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sieve003 優しさの分水嶺

「早く早く早く……」

 僕はスフィンクスのコックピットの中で、コンソール画面に向かって繰り返していた。

 画面の中では、小さなデフォルメされたフクロウが、

 おなじくらい小さい輪の中をずっとぐるぐる飛んでいた。


 この回るフクロウを、今まででこんなに見つめたことは無かった。

 中古の家電じゃないんだ、よりにもよって今日この日にこんなトラブルは勘弁してくれと思った。

 サブシステムの起動そのものが出来ないなんてエラーは今まで起きたことがなかったから、

 僕は対処法がほとんど全く思いつかなかった。僕はパイロットであって、エンジニアじゃあないんだ。

 

 メインシステムの起動は完了していて、これで機体は問題なく動くし、航法も大丈夫。

 核もスリープモードから通常モードに切り替えた。すぐにバッテリーを満タンにしてくれるだろう。

 残っているのはサブシステムの起動だけだった。

 飛ばすだけなら、もう問題ない。

 ただ、今一番必要な火器管制システムは、そのサブシステムが起動してくれないと使えなかった。

 

 もしダメだったら、と考える。

 もし、手ぶらでこの基地を脱出するとして、それは可能か?

 ここはただの実験基地だし、戦闘機のパイロットは僕とあと二人しかいない。

 彼らが追撃してくるとして、このスフィンクスなら真っすぐ飛ぶにしても、格闘戦をするにしても、彼らの乗る機体に後れを取ることはない。

 パイロットの腕も、きっと負けてない。

 もっとも、その二人と実際の月面で模擬戦をすることは結局なかったが。

 ここに来たての頃は、早く実戦形式の研究もしたいと思ったし、それが必要だと思っていた。ただ、近頃はそうではなかったが。

 模擬戦じゃなく、実弾で撃ち合うのだとしたら、もっとそうだ。

 彼らに銃を撃つこと、彼らが僕に銃を向けるイメージで頭がいっぱいになる。

 途端に手が震えだした。

 怖いことだが、その可能性があるからこそ、だからこそ武器が必要だ。

「よし!」

 一体どれほど待ったか、フクロウの姿が消えて、サブシステムの起動が完了したが、

 いくつかの確認項目の中で、ひとつだけがエラーを出していた。

 サポートAIの部分だった。

 そこにはアップデート中と表示され、またしてもフクロウがぐるぐるしていた。

 そしてもう一つ追加のメッセージが表示されて、

(サポートAIを停止し、セミオートにしますか?)と僕に尋ねてきていた。

 

 横を見る。サブシートがあり、そこには彼女がいた。

 意識はまだ無かったが、パイロットスーツのバイタルサインを見る限りは正常に見えた。

 主治医の投薬と点滴が効いているせいか、顔色もまだ幾分か落ち着ているように見える。

 彼女の主治医はいつも彼女と、彼女を連れてくる僕までも思いやってくれていた。

 今朝、僕が彼女を医務室に運んだ時は、特に丁寧にしっかりと彼女を見てくれていたように思う。

 ただ、僕は彼女を連れだすのに、その主治医の顔面を一発殴ってロッカールームに閉じ込めてきた。

 恩を仇で返したわけだが、今研究所が慌ただしくなっていない理由が、

 その彼が僕に顔面を殴られたことを許し、静かに閉じ込められたままでいてくれているからか、

 僕も彼女も見たこともない形相で怒り、未だ必死に誰かを呼び続けているからなのか、

 そのどちらなのか、僕は自信が持てなかった。

 

 もう一度コンソール画面を見る。

 メインシステムは全てのチェックを完了し、すべてが問題ないことを示していたし、

 サブシステムもサポートAI以外の部分は、同じくすべて問題ないことを示している。

 火器管制自体も、セミオートなら正常に稼働している様子だった。

 どうするか決める必要がある。

 いつ終わるかも分からないアップデートを待つか、

 最悪起こる戦闘をセミオートで戦うか。

 

 時間はない、答えは明らかだった。

 僕はサブシートのシートベルトが、彼女をしっかりと確保しているか確認をした後、

 機体と制御ニューラルリンクを接続し、スフィンクスの足に付けられたロックを解除した。

 次に、この機体の搬出用のシャッターの管理にアクセスし、扉を開けるように操作した。

 途中までは問題なかったが、一番最後に

(責任者からのニューラルネットによる許可が必要です)と表示され、

 指示を拒否されてしまった。

 仕方なく、先に格納庫の与圧モードだけを変更する。

 すぐにエア抜きのための注意喚起の警告灯が回転し、ブザーが鳴り響く。

 そしてゆっくりと格納庫の中のエアーが減り始めた。これで騒がしくなるだろう。もう戻れない。


 エア抜きが完了すると、ブザーの音は消えて、警告灯だけがチカチカと回転していた。

 僕はスフィンクスの右腕に力を入れ、

 ゆっくりとレールガンをシャッターに向け、そのままフルオート射撃をした。

 ほとんど無音のまま、音速を遥かに超えた超硬質の弾丸がビームのように連なり発射される。

 まるでバーナーで扉を焼き切るように、レールガンでゆっくりと扉の四辺をなぞると、

 シャッターは支えを失い、弾かれたように外の宇宙空間へと漂いだした。

 そしてシャッターがそのままどこかへ飛んでくと、開いた穴からはまっすぐ地球が見えた。

 

 機体のロックが外れていることを改めて確認して、少しだけ床を蹴り、宙に浮いた。

 メインのプラズマエンジンに電力を流し込み、少しずつ、少しずつ出力を上げる。

 するとスフィンクスの足裏からプラズマがあふれ出す。

 機体が建物に引っかからないように注意しつつ、丁寧に機体をコントロールする。

 こんな乱暴な発進は初めてだったから、レールガンの銃身、頭のアンテナ、肩の装甲、足のつま先が引っかからないように注意しながら、繊細にプラズマエンジンの出力と偏向ノズルを操作し、

 ゆっくりと外に漂い出た。

 そして建物と十分に距離が離れたことを確認したら、

 今度はサブのロケットエンジンを動かし、思いきり激しい加速で月面のすぐ表面を飛んでいく。

 メインのプラズマエンジンと、サブのロケットエンジンを合わせた推力はとんでもなかった。

 無数の大小のクレーターが眼下に広がっていたが、

 遥か前方の遠くに見えたクレーターが近づいてきたと思ったら、

 次の瞬間にはそれらは後方に消えさり、もうどれがそのクレーターだったかも分からなくなる。

 そんなスピードだった。

 当然、Gもあり彼女を心配になったが、その彼女の表情は思っているよりもずっと大丈夫そうだった。

 研究でもテストでも、彼女が吐いているところは実は見たことがない。

 これぐらいなら問題なさそうだ。

 そして加速が十分に済んだことを確認して、ロケットエンジンを停止させた。

 プラズマエンジンは核が動いて、バッテリーさえあればほぼ無尽蔵に使えるが、

 ロケットエンジンは燃料を減らしてしまう。

 万一の戦闘を考えても、できるかぎり消費は抑えたかった。

 それに、基地に残る二人のパイロットの機体は標準のパラディオンだから、

 スペックを考えれば、スフィンクスがこの速度で巡航すればもう追いつけはしない。


 そうやっていくつかのクレーター群を通りすぎた頃、レーダーからアラートが鳴り、

 後方から、一つの影が近づいていることを伝えてきた。

 どういうことか。


 何かは分からない。だが、間違いなく何かが追ってきている。

 レーダーは間違いなく、その影がこのスフィンクスと距離を縮め、

 徐々に近づいてきていることを示していた。

 そしてまたアラートが鳴り、今度は二つ目の影がレーダーに現れた。

 それは一つ目の影と同じ方角から、同じスピードで、こちらに近づいて来ていた。

 僕は一体それが何なのか確認するために、後方の光学センサーを全周スクリーンの前の方に拡大表示した。

 光学センサーはその二つの影をしっかりと捉えていた。


「そんなの聞いていないぞ、僕は」

 そこに移っていたのは間違いなくパラディオンだったが、

 彼らはバックパックに巨大なブースターロケットを装備しているように見えた。

 そんな装備があるなんて、僕は聞いたこともなかった。

 つまり、彼らはもとからピアリ基地を守るために居たわけではなく、

 彼女が脱走したときのために居たということなのかもしれない。


 選択肢は二つある。

 一つはこっちもロケットエンジンを使って、全速力で逃げ切る。

 一つは、ロケットエンジンは温存し、彼らと戦うか、だ。

 最初の選択肢を取りたい誘惑に駆られたが、僕はそもそもあのブースターロケットの性能を知らない。

 だが少なくとも多分、使い捨てできるタイプのものだろう。

 そうであれば容量はたっぷりだ。

 彼らはもしスフィンクスに追いつければ、バックパックのブースターロケットはパージして、

 パラディオン本体のロケットエンジンで十分に戦闘行動ができる。

 対して僕の方はもしかするとロケットエンジンの燃料を使い切っているかも知れない。

 そうなれば最悪だ。戦っても逃げられっこない。

 となると二つ目しかない。まだこっちのほうは勝ち目がある。

 一旦追いつかせて、格闘戦を挑めば、そのタイミングで彼らはロケットエンジンをパージするだろう。

 あんな大型のブースターロケットをくっつけていてはまともに戦えないはずだ。

 そして、そのパージの後にこっちが減速すれば、彼らも合わせて減速せざるを得ない。

 一度パージしたあとに見失えば、彼らのパラディオンではもう二度と追いつけないから。

 だから、彼らは必ず一緒に減速する。

 そして減速後に彼らを何とかして、改めて加速すれば、それで追跡は振り切れる。


 問題は、一体どう戦い、どう何とかするか、だった。

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