が死にました。

 争いと天候、そして病が彼らを支配しておりました。戦はいつにでも起こりました。争いの恐ろしさはその連鎖反応といえます。争いは憎しみを生み、飢餓を生み、新たな争いを生み出します。戦に勝てば人は傲り、より多くを求めて戦を起こします。戦に負ければ立ち行かなくなり、その穴埋めを略奪に求め戦を起こします。歯止めは効かないでしょう。誰もが新たな争いを望んでおりました。平和は存在いたしましたが、雲の切れ間に差し込む日差しのように、一呼吸のうちに姿を消しました。誰もそれを享受する事はできなかったことでしょう。

 度々、干ばつが起こりました。すべての池、すべての川、すべての井戸は枯れ上がりました。一滴の水も残されてはおりませんでした。そんな時分はいつも、雲ひとつない、美しい青空が広がっておりました。葉も枝も、幹も草も、どれも青みを失い、人肌のような色になりました。土は固まり、人の手で掘り起こすことはできませんでした。やっとのことで掘り返しても土はすぐにパラパラと崩れました。どこまでも乾いた砂があったことでしょう。

 本来、世界とはこのような理不尽なものです。誰が悪事を働いたでもなく、いいえ、そもそも原因があるわけではなく、ただ”そういうもの”なのです。だからこそ釈迦尊はお悟りになったのです。


 とりわけ、病は最も恐ろしい厄災だったことでしょう。姿も影もなく、どこからともなく現れては命を刈り取ってゆく。それが病です。人々は対抗手段を何も持ってはおりません。ただ殺される日を待つのみでございますので、それが恐ろしく、また畏ろしく感じるのも道理です。だからこそ泥鬼は人々に疎まれたのでしょう。

 そうして泥鬼は人々に虐げられ、病に苛まれる日々を過ごしておりました。彼はその身体的特徴から愚鈍であると思われ、役立たず、穀潰しとして皆に忌々しく思われておりました。ですが、彼はそのような人物では決してなかったそうです。彼は素早くは動けなかったものの、陰ながら力仕事を行っては村の為に働いておりました。そして心は人一倍素晴らしいものを持っておりました。優しく、感受性が豊かで、世界の美しさ、自然の素晴らしさを誰よりも知っていました。一匹の虫でさえ大切に扱ったそうです。

 かと言って、やはり彼を正当に評価する者はありませんでした。皆彼を無口で言葉の通じない無愛想で愚鈍な男だと決め打ち、彼の働きを認めるものはただの一人もおりませんでした。


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