猫はポーカーフェイスが上手
猫の表情は、意外にも豊かだ。
猫を飼ったことがある人なら解ると思うが、驚いたり、不機嫌だったり、嬉しそうだったり、眠たそうだったり……その時々で様々な表情を見せてくれる。まあ、可愛い飼い猫のことだから、半分くらいは飼い主補正が効いているのかもしれないが。
兎にも角にも、そんな表情豊かな猫との生活はとても楽しい。
しかしながら、猫はポーカーフェイスも上手かった。例えば――。
ガシャン、と大きな音がして、私は肩を跳ね上げた。物思いに耽っていた頭が現実に引き戻され、ぼんやり外を眺めていた窓から室内へと視線を移す。
リビングの中央に置かれたダイニングテーブル。その上に、一匹の白いペルシャ猫が上品に座っていた。
視線を落としてみると、床の上には見事に散らばった色とりどりのビーズとそれが入っていたプラスチックのケースが。これからこれを片づけることを考えて、私は思わず頭を抱えた。
趣味のアクセサリー作りの休憩で席を立つ時に、せめてビーズをテーブルの真ん中に避難させておくのだった。己の不注意も悪いが、落とす方も落とす方である。
私がテーブルに近づいていくと、こちらを見ていた猫はツーンとそっぽを向いた。
「こら」
軽く叱ってみるが、猫は髭の先まで微動だにしない。「わたしは何も知りませんけど?」とでも言いたげな顔だ。
私は猫を抱き上げて目を合わせようとしたが、くるくると視線を逸らされてちっとも合わない。
犯人――いや、犯猫は明らかだというのに、素知らぬ顔を貫き通す。猫のポーカーフェイスは鉄壁だ。
早々に問い詰めるのを諦めた私は、溜め息を吐いて猫をテーブルの上に戻した。散らかったビーズを片づけるべくしゃがみ込むと、テーブルから床にトンと飛び降りた猫が私の脚に擦り寄ってくる。
あれだけ堅固だった鉄壁は呆気なく、甘えた声と表情で私を見上げてくる。おまけに喉まで鳴らして、変わり身の早いことといったら。ポーカーフェイスを作るのも壊すのも、猫にとっては朝飯前のようである。
「……全く、しょうがないなぁ」
私は片づけを後回しにすることにして、猫のご飯が仕舞ってある棚の戸を開いた。