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天翔ける星々  作者: 一条魁
1/1

原始の惑星の皇子、異世界走破。

 深い闇で満たされた空間を高速で疾駆する天体があった。

太古の昔から、繰り返し、生命の終焉をもたらしてきた星だ。

今も、与えられた使命に忠実に従うかのごとく、文明が反映した、青く美しき惑星へと接近していた。

その星の崩壊までの時間はもうそれほど残されてはいなかった。


 ハッと、目を覚ますと、窓の僕の顔越しに見える空は青暗く、日が昇るには、まだ時間がかかりそうだった。

寝汗が酷かったので、先にシャワーを浴びることにした。

体を清潔にして、水分を拭き取り、着替えてから風呂場の扉を開けると、香ばしい匂いが廊下に充満していた。

妹のサキがスクランブルエッグか何かを作ってくれているんだろう。

リビングに入ると、テーブルには、既にポテトサラダの入ったボウル、食器類、オニオンスープが配置されていた。


「サキ、おはよう」

「おはよう、お兄ちゃん」


フライパンから卵を皿に移し終えたサキがエプロンをして、キッチンに立っていた。

 二年前に亡くなった母は、あまり何も残さなかった。

そのエプロンは母の形見と言えるかもしれない。

薄桃色の布地に何ヶ所か、ポケットがついている。

そのポケットには、黄色い蝋梅を模したボタンがついている。

母が好きだった花だ。

茶色がかった黒髪をショートにしてからは、ますます母親そっくりになった。

近所の、僕たちをよく知る人達から、利代ちゃんの生き写しね、と言われることも増えた。

母によく懐いていたサキだ。

それを聞いて顔を綻ばせていた様子は、よく覚えている。

亡くなった当時から、母親の代わりを懸命に努めてくれている。


「はい、今日はポテトサラダとオニオンスープ、スクランブルエッグね」

「あぁ、ありがとう」

「どうしてお兄ちゃんって、一人も彼女、できないんだろうね?顔も悪くないし、受け答えも

 まともなのにね」

「そう…。僕が毎朝、妹に傷つけられて、陰のある表情で、高校に通っているからだとは、思わないのか?」

「うん!」

「そうかい…。恋人ができないのは、サキだって、一緒だろう?」

「私は作らないだけだもん。お兄ちゃんとは違うよ?」

「あ、そう…」


こんな会話を続けていても、僕がしんどいだけだ。

大人しく引き下がって、まだ眠っているであろう弟、シンを起こしに行くことにした。


「あ、逃げた。」


余計なお世話だ、このやろう、と思いながら、階段を上がっていった。


「良いと思うんだけどなぁ。」


階下の声は、誰にも聞かれることなく、まだ少し、薄暗い朝の空気へと溶けていった。


「おい、シン、そろそろ起きろー」


と言いながら、弟の部屋のドアを開け、シンに近づいて行った。

枕と枕カバーの間に頭をねじ込ませ、ベッドから落ちたまま、床で眠りこけている。

どんな寝相だ、と思いながら、シンのそばに落ちていた写真立てを拾った。

5人での家族写真だ。

きれい好きとは真反対のシンだが、これには埃一つ付かないようにしているのが見て取れる。

僕ら3人の中でも、両親、特に父によく懐いていた。

父が亡くなる少し前、父に買って貰った腕時計は、今も肌身離さず付けている。

そのせいもあるのかどうかは知らないが、この頃は、アルバムで見た若かりし頃の父の姿に瓜二つとなりつつある。

父の中学時代の同級生などは、葬式の日、中学生になったばかりのシンに会った時、目を丸くして、シンのことを眺めていた。

 僕だけは、母にも父にも似なかった。

髪は、どうしてか分からないが、金髪気味で、彫は深く、肌も真っ白で、遡れる限りの親戚の風貌とは、似ても似つかない。

おまけに瞳は、海のように青い。

今は何とも思わないが、昔はこれによく悩まされていた。

サキとシンのことを羨ましく思っていたこともあったっけ。


「シン、朝食できてるぞー」

「……」

「しかたない。お前の分の朝食も俺が―」

「起きた!起きた!今行きます?」


そう言って、シンは部屋を一瞬で飛び出して、階段を駆け下りていった。


「あいつ……。はぁ、朝からどんな血圧してるんだ…」


そうして、弟の部屋の窓を見た。

ようやく夜明けだ。

窓から見える山の上から、ちょうど、太陽が顔を出したところだ。

ここら辺は山が多いからか、日の出が遅く、日の入りは早い。

そして、常に静謐な空気が漂う。

近くに見える樹の木の葉の上で、朝露がキラキラと光っている。

シンが振り落とした毛布と布団を元に戻して、僕も部屋を後にした。

誰もが去ったあと、木の匂いのする簡素な部屋で、古ぼけた大きな時計の振り子のみが動いていた。

 階下に降り、リビングの扉を開けると、


「レン兄ちゃん、遅いよ」

「お前が言うな」


こうして、桐塚家の朝が始まった。

穏やかで平和な朝だ。

朝食を終え、各自で洗顔、着替えなどを済ませて、出かける準備を始めた。

今日はオープンしたてのショッピングモールに行く予定だ。

そこまで遠いわけでもないので、歩いていく。

郵便受けに投函されていたパンフレットを見ていると、田舎町には似合わない近代的なつくりだ。

ファサードの上半分がガラス張りで、そこに金属を彫り込んで作ったSIVA というロゴが配置されている。

おしゃれなカフェや服屋、有機栽培に徹した野菜、新鮮な肉、魚を販売するスーパーなどが入っている。

僕もだが、妹や弟は、もっと楽しみだったようだ。

まずは、産地を厳選した、コーヒーや紅茶が売りのハワイアンカフェを訪れることになっていた。

そのあと、各自好きな所を見て回り、フードコート入り口付近で集合し、映画を見て帰るということになっている。

観る映画は、今流行りの正統派ラブストーリーだそうだ。

というのも、サキの強い圧しによって、決定されたため、深くは知らない。

弟は、少し嫌そうではあったが、この家では、誰も妹に逆らえないので、どうしようもない。

全員の支度が終わったようなので、家を出ることにした。

モールは、朝9時からの営業だが、カフェはかなりの混雑が予想されるので、8時ぐらいに出て、20分前につけば、ましだろうぐらいに考えている。


「じゃあ、行こう!」


妹の一言で、戸締りをして、3人で歩き始めた。

少し、アスファルトの道を行くと、道際には、田畑が広がっている。

夜、眠る時間帯になると、寝かさんとばかりに鳴くカエルたちは、きっとここを拠点にしているのだろう。

畦道には、ヒガンバナが所々に花を咲かせている。

ときどき、会話を交えながら進んでいると、景色は住宅街に変わり、やがて開けた場所に出た。

ようやく、モールだ。


「あ、あれだね!」

「そうだね」

「やっと、着いたー」


僕らは三者三様の反応を示した。

スマホで時間を確認すると、開店10分前だった。

その間、この広場の中央にある噴水のへりに座って待つことにした。

少し、待っていると、鐘の音が鳴った。

鐘の本物があるのかどうかは、分からないが、開店の合図だった。

早速、入ることにした。

ゲート付近の掲示板に貼ってあった、地図でカフェの場所を確認すると、このまま1階で、割と近くにあった。

少し歩いて、カフェを見つけた。

看板は、ヤシの木を模したデザインだ。

カフェに入ると、壁は、ハワイの青空をイメージした水色で、サーフボードがかけられてあった。

木でできた飾り棚もあり、所々に貝殻が置かれている。

奥に行くと、夕方色の壁や、闇色に星が描かれている壁もあり、ハワイの空をイメージしているようだった。

4人掛けのテーブルに座ると、店員さんがやって来た。

お冷を3人分置いていき、失礼します、と言って立ち去った。

水は、口に含むと、レモンの味がする。

メニューは、羊皮紙風の紙を綴じたもので、万年筆か何かで料理名などが書かれていた。

すごく、おしゃれな品物だ。

何を注文しようか。

パスタやオムライス等のご飯ものを頼むのも有りだったが、ここは素直にコーヒーと甘いものを頼むことにした。

僕は、ブラックコーヒーとショートケーキ。

サキは、カフェラテとミニパルフェ。

シンは、ミルクティーとロールケーキにしたようだ。

ここのテーブルは、木でできている。

ニスを塗っておらず、木の質感を感じられるのも、良い感じだ。

少し経って、飲み物とデザートが運ばれてきた。

コーヒーは、やはりなんといっても、市販品とは香りが違う。

ケーキも甘すぎず、くどくなくて丁度いい。

表情を見る限り、サキとシンも満足そうだった。

全員が飲食を終え、席を立つと、店員さんが3つの小袋をトレイに載せてやって来た。


「これ、開店記念でお配りしているクッキーです。よかったら、召し上がってください」


そういって、渡されたクッキーはシンプルで、可愛らしいものだった。

サキとシンの目は、きらきらと輝いている。

「ラッキーだったね。」


そう言って、店を出た。

次は自由行動だ。


「何か、困ったことがあったら、連絡ね。じゃあ、解散?」


さて、どうしようか、何分、何がこのモールに入っているのかは、まだよく知らない。サキもシンもどこを巡るかは決めていたようで、すぐに姿が見えなくなった。

今日のお出かけに行くに当たって、あのパンフレットをしわしわになるほど読み込んでいたもんなぁ。

なんとも微笑ましいことだ。

僕は、二人と違って、計画などは特にしていなかったから、ぶらぶらと回ることにした。

目に付いた場所に適当に入ろうと思う。

キョロキョロとどんな店があるかを見まわしながら、まず入ったのは、古き良き時代のアメリカンなファッションをメインとする服屋だ。


「あら?あの時のお兄さんじゃないですか、こんにちは」


声を掛けられた。

誰かと思って見てみると、ポニーテールに、短めの黒いシャツ、ハーフパンツにサンダルという、いかにも大人なお姉さんという感じの女性店員さんがいた。

どうやら僕のことをご存知らしい。

ただ、なんとなく見覚えはあるが、誰かは思い出せない。

こういうところが駄目なんだろう。

だから、彼女ができない…、いや、もうそれはいいか…。

必死に思い出そうとして時間が経ち、気まずい雰囲気になってきたところ、


「覚えていなくてもしかたありません。私が一方的におぼえていただけですから。」


そう言って、助け舟を出してくれた。


「すみません…。どこでお会いしたのでしょう?」

「私、少し前まで隣町のモールの同じような服屋さんで働いていたんですよ。」

「隣町のモール…、服屋……あっ!もしかして、弟の…?」

「あ、はい!そうです!思い出してくれたんですね。」

「はい、すみません…。にしても、よく覚えていましたね。もう、4年ぐらい経つはずなのに…」

「はい、あの時のことは印象的だったもので…。それに…、いえ、とにかくよく覚えてます。」


これは、弟の数ある逸話、本人にとってはたぶん黒歴史のほんの一つに過ぎない。

数年前も、同じように家族で隣町のモールに出かけた日、あの頃はまだ両親がいた。

見たいアニメがあると言い出し、それに間に合うように、みんなで手分けして、できるだけ買い物を手早く終わらせ、いざ帰らんという時だ。

この女性店員さんがいるのを見つけて、その店に入りたいと言い出した。

シンの女好きが発症したらしい。

○○えもんに、何かが勝るのを、この目で見たのは、それが初めてだった。


「あのときは、バカ弟がお騒がせしてすみません。」

「フフッ、いえ、可愛らしかったので、謝る必要は全くありませんよ。でも、その…、印象的だったのは、あなたもなんです。」

「なるほど、僕の外見ですか。確かに変ですよね。家族とは、ちゃんと血が繋がっていますって言う度に皆から驚かれるんですよね。ただ、僕の家系には、たどれる限り、西洋人の方はいないので隔世遺伝という線もないんですよ。これを言うと、また驚かれるんですけど。」

「そうなんですか…。不思議ですね。なんかデリケートなことを聞いてしまって、すみません。」

「いえいえ、全く。誰でも不思議に思うでしょう。」

「弟さんは、元気にしておられますか?」

「はい、元気ですよ」

「大きくなられたんでしょうね」

「はい、中身以外は。」

「フフフッ」


そうしていくらか話した後、


「お邪魔してしまってすみません。何かお探しでしたか?」

「ジーンズを買おうかと。」


成長期だからだろう、丈が短くなって、履けなくなったパンツが何枚も出てきていたので、丁度良い機会だ。目についた

ダメージジーンズを買うことにした。

「ありがとうございました。また来てくださいね!」

「ありがとうございます」


「……………………………やっぱり、何か違う……。」


続いて入ったのは、花屋。

最近、父と母の仏壇に花をあんまり供えていない。

名も知らない花がいっぱいつまった花束を買った。

花言葉に良し悪しとかあるのかもしれないが、綺麗なことが一番だろう。

両親も文句は言うまい。

そうして、何もすることがなくなったので、人通りが少なそうな所にあったベンチを見つけ、少し休むことにした。

ぼんやりと行き交う人を見ていると、

「…みつけた…」

微かな声がして、隣を見ると、

「やぁ、元気?僕は頗る絶好調さ!何せ、やっと探し物を見つけたからね!」

面倒そうな奴に絡まれたことが発覚した。

「はぁ、えーと、何かご用でしょうか?」

「堅いねー、堅いっ!もっと距離感詰めていこう☆!僕と君の仲じゃないか!」

知らないです。怖いです。

「えー、どちら様?」

「この星の民ではないことは確かだね!」

頗る頭のイタイ人だったようで…

「そろそろ、失礼しますね。」

「待って、待って!今のは冗談、いや、あながち冗談でもないけど、とりあえず僕の話を聴いてほしい。」

無視してもいいが、予定がある訳ではないのでとりあえず聞いてあげることにする。

よく見れば、変わった出で立ちの人だった。

黒く、艶のある髪を束ねて三網にし、ゴムでくくり、一見絶世の美女と見まがう程の端正な顔で、肩出し薄手のカーディガンとジーンズを着たスタイル抜群の人だ。

白くきめ細やかな肌で、その頬には薄紫色の桜の花のシールがはられていた。

「そう!?ありがとう!!」

花がまたたく間に野原一面に咲き乱れるような、男の僕でも見惚れてしまいそうになる笑顔だ。

「それで、話って何ですか?」

「君は前世とか来世を信じる?」

突然、真面目な顔になって、話の読めない問いを投げかけてきた。

「うーん、信じないかなぁ」

「どうして?」

「仮に魂みたいなものが存在するとして話を進めても、どこかしらで、理論が破綻しそうな気がするからですかね。」

「そんな君に断言しよう!前世はあるよ!!何せ、ここに僕等がいることがその証明さ!」

あぁ、せっかく家族での楽しいお出かけのはずが……、

変なヤツに塗り替えられていく……。

「そうですか…。」

もう、コイツは無視する方向性でいいかもしれない。

「ありゃりゃ、もうこんな時間か…。楽しい時間はすぐ終わるんだね。」

僕は疲れただけだけども。

「君のタイムリミットもすぐそこまで迫っているけど、お先に失礼するよ…。また会おうね…。」

しょんぼりとした顔がやけに鮮明に見えた。

そうして、一つ瞬きをする間に彼は消え去っていた。

ただ、辺りには薄っすらと花の香りが漂っていた。

「白昼夢……?」

ふと、彼が座っていた所を見ると、桜の花が一つ落ちていた。


そうこうしている間に、昼食の時間となっていた。

フードコートへ到着すると、

「遅いよ!」

とサキに叱られてしまった。

「ごめんごめん」

僕は某有名ファストフード店のハンバーガー、サキは中華そば、シンはうどんにしたらしい。

他愛も無い話に花を咲かせていると、映画の時間が近づいてきた。

ささっと食べ終えて映画館に向かうことにした。

「そういえば、3人で映画に行くのは初めてじゃない?」

両親がいなくなってからしばらくは、サキもシンも僕も塞ぎ込んでいたこともあって、仲が悪かった訳ではないのだが、映画など楽しくどこかへ行く空気にはどうしてもなれなかった。

「そういえば、そうかもしれない。」

どこへ行くにも5人一緒。

それが当たり前だったからなぁ。

それぞれ飲み物や軽食を売店で買った。

シンはおまけにラージサイズのポップコーンとホットドッグを買っていた。

あいつは食欲魔人になりつつある。

チケットを切って貰い、薄暗い通路をぬけ、大きく3Aと書かれた入口へと向かう。

落ちているポップコーンを踏まないように注意しながら中に入ると、スクリーンが徐々に見え始める。

チケットに載っている座席番号に座り、大人しく待つ。

やたらと長い広告をやり過ごし、上映が始まると、僕らの意識は、映像へと呑み込まれた。

映画が終わって、あくびがひぃ、ふぅ、みぃ。

朝起きるのが早いこともあり、あの薄闇は眠気を増長させた。

少し重たくなった瞼を軽くするため、ぼんやりと歩き出した。

適当に店を物色しながら、次はどうしようかと考え、最終的に地下のスーパーで食料品やら日用品やらを買うことにした。

エスカレーターで降りるにつれ、クーラーの冷気はますます冷たくなっていった。

カートとカゴをとり、野菜売り場に向かう。

どうやら、このカートはハズレのよう。

車輪の一つの動きがかたいせいで、思うように操れない。

何かと応用の利く、玉葱や人参、じゃがいも、大根を入れていき、肉コーナーや鮮魚コーナー等を見て回り、レジヘ向かう。

お会計を済ませ、手提げバッグに手際よく詰め込んでいく。

3人で荷物を分け合って持ち、帰路に就くことになった。

モールを出ると、日は沈み始めるところだった。

西の空は茜色に染まり、東は空も雲も青みを帯びていた。

涼しく、清々しい風が頬を撫でる。

近くの雑木林からは、ヒグラシが啼き、楽しい1日が終わる寂しさをかきたてる。


「楽しかったね!」

「そうだね、また来ようか。」

「じゃあ、明日来ようぜ?」

「そんな頻度で来たら、すぐに飽きちゃうよ。こういうのはたまにでいいの。」

「えぇー、そうかぁ?」

「そうだね、日頃の息抜きに来よう。」

「あ?ぃ」


穏やかな時間が流れる。

茜色に輝く噴水を横目に広場をぬける。

住宅街に入ると、ポツポツと明かりの灯った家が数を増していく。

モールから同じようにこちらの道へ来る人のかなりの数がここに住んでいるようで、しばらく歩いていると、周りには誰もいなくなった。

そうして歩くうち、辺りは田園風景、ところどころ畑になっていった。

僕ら3人の笑い声が緩やかな坂道に響く。

すると、畦道をぬけてきたのか、一匹の白猫が僕らの前に現れた。

ふんわりとした毛並みの雪のように真っ白な猫だ。

瞳は鮮やかな蒼。


「わぁー、かわいい!!」

「うぉっ!猫だ!!」


本当は僕もそこに混ざりたいくらいだが、それは大人気ない気もするので自重する。

野良猫かと思いきや、よくよく見れば、鈴のついた首輪が巻かれていた。

人にかなり馴れているのか、僕ら3人が近づいても逃げようとはしなかった。

案の定、消えかけてはいたが、何とか読み取れる字で、ミルクという名前と飼い主の電話番号であろう数字が書かれていたので買い物メモにメモっておく。

なんとなく察してはいたが、抱っこされるのは嫌なようで、何回かやってみるも、すり抜けてしまう。

帰ったら、ここに電話だな。

ポタリと雫が頬を掠める。

今は晴れているので、おそらく、雲の進むスピードが速く、僕の頬に到達する前に東へと流れていったのだろう。

そう思って、空を見上げ、瞬く間に僕の周りは沈黙によって支配された。


同時期、どこかの天文学者は上空に歪な赤外線源があることを確認した。

どこかの部族は、空の異変を感じ取り、祭儀の準備を始めた。

どこかの北国では、災禍を鎮めるため、年若い娘を舟に乗せ、海神への贄として大海へと送り出した。


そんなことを何一つ知る由もない僕は只々上空を見つめていた。

真正の災い。

一目でそれが分かった。

黒い太陽。

これが最も簡潔なソレの形容。

闇色とでも言うべきか、黒や濃紫色のフレアやプロミネンス、コロナを纏い侍らせ、禍々しさを濃厚に演出していた。

そうして、さらなる絶望に見る者を叩き落とすように、ゆっくりとソレに一筋の裂け目ができ、徐々に広がって、ついにソイツは口を開けた。

人の歯を高層ビル程の大きさにして何本も並べ、湖のように不気味で巨大な舌をひっつけた、世界最高峰の列ぶ山脈をプリンを食べるかの如く平らげてしまいそうな、そんな口だ。

その滅びの怪物は、この星の核へと高速で進んでいた。


僕は何秒?何分?、動きを止めていたのだろう。

慌てて、妹達の方へと向き直るが、すぐに再び絶句した。

普通に、あの白猫とじゃれ合っている。


「なんか、急に暗くなったね。ちょうどさっき太陽が山に隠れたばかりなのに。」

「あぁ、あとなんか風も強くねぇか?台風の日とか並みだし。」


そう、アレはいつの間にか、ここら一帯に影を落としている。

この強風はアレが近づいていることで起きているんだろう。


只々おかしいのは、僕にしか、あのバケモノを認知できていないこと。


だったら、まだ希望はある。

サキもシンもアレに気付いていないのなら、二人は穏やかな最期を迎えられる。

父さんと母さんを亡くして、暗く無気力なあんな表情は二度としてほしくないから。

二人が望み絶えることの無いことだけが僕の唯一の願いだったから。

黄昏の空の下、僕は誓った。


「お前のような絶望に屈することは、金輪際無いんだよ」


今までほとんど使ったことの無い強い言葉で覚悟は示した。

ただ、アレに負けないように、押し潰されないように上を見続けた。

あのバケモノの背後の空は見たこともないほど、綺麗な星空だった。

知っている星座もいくつか見える。

おそらくアレは、大気すら食い物にしているのだろう。

意識が白く染め上げられる直前、その星空を駆けていった紅い彗星が鮮明に見えた。

それはまるで畦道に咲いていたヒガンバナのように。


こうして、穏やかな日常は、生命で溢れた青く美しき惑星は、暗く淀みし彼方の怪物によって、…………喰われた。


ふと目を覚ますと、闇の中にいた。

空間の端まで見通すことができない。

ここが黄泉の国とかいうやつだろうか。

何人も人の気配がする。

とりあえず、自分の漠然とした立ち位置を把握できたらと、歩きだそうとして何かに蹴躓いた。

地面に目線を遣ると、サキとシンが折り重なるようにして横たわっていた。

シンがサキの下に敷かれて苦しそうな表情をしている。

胸は上下しているようなので、大丈夫そうだ。

もっとも、ここが安全な場所かは分からない。

ただ、先程から僕と同じように起き上がった者がいるのか、人の気配が増え、話し声もちらほら聞こえる。

どうやら、かなりの人々がこの広くて暗い空間に集まっているようだ。

足元から覚醒の気配がする。


「うぅん?……どこ?」

「うーん…………。」

「僕にもどこだが分からないよ。」


少しずつ周りでも起き上がってくる人が増え、話し声は大きくなっていった。

不可解や疑問といった声の様子も、やがては笑い声が聞こえてくるほどになり、人の適応能力の凄さを思い知る。

僕らもその雰囲気につられ、徐々に肩の力が抜けていく。

あの怪物に滅ぼされた人全てがここに集まっているのだろうか。

いや、それは無理というものか。

あの星の人類がここに埋まるはずはない。

この空間の終わりが見えないので、なんとも言えないところだが。

半刻ほど過ぎた頃だろうか、突如この空間に異変が生じ、奇怪な男性が現れた。

シルクハットを被り、紺碧の長髪に、青紫色の瞳、病的なほど青白い肌に濡羽色の燕尾服を羽織った、中性的な高身長の美男子だ。


「ごきげんよう。滅びた星の民達よ。さて、自己紹介といきましょうか。私はレフェルト・アヴ・カイン。別の世では、碧の執行人とも呼ばれております。以後、お見知りおきを。」


「テメェが故郷を滅ぼした元凶ってワケかよ。覚悟はできてんだろうナァ。」

青髪の野性的な顔の青年が声を上げる。

独特な紋様の入った服を着ており、浅黒い肌の頬から首にかけて龍を催したような入れ墨が入っていた。

僕らのいた世界の住人ではないのだろうか、眉まで青く染まっており、それがごく自然なため、徹底的に染め上げたのでなければそうとしか考えられない。


「認識を一つ正しておきましょうか。私があなたの星を滅ぼしたのではなく、滅びる運命にあっただけです。私に大量殺戮をする度胸など、これっぽっちもありませんよ。」


「どこにソノ証拠があるってんだよ。」


「そうですねぇ、強いて言うなら、あなた達が意識を持って、この場にいることがその証拠でしょう。」


「ふん、ならオレたちは何故ここにいる?オマエのお遊びに付き合うためか?」


「まさしくその通りです。」


広場のざわめきが増す。

親しい者同士で話していた者達もこちらへと意識を傾け始めたようだ。


「何ですの?そのお遊びとやらは。」

黒一色のドレスを着ており、その白磁のような肌と深紅の唇以外のほとんどが黒でしめられた、お姫様、いや、悪役令嬢という感じの色気強めな美女だった。

長く美しき黒髪は両サイドで纏められ、両肩から胸へと垂れていた。

その美女と目が合う。

先程から、こちらの方から、何度か視線を感じていたが、彼女だったようだ。

そうして、綺麗だが、何か裏を感じさせる笑みを浮かべた。

なんとなく怖くなったので、ゆっくりと目を逸らした。


「簡単なゲームですよ。もちろん子供がプレイできるような、ね。」

「私達に利益はあって?」

「あなたがたの暮らした世界より、もっと刺激に満ち溢れた場所でもう一度新たな人生を。そういうゲームです。楽しそうではありませんか?」

「えぇ、そうですわね……。もう少し具体的には?」

「はい、あなたがたには幾万もの世界の中から自らがこれからプレイヤーとなって行動してもらう世界を選んで頂き、その異世界で新たな人生を謳歌してもらいます。何らゲームクリア条件といったものを設けている訳ではありません。」

「ふむふむ、ありがとうございます。それでは、彼もご一緒できませんこと?」

「彼とは?どなたのことでしょう?」

「今、私が見つめている金髪、翡翠色の瞳の彼です。今、目を逸らしていらっしゃる。」

僕のことだ、完璧に目をつけられたな。

「兄ちゃんじゃん……。」

分かっているんだ、シン。

言葉にはしなくてよかったんだよ?

改めて思い知るとか、そういうのはいいから。

もしかしたら酷い目に遭うかもしれない。

「ふむ、ご期待には沿いたいところですが、あいにく世界の決め方はクジのようなもの。私では、そういった操作は不可能なのですよ。申し訳ありません。」

「そうですか、まぁたかが何万分の一、当てれば良いだけですしね。」

どうしてそんなに執着されているんだろう?悪役令嬢と思ってしまったことがそんなにも気にくわなかったのかなぁ。

是非とも、その異世界クジとやらを外してほしいものだ。


「ハァ、嘘はほとんどついてないようだが、真実もあんまり語っちゃいないナァ。道化じみた感じがするぜ。」

先程の野性青年だ。

「ゲームの攻略情報など先に知っても面白くないでしょう。それに知ったところで役に立ちませんし。」

「アァーー、よく分かんねえけど分かった。」


「私からも質問、いいかしら。」

「はい、どうぞ。」

「ゲームへの参加は強制かしら?参加は自由だけど、不参加の場合、何かしらのペナルティはある?」

色素の薄い銀髪、灰色の瞳の少し気の強そうな美女だった。

モデルをやっていそうな、女性にしては長身で、学生服を着ていた。

「ゲームへの参加は強制です。というより、私でさえもこのゲームを不参加で済ます方法は知りませんし、仮にあったとしても、不参加でいることに何ら意味も価値もありませんよ。」

「なるほど、ありがとう。」


途端にざわめきが大きくなる。

まぁ、怪しいことは怪しいね。

ただ、引き込まれた側の僕らには、どうすることもできない。

そこが弱い所だ。


「じゃあ、どうすりゃいいんだよ?」

「ではーーーー」

そうして、その執行人とやらが、どこから出したのか、装飾のほとんどないシンプルなステッキで床を2、3回叩くと、色とりどりに煌めくシャボン玉が何もなかったはずの床から何百、何千と浮かび上がってきた。

赤を基調としながら、少しずつ色を変えていくシャボン玉が目の前をふわふわと漂う。

他にも青、紫、緑を基調としたものがある。

よく見てみると、シャボン玉の中には、どこか異世界らしき場所の景色が浮かび上がっており、ゆっくりとその景色は変わっていく。

雪に閉ざされた要塞、花畑に周りを囲まれた洋風の一軒や、嵐に見舞われた港町等様々なものがある。

まるで、ミニチュアを閉じ込めたスノードームのようだ。


「うわあ〜きれい……。」

サキの言葉には全面同意だ。

あの執行人は胡散臭いが、この幻想的な光景を創り出したことには感謝すべきかもしれない。


突然、女性の叫び声を上げた。

「タカシ!?タカシ!?どこ?!!」

あの様子から察するに、幼い子供を見失ったのだろうか?

だが、少し時間が経っても、何の声も上がらない。

迷子になったばかりの子供なら、容易く見つかりそうなものだが。


「あらまぁ、これはその子、一足先にゲームを始めてしまったのかもしれませんねぇ。」

「何!?どういうこと!?」

その子のお母さんは金切り声を上げた。

「あなたのお子さん、シャボン玉に触れませんでしたか?」

「?…えぇ……。」

「シャボン玉が異世界への通路なんですよ。ですからーー」

執行人が言い終える前にその母親はシャボン玉に触れ、姿を消した。

場が幾度目かの騒然とした空気に包まれる。

「あぁ、行ってしまわれましたか…。一周期程の時間待って頂くか、異なるシャボン玉に触れて頂いた方がお子さんとご一緒の世界に行ける確率が高まったのですが……、仕方ありませんね。」

確かにこれはどうしょうもないかもしれないが、母が子を思う気持ちのあればこそ。

これには、言葉を告げる順番に悪意があるような気がしないでもない。

察するに、執行人は、人々にできるだけ多くの世界に行ってもらいたいのだろう。

ただ、ここに集まっている人の大半は、僕の見たような怪物を知らないのかもしれない。

これは夢で、目が覚めたらきっと自宅の寝床ぐらいに思っているに違いない。

そんな雰囲気を感じている。

笑い声を上げながら、イケイケな感じのお兄さん達が、キャッキャと騒ぎながら女子高生っぽい人達が、兄妹が、あの青年が、お嬢様が、美女女子校生が。

他にも何人も次々とシャボン玉に触れては消えていく。

しかし、僕にはこのゲーム、一筋縄ではいかないような気がしていた。

もちろん過酷な世界を選ぶか、平和な世界を選ぶかにも依るのかもしれないが、なんとなく只々平和な世界というのは無さそうな気がしている。

気がつくと、僕らの周りにはほとんど誰もいなくなっていた。

僕が動き出さないからだろうか、目が合うと、サキとシンは、不安そうにこちらを見ていた。

「お兄ちゃん…。」

「兄ちゃん、行かないの?」

「そうだなぁ……、行こうか!」

そうして、僕らは3人、同じシャボン玉に同時に触れた。

僕らは黄金の光に包まれた。

そうして、その光に誘われるまま、体の力を抜いていった。

意識を手放す前、黒一色で身を固めていたあの美女を思い出す。

漠然と、僕と同じ世界に来ているような気がした。

何事もありませんように。

そうして僕らの意識は光に塗り潰された。


誰もいなくなったはずの先程の広間では、その頃、

「フンフン、皆行ったようだね!」

「あなたですか、そろそろあなたにも配置についてもらいますよ。」

「もちろんさ!やる気!元気!両方マックスだよ!」

「今日はいつにも増してごきげんですね。」

「そりゃあね♪」

「私達の王でも見つかりましたか?」

「 大正解!!スゴいね!」

「まさかーー!?」

「そのまさかさ☆」

「いやでも、誤認という可能性も……」

「僕が間違えると思う?」

「いえ、そうでしたね。すみませんでした。」

「いんや、それが普通だよ。」

「そうですか、いざ直面すると感慨深いものがありますね。長い長い旅でした。」

「本当にね。何度も感情を抑えつけるのは厳しいかな!」

「そうか、我らが王が。」

「実際に会うのを楽しみにしているといいよ。彼らならきっとたどり着くはずさ。」

「ええ、それはもう。」

「じゃあ、またね?☆」

「はい、ではまた。」

二人の超常者による対談が行なわれ、幕を閉じた。



止めどなく天から雨が降り注いでいた。

窓には蔦が這うかのように雨が流れを作っている。

雷鳴が轟く。

先程から何度も雨雲には白い閃光が幾重も走っている。

ここは雨季の帝国。

正式名ラヴァン・アルクール・ハンテット・オヴニウス・アルフィシア・シオン帝国。

建国の英雄全てを列挙したのがその長い名前の由来。

先々代の大賢者の張った結界魔法が綻びを見せるこの時期、先代の大賢者が特定の時期に結界の役割を果たす大魔法を行使したことにより、毎日帝国宮殿及び直轄の城下町には多大な雨を降らせる。

雨に濡れる帝国宮殿、その中を使用人、護衛に姿を見せない程に速く、疾駆する人影があった。

剣姫レイ・シオン

代々ラヴァン王家に忠誠を誓う五大公爵家の一つ、剣に生き、剣に死すシオン家の至宝。

氷結魔法と細剣を武器に圧倒的な魔剣士の才能を持つ時代の華。

その笑うことのなき端正な顔立ちから冷酷姫とも呼ばれる彼女は、玉座の間に向かって、細剣の柄に手をかけつつ、加速した。

廊下に敷かれた、丁寧に手入れされた毛足の長い絨毯は、彼女が通ったことによって逆立つ。

天井からぶら下がるシャンデリアも風にあおられて揺らめく。

曲がり角を曲がってあとは一直線に突き進めば、玉座の間の扉だ。


僕は、玉座の背後で深呼吸をする。

愛剣を鞘から引き抜き、

「光よ宿れ」

別に高等魔法でもなんでもない下級の光魔法を唱えた。

剣を光でコーティングしただけだ。

玉座の間の扉が勢いよく開かれる。

王と僕以外、誰もいないこの場所で冷気を纏った気配が一気に王へとひた走る。

細剣が王の首ヘーーーーー

《ヒリアス》

《リョート・ソレイユ》


湧き上がる膨大な氷の気配、絶対零度付近まで下げられた風が吹き上がる。

そのままうねるように氷晶の龍は細剣に巻き付き、細剣は王の首にそのまま一直線に向かう。

五、四、三、二ーーーあと一秒で細剣がギロチンと化すという所で僕は抜剣を終え、踏み込み、玉座背後の壁を蹴ってターン、充填を終えた魔法式から魔力を放出、光速に限りなく近い速度で動けるようになった僕は、迫りくる氷の細剣ルシアに愛剣ドラドをそっと当てた。

「なぜ!?ーーー」

レイの声を掻き消すように大爆発が起き、玉座の間を光が満たす。

そうして、爆発が収まると、扉付近で剣姫レイは意識を失って倒れていた。

一方の僕は全くの無傷。

ただ、ルシアと衝突したドラドは、纏った雷光とその上に覆い被さるように付着した氷晶は拮抗して、バチバチと音を鳴らしていた。

「分かっているな。」

「ええ、もちろん。」

僕が見えた途端にレイは力を抜いた。

少しでも僕を傷つけないように。

僕は形式上、そうするわけにはいかなかったが。

敵が見ていないとは限らない。

この帝国も一枚岩ではない。


金髪の髪をかきあげ、翡翠色の瞳を真っ直ぐ、現国王アルガ・ルハイル・サラン・ラヴァンへと向けた。

僕、エヴァン・ルハイル・サラン・ラヴァンのひと回り年上の実の兄だ。

「二人仲良く処分を受けます。」

「あぁ、禁錮刑か追放処分、どちらにする?」

「追放でお願いします。」

「まぁ、そうだろうな。」

兄上が無声結界を張る。

「さて、密偵の耳は潰した。目はあらかじめ防いでいる。」

「ありがとうございます。」

兄上が壁付近に飾ってあった宝玉や宝物に次々と魔法で構成した短刀を飛ばす。

パリンと音をたてて砕けた。

あれ、凄く硬いはずなんだけどな。

「筋書きは玉座の間での決闘の実施、宝物の破壊による謹慎としておくか。これならいつでも戻ってこられる。お前は王殺害未遂にしたかったのかもしれないが、それは良くない。どちらの意味でもな…。」

「確かにそうでしたね……。お気遣い痛み入ります。」

「あまり猶予も無いか……。」

さて、そろそろ旅立ちの時だな。

寝ているお姫様をお姫様抱っこする。

夜が明けきる前に出発だ。

「そうだな…一つ尋ねたいことがある。」

「何でしょう、兄上。」

振り返って聞く。


「お前は本当にそれで良かったのか?罪のないお前が矢面に立たされるのは、思うところもある。」

「いえ、大丈夫です。万事順調とだけ。この国は今、僕らにとって居心地の悪い状況です。」

「そうか………。なら、何を言うまい。して、強くなったな。

お前と二人がかりでなら、どうかは分からんかったぞ?」

「ご冗談を。僕もレイも自らの力量については把握していますよ。ただ、レイは兄上の最強たる所以を知らなかっただけです。」

「……………………エヴァン、強くなってこい。」

「もちろん、僕の願望はその先にたどり着いた時にだけ叶う。あの日の惨劇は二度と繰り返さない。」

「ふむ、良い気概だな。では行って来い。」

「はい、言ってきます。」


兄の影の護衛部隊が用意してくれた目立つこともなく、逆に足元を見られるようなものでもない馬車に乗り、産まれた時から今までのほとんどを過ごした帝都を離れ、旅に出た。

魔法で馬を自動で御していた。

なんとなく緊張感もあったのが、帝都を離れるにつれて消えていった。

今は、城下町を抜け、高くそびえる城壁の関門前で出国審査待ちだ。

「ねぇ、レイ。怒ってる?」

「どうして邪魔をしたんですか?私達二人なら最強も超えられたはず。…どうして?」

「そんなに不思議かな?どう頑張っても無理だったと思うよ。」

「…………そんなにあなたの兄が強そうには感じませんでしたが。」

「いや、強い。あの人は強さの為なら何でも使う、犠牲にする、あの帝国においても頭一つ抜けているさ。」

「せっかくの王になれる機会が……。あなたの結界魔法サンクチュアリを使えばきっと…。」

「それは駄目。アレを何度も使用したなら僕は命の価値を見失う。それはどこかで取り返しのつかないことを引き起こすかもしれない。それに命の重さを分からぬ人に王などつとまるはずはない。あれは有事の最終手段さ。同時に君と兄上ぐらいしかアレを知らないことは切り札にもなり得る。」

「そうですか…………。」

「それに、兄上は能力制限の装備を何十と付けている。弱体化の魔法も自分にかけてるしね。」

「…………嘘…………。」

「事実さ。だから怪物なんだよ。」


関門をくぐり抜け、荒野に出た。

索敵探知魔法を張り巡らせ、僕らは眠り込んだ。


何時間かたったのだろう。

日は傾き、地平線の空は少し赤みを帯びていた。

僕らは王国に向かっている。

要は仲間集めだ。

僕の仲間で、ある程度自由に動けるのは僕とレイだけ。

いや、もう一人強烈なのがいるか……。

帝都はそれだけ、僕らの敵が跋扈していた。

のどかな風景が流れていく中、眠気が中途半端に残る、ぼんやりとした思考で、あの日のことを思い出していた。


その日も激しく雨は大地に降り注ぎ、ひび割れた地面を抉っていた。

その日、まだあどけなさの残っている僕と実の両親、すなわち先代の王は帝国の精鋭が揃う、帝都魔法師団及び帝国騎士団を引き連れ、湿る薄暗い森の中を駆けていた。

雨水の垂れるフードから覗くと、馬の背で揺れる父の大きな背が、横を見れば、母が真剣な表情で目的地を目指していた。

世に言われる最強の魔物種、龍の名を冠する、『龍の繭』。

その出現報告を受け、最短ルートで現地に向かう。

龍という名前がつくが、中にいるのはもっと醜悪で恐ろしい最悪の化け物だ。

一度、繭から孵ると、少なくとも一つか二つは国が滅び、地形が書き変わると謂われる程のもの。

どうしてそれが生まれるのかは、全くもって謎と言っていい。

ある日、農夫達が耕していた農地が日を跨ぐと消え失せ、家程の大きさの繭、真っ白で蚕が作るような繭があったという。

その農村から遠く離れた冒険者ギルドに調査依頼に向かった冒険者の青年が調査団を引き連れて戻ってきた時、村が一つ消え、更地になっていたという。

そうして呆然としていたところ、その国の王都が白い悪魔によって滅ぼされたという報告が入る。

やがて、その国、隣国、次々と被害は広がり、計4ヶ国が消滅した。

今ではおとぎ話のように語られているようなことだ。

だが、時期は数百年に一度だったり、早いと、数年ごしに現れたりと史実にそれは何回も登場する。

今回は二百年ぶりということもあり、冗談のように思われていた時のことだ。

その小さな山村ではそういう扱いをされていたこともあり、帝都への報告を怠っていたため、繭はかなりの大きさまで成長していた。

魔法師学会や当時のことを知るエルフの賢者の人々は繭を見つけると、すぐに討伐することを推奨している。

ただ、現在はその肥大化を受け、繭から白い悪魔が孵っても大丈夫なように帝国最大戦力が向かっていた。

帝国皇族にはその白い悪魔の恐ろしさは嫌というほど伝わっている。

幼い頃から圧倒的な魔法の技術と剣才を持つと噂されていた僕はその遠征に加えられ、帝国の剣とも称される、単純な武力では頭一つ抜けている最高戦力、帝国第一騎士団ヴァイス・イルが先頭、この国単騎最強の両親がその次、そして僕と、僕を囲うように帝国第二騎士団アル・カマン、その後は第三、第四、第五等が続いていた。

僕と争うように次世代最強で現国王と現王妃を既に凌いでいるのではと噂されていた兄は単独で王国との国境にいた。

がら空きの帝都を狙って、王国が進行してきた時の砦だ。

王国最強が来ない限りは、何が来ようと持ち堪えると言っていた。

実際、それを成す実力はあるだろう。

それほどの帝国最大戦力が一匹の魔物に集中するのだ。

誰も言わずとも、過剰戦力だろうという空気で満ちていた。

多少の被害は被っても、大したことも無く帰ってくるだろうと。

数百年前の討伐によると、英雄クラスの冒険者パーティーが3組程と、ある程度高名な冒険者が一個師団程の数で撃破した。

その冒険者の英雄クラスが何十人、いや何百人といるのだ。

流石に大丈夫か、もしかしたら圧勝するかもしれない。

そんな風に思われていた。

光の門が見え、視界が徐々に開けてくる。

やがて景色は森林から平原に変わり、それはあった。

本当に巨大で真っ白な繭だった。


「魔法師団、発射準備!」

「「「ハッ!!!」」」

魔法師団団長が火属性の遠距離射撃魔法の詠唱の命令を下す。

   《フラムボルグ》

紅い炎の槍が何千と射出される。

それらが繭に突き刺さり、爆炎を上げる。

だが、表皮にダメージを与えた程度で、中までは、達していないようだった。


「流石に硬いな…。どれ、私が斬ろう。」

父上が王家に伝わる聖剣アグラヴェインの柄に手をかけた。

その右腕に黒い文字列か幾重も浮かび上がる。

文字列はやがて、漆黒の鎖に変化する。

父は呪言による武術を得意とする。

身体には、入れ墨のように呪言が刻まれており、必要に応じて引き出され、絶大な力をふるう。

服の上からでも分かる筋肉隆々の強靱な肉体。

聖剣に黒い鎖が巻き付き、暗い焔が湧き上がる。

鍛え上げられた両足で地を割って跳躍し、一気に繭の眼前へ。


《パンナヴェラ!》


音速超えの斬撃が走り、通り過ぎる空間の空気を一気にかっさらうことで周囲の空気が急激に収縮、高圧の空気がそこを襲うという二段重ねの攻撃だ。

斬撃は繭にぶち当たっても、その勢い衰えることなく天に昇り、曇り空を裂いた。

煙が舞い上がる。

煙が晴れだすと、繭はパックリと割れていた。

揺らめく空気の中、何かが起き上がるのが見える。

繭を切断したところなので怪物は未熟なまま目を覚ましたのだろうか。


二つ音が鳴った。

金属同士がかなりの勢いで衝突するような音と何かがドサリと落ちる音。

すぐ隣を見ると、母上は切迫した表情で結界魔法を展開し、固まっていた。

後方を見やると、輝きを失った一兵卒の目と目が合う。

そこに胴はついていなかった。

すぐに先程の認識を改めなければならないことを知る。

僕でさえあの怪物の軌道を追うので精一杯だった。

「うわぁ………。」

「ひぃ、…。」


悲鳴が広がりかけて、途絶えた。


「ハァ、もっと愉しませろヨ…。これじゃあ、お前達の絶望を味わえない。次は手を抜こうか☆吾は満たされぬ!只君達を愛しているだけなんだ。じゃあ狩るね?」


歪な声だ。

何人もの狂人を組み合わせたように。

そいつはゆっくりと回転。

回し蹴りを繰り出した。

周囲にいた約十人程の兵達がパッと亡き骸に変わる。


「宴だ。」

「ハハハヒヒヒフフフフッ!」


精鋭達が次々と屠られていく。

哄笑と斬撃音が鳴り止まない。

一人の兵の胴を殴り砕き、一人の兵は食いちぎられ、一人は眼前での雄叫びによりショック死を遂げる。

絶望的な風景がどんどん創られていく。

呆然と死を待つ兵達に、どうにか冷静さを保った僕は声を上げる。


「総員、死ぬ気でその身を守れ!!」


その言葉に息を吹き返す者が大半、恐怖にうち震える者が少数。

一兵卒でさえ猛者。

不意打ちでかなりの数が倒れた。

僕は愛剣を構え、最初から全力でソイツの背を踏み抜く。

背骨を折る音がいくつか聞こえるが、これでは有効にならないだろう。


「母上、大規模結界の構築を!」

「ええ、もう取りかかっているわ!」


母上はもちろん攻撃魔法も最高峰だが、その真価は防御において最も発揮される。


「ふむふむ、たかだか一将軍に毛が生えた程の凡才が我に何のようだ?お主如き小童が儂に勝てるとは思うまい。アタシのこと、ナメているので?」


初めてちゃんと停止したソイツはとにかく色素の薄い奴だった。

髪はプラチナブロンドで短く、瞳は薄いグレー、真っ白できめ細やかな肌に白いローブを羽織っていた。

雪原では景色と判別がつかなくなりそうな奴だ。

無表情の武人、老成した師範、凶悪な少女のような表情を次々に浮かべ、その目に一瞬で圧倒的な殺意が籠る。

常々戦場にいる人間でさえ失神してしまうほどの殺気だった。


凡才。

僕が周りから一度も受けたことの無い言葉だ。

でも、その一方で僕は何も間違っていないと思う。

立場だけが大きくなって、中身は小さいまま。

ずっと流されて生きてきたんだと思う。

学園や社交場等、目立つ場では僕は常に最も優秀だった。

武術も頭脳も器用さも。

ただいつも、僕の上には圧倒的な化け物とでも言うべき一分野で世界を握れる程の者が何人もいる気がしている。

帝国は当然と言えば当然だが、一枚岩ではない。

いくつもの派閥が存在する。

皇帝陛下選出の儀は皇帝存命の間も行われる。

特にシオン家を除く四大公爵の派閥が大きく、闇も深い。

皇帝は何によって選ばれるかは個人の戦力としての強さ一点のみ。

それこそ一騎当千の圧倒的な強さだ。

そういった最高峰の怪物を育成するためにそれぞれの派閥は非人道的なことも色々とやっているはずだ。

それぞれが最強の矛を隠している。

また、そもそも皇選に興味の無い者も相当数いるに違いない。

そう、僕は全く強者ではない。

身近にも化け物はいるし。

それを周りが言われるでもなく敵に言われるのは皮肉だ。


「ナメているに決まっている、穢れに穢れた快楽殺人鬼!何の志もなく他人の、罪無き人々を醜悪に弄ぶ奴が僕やこの作戦に参加する者に勝るはずがない。人徳の違いだ。」


「アハハハ、他人を貪ることの何が罪か!この世に生まれた私という至高の存在は好きに生きる権利があります。お前もその類だろう?腐った有象無象を弄ぶのは強者の権利?たかが平凡な野郎が下らねえこと抜かしてんじゃねぇーー」


より洗練された闘気がソイツから膨れ上がる。

刹那、目の前に現れ、奴の拳が振るわれる。

このままだと僕の首が吹っ飛ぶコースだ。

瞬間、体内で貯蓄、増幅させていた電流を放出、

《ラカート》

全身を覆うように電流を張り巡らせ、愛剣の先にも届いたところで居合の構え。

腰の捻りを加え、最高速で抜刀。

《クラノア》!

奴の右腕とぶつかり、衝撃波が広がる。

煙が晴れると、奴は無傷で立っていた。


「今のは効いたな。」


どこが!と思いながら有効打を探る。

僕が得意とする光や雷魔法の中でもかなり攻撃力に優れたものだ。

これがほとんど効いていないのを見ると、僕の身体もボロボロに成りかねない最高威力の技を出す必要がある。

ただ、そんな時間を奴が与えてくれそうにない。

正拳突き、手刀の袈裟斬り、逆立ちになって回し蹴り、頭突き。

どれも力の受け流しや回避をしくじれば致命的なダメージを受けるであろう威力の猛攻だ。

光の力を借りて、かなりの高速で動いている僕に余裕をもって対応している。

このままだと僕の体力や魔力が尽きるのが先だ。

どうすればーーー

そうして足が何かに引っかかる。

足元には樹魔法によって草結びが作られていた。

まずい。こいつ、巧い!

僕は脳のリソースを回避や受け流し、致命的なダメージを生む大魔法行使時の膨大な魔力の発露に割いていた。

それ以上のことに気をとられていると、この場では負傷が致命的に増えるか、脳の処理が過剰になり、逆に危うい。

これが僕にとって限界だった。

それをこの少しの攻防で把握したのだろう。

奴の鋭い拳が眼前に迫る。

このままだと再起不能になるかもしれない。

そうなると、多くの命が散るだろう。


「エヴァン、お前の真骨頂は母譲りの防御魔法だろう?私に任せておけ。こいつの相手は私がしよう。」

「父上……。」


気がつくと、呪言刀で奴の肩を穿つ父上がいた。


「お前はまだまだ未熟だ。私が手本を見せる。よく見ておけ。」


僕とは違って、本物の最強の剣撃は奴を追い詰めて行った。


「はぁ、鬱陶しいねぇ。羽虫がでかい虫に変わったところで意味は無い!」


奴は本気ではなかったのだろう、ギアを一つ上げ、打ち合いは互角になる。

僕の目で辛うじて追える攻防だ。

何もできることがない。


「エヴァン、皆を護れ。」


どうしてそんな必要があるのか?

そう疑問に思っていると、


「《カンマシ・アラクネ》」


奴が一段と暗く、冷たい声で呟いた。

紫色のオーラが立ち上がり、奴の気配が一変したと感じるほど濃厚な殺気が辺りに漂う。

奴の足元に生えていた草花は枯れ、灰となって風に吹かれて消えた。

あいつの動きが見えなくなった。

父上は捉えているようだが、防戦一方になっている。


「どうした?余はつまらぬ戦いはしとうないぞ。少し待ってやるから必殺でも出すがいい。」

奴の口調も一定になっている。


「《トハナヴ》」

「父上!!駄目です!」


あれは禁呪!

身体に予測不能な障害をもたらしかねないものだ。

身体中に刻まれた呪言が浮かび上がり、絡まり合い、解くを繰り返す。


「父上!!」

「エヴァン、皆を頼む。ーー《ノア》ーー」

父上の身体が黒く染まる。

動きを止めていた呪言が鎖となって聖剣に巻き付く。


「叶わぬ夢は夢のまま、古の彼方より災いは機会を得て来たらん。彗星の如く降り注げ。《アスムーシャ・クォルディア》」

「…朽ちろ、化け物。」

掲げた聖剣が黒く染まってゆき、黒焔が立ち上り、天高く伸びる。

そうしてその周りを鎖が回り、加速しながら奴にその柱は落ちていく。

天を支えるという塔の倒壊を核に生まれた、詠唱を必要とする大魔法だ。

それ故に代償も大きい。


「ふむ、わざわざ喰らってやる必要もないやもしれぬが…、興が乗った!喰らってやるぞ。」


奴に紫色の風が集まっていく。

そうして奴の手の平を起点にそれは口を開く。

「《ハングア》」

魔物のように鋭い歯が並んだ巨大な口が構えられた。

その一瞬後、漆黒の塔が奴に直撃する。

砂塵が巻き上がり、視界が遮られ、暴風が駆け抜ける。


「慈悲深い吾も情けをかけるのは飽きてきたぞ。終着だな。」


そんな声が聞こえた気がした。

視界が晴れると、あの口は黒い塔を呑み干したところだった。

刹那の後、大魔法の代償により片腕を失った父上の首に奴のどこから取り出したか分からない刀が迫る。

青黒く、神秘的な雰囲気の刀だ。

「父上――ッ!!」


「あなた、そろそろ助太刀致しますわね。《カーミス》」


慣れ親しんだ声が響く。

無数の魔法陣が空一面を覆う。

少しほっとする。

この二人なら……。


「降りなさい。」


光線が奴めがけて一点に放出される。

何万という光が爆音を轟かせる。

父上は母上の声が聞こえた途端に退避していたようで、無事だ。


「リア、助かった。」

「ええ、片腕を失っても大丈夫そうでなによりです。」

「怒っとる?」

「…………。」

「そ、そうか……。」

「あなた」

「あぁ」

「こんなものか…。われは悲しいぞ…。さぁ絶望の道を歩め。《傀儡糸》」

「ん……?」

「お前らは所詮ただの贄。大いなる意志に食い尽くされろ。」


すぐに周囲の様子がおかしいことに気づく。

この場の半数の兵士がピタッと動きを止め、空を仰いでいた。

そうしてゆっくりと視線を地上に戻す。

何も映していないかのよう。

彼らには瞳が無くなっていた。

そうして場は世紀末の様相を呈した。

一人の瞳のない兵士が正常な兵士の首に齧りつき、あっさりと息の根を止めるその兵士。

それを皮切りに次々被害が増える。

あるものは正常な兵士を引っ掻きまくり、あるものは剣をとり、あるものは自爆魔法を唱えていた。

「これは………。」

「ハハハハハハハハハッ!これこそ世界のあるべき姿?偽りの善に塗れた腐った世よりもこのような混沌の方が余程好ましい!」

「外道め……。」

「ハハハ、それこそ褒め言葉さ。この世で正常な人間こそ最も忌むべきものよ。このまま滅びに向かえ、《コトヒラ》」

奴が指を鳴らすと、空は血のように真っ赤に変わり、黒い月が浮かんでいた。

死んだはずの者が起き上がり、正常な生者の狩りを始める。

敵がどんどん増えていく醜悪な魔法だ。


「最終局面だな。死は満たされた。死は秩序に、生は混沌に。

深淵を覗く神は遍くもの言わぬ亡き骸へーー《ア・レ》ーー」

「フハハハ、これでこの地は我が祭壇に!」


次から次へと高等魔法を唱えていく。

白い球体がいつの間にか奴の背後で浮遊していた。

アレが非常にヤバいということは誰の目にも明らかだった。

止められなければ、ここにいる大半が屍と化すだろう。

それほどの残酷な気配のする圧迫感が感じられた。


「リア…………。」

「ええ、……エヴァン、私達二人であれを鎮めます。後のことは頼みます。こんな形になってすみません。王とは、王家とは帝国を守る義務があります。あなたにもきっとそんな日がやって来ます。ただ、あなたの初陣がこの戦いになってしまったのは、悔やまれますね。おそらく、帝都では悪意に晒されることになるでしょう。それでも、あなたは強い子です、自慢の息子です。全てを守りなさい。そして、再度すみません。」

「エヴァン、強くなれ。私、…いや、もういいか。俺は若い頃、強くなること以外何も考えていなかった。ただ、棒切れ振って、魔術の練習して、まずい時々旨い飯食って、寝て、好きな女を見つけて。そうやっていく内に大事な者が増えていった。守りたい者が増えた。命をかけて守りたい者もできた。だから強くなれ。」

「母上、父上……?何を…?」

「エヴァン、卑怯かもしれんが、俺達がここで退場になることを許してくれ。ありがとな、。生きろよ。」

「エヴァン、健康で幸せな良い紳士になるのよ。いつまでも見守っているわ。」

「どういうことですか!?」

「今は何も言わず見送ってくれ」 

「あなた、そろそろ。」

「ま、待って!……ゴホゲホッ、ウゥッ!」


脆弱な身体だった。

あまり長い戦闘はできなかった。

それを告げるかのごとく限界を知らせるアラームが鳴る。

激しい運動をしていると、突如襲う喘息のようだが、原因は不明の病。

ただうずくまることしかできなかった。

両親はそうして、奴の元へと駆けて行った。 

僕は、ただその姿を見ていた。


「ふむ、新手の手品か?」 

「「美しき未来はやがて来たる。冬は春へと移ろい、悲しみは途絶えり。この行く末は我が宝の子らに。あまねく子供らに光よ降り注ぎ、すべからくその愁い祓いたまへり。《アブリュード》」」

「何事だ!」

奴が初めて焦りを見せた。

奴と父上、母上の下には大海の渦潮のような潮流ができ、3人を引き込んでいた。

代償をさし出せば、超位の怪物でさえ霊界に道連れにできる魔法。

二人の帝国最強により、なんとかつり合いがとれたようだ。

「《ハイゼ》!クソッ!拘束力が肉体だけでなく、魂にまで作用しているのか!まずいまずいまずい!我の理想郷がっ!」

超速の飛行魔法で飛び出し、足を犠牲にしてでも抜け出そうとしたが、無駄なようだった。

父上と母上の姿が少しずつ薄れていく。


「父さん!母さん!」

「元気でね、エヴァン。」

「達者でな!」

泣き笑いのような、でも凄く幸せそうな表情で二人は僕のことを見ていた。

「僕…、まだ、は、話足りないこととか……たくさんあるのに…………どうして、……どうしてこんな…ウグゥゥッ!」

「お前がこっちの世界に来たら、それを全部聞くさ。楽しみに待ってる。だからもう喋るな。」

「ええ、そうね。楽しみね」


「僕はぁ……。」


「ふうむ、今回の我はここまでか。次に託そう。にしても、愚かな人類でもこれ程の力を有する者がいるか……。収穫だな、精進あるのみ。さあさあ、守りきってみせよ。最後に一つ、絶望を。《死者の行進》」

ぶつぶつとよく分からないことを呟いていた奴は最期にアンデッドの大軍を召喚する。

面倒だが、奴にしては、あっけない幕切れ。


「エヴァン、守りきれ!」

「大丈夫、あなたは強いから。」


涙が何度も零れ落ちる視界の中、

「アーーーーーーーーーーーーーーッッ?《サンクチュアリ》!」

重傷を負っていた兵士は、徐々に傷が癒えていき、狂気に染まっていた兵士は正気を取り戻す。

湧き上がるアンデッド達は浄化されていく。

やっと成った全てを守る魔法。

どれだけ練習を重ねてもできなかった魔法。

もう少し早ければもっと…。



「そんな馬鹿な……子供ごときに…?」

白き悪魔は渦に呑み込まれ、消失した。

「やっぱり、やると思ってたぜ。流石だな」

「それはもちろん、私達の子どもだからよ。」

「……もう………時間が無いんだね。」

「そうだな…。」

「そうね…。」

「僕は……強くなる………。ガフッッ!……国を守って守って守り抜くから……。」

王家の人間としてなすべきことだけは。

ぐしゃぐしゃな顔で威厳も何も、王家として見れるようなものも何も無かったけれど、言葉にだけは虚勢を張った。

今はまだ程遠いこと。

されどいつかは…。


「あぁ、お前ならできるさ。」

「ええ、天国からずっと見守っているわ。」

「はい……ッッ!」

「…時間、だな……。あばよ」

「さぁ、いってらっしゃい」

「はい、……いってきます!」

そうして二人の姿は見えなくなった。

渦は最後に大きな光の柱を放出し、消えていった。

耐えて耐え抜いていた最後の意地がそうして砕けた。

後悔が膨れ上がり続けた。

どうしてもっと速く。

どうしてもっと強く。

戦いの中で押し殺していた感情が今になって襲いかかる。

そうして、死と血で溢れた荒野に青年の慟哭が響き渡った。

いつでも蘇る悪夢の一つ。




目を開けると、王国の関門だった。茜色に眩しく輝く夕日を受け、馬車の影が長くなっている。


「到着したら、宿探しと冒険者登録かな。」

「ええ、そうですね、冒険者であれば自由に動けそうですし。」


関門を越え、町中に入る。

辺りは夕闇、少しずつ暗くなっていき、レンガ作りの家々に点々と明かりが灯り始める。

酒場も騒がしくなってきた。


「あそこはどうかな?」

「ご飯が美味しければ、異論ありません。」

「そ、そうか…。」

「ググーーーー」

「…………。」


音の出どころは隣の美女だ、確実に。

長旅だったから、お腹が空いたんだろう。

この娘は近寄り難い雰囲気を醸し出しているように見えるらしいが、僕からすればただの素直でかわいい女の子だ。

少しだけ耳を赤くして、今も通りを澄ました顔で歩いている。

そして、僕らは彫刻を施した木の看板に『クラムベリー』と書かれた宿屋に入った。

木製に金属製のノブの扉を開けると、こじんまりとした酒屋だった。

おしゃれな小物がところどころに置かれている。

どうやら1階がバー、2階以降が宿泊する場所となっているようだ。

バーと言っても、かなり種類豊富に食事も提供しており、もうレストランと言っていいかもしれない。


「すみません、ここに泊まりたいのですが、部屋は空いてますか?」

「二部屋かい?空いてるよ」

おかみさんが出てきて答える。


「一泊、おいくらですか?」

「200クルペだよ。食事代は別ね。ここを利用してくれてもいいし、外で食べてきてもいいよ。」

「では、ここにします。」

「あいよ、ありがとさん。これが部屋の鍵ね。何か聞きたいことがあればいつでもおいで。夜10時までなら受付しているからさ。」

「ありがとうございます。早速、食事を頂こうと思います。」

「これがここのメニューだよ。腕に自信はあるからどれも間違いはないはずさ。」

「はい、堪能させてもらいます。」


レイが特に。

メニューを見て、僕はきのこソースのハンバーグを、レイは大盛りのトマトパスタと特大ステーキを頼んだ。

まず、資金繰りを考えねば、レイの食費に全財産が取られてしまう。


「美味しい?レイ。」

「ええ」

「ならよかった。」


表情は変わっていないように見えるが、長い付き合いの僕からすれば幸せそうな空気を感じ取れる。

食べ終えると(レイの方が食べ終わるのが早い)、宿屋を出て冒険者ギルドに向かう。

人通りも少し減った通りを涼しい風が吹き抜ける。

辺りは既に闇の中。

ガス灯が灯っている。

王国の入口付近の掲示板にあった地図を思い返し、幾度か角を曲がった先にギルドがあった。

レンガづくりのシックな建物だ。

ガラス戸を引き開け、中に入ると、人は少なかった。

おそらく魔物達が活発に行動する夜間、冒険者達は極力外に出ないようにしているのだろう。

ギルドも昼間に活動することを推進しているようだ。

賢明なことだと思う。

冒険者登録を行うため、受付嬢の前に行った。

ピンクの髪の可愛らしい、猫のような女の子だ。


「すみません、2名、冒険者登録をお願いしたいのですが。」

「…………」

「あのう、大丈夫ですか?」

「はっ!はひっ!何のご用でございましょう?」

抜群にイントネーションが外れ、動揺した声を上げる。

意識がどこかへ飛んでいたのかな?

大丈夫だろうか。


「あ、はい。2名、冒険者登録をお願いしたいのですが。」

「え、えーーっ!?」


驚く頻度が多すぎやしないだろうか。


「は、はい。良いんでしょうか?」

「もちろん。」

「危険な仕事ですよ。」

「はい」

「魔物もたくさん出ますし、人死もあります。あなた方が死ぬ可能性も…。」

「承知の上です。」

「あ、もしかして護衛の方がなされるのですか?そうなると、ランクアップができないのですけど…。」

「護衛?いませんよ?僕ら二人だけです。」

「えーーーーっ?」

本日何度目かになるシシリーの叫び声が響き渡る。

どうしてこうもシシリーが驚くのか。

それは彼女の能力にあった。

?鑑定眼?

彼女の場合、そのレベルが低いために魔力量や武術の練度等を感知することはできないが、人の身分、年齢、性別等簡単なものは知ることができる。

それによって、二人を観察した彼女は身分の欄に驚いたのである。

皇族ということに。

王国の者にとっての王家とは知力やカリスマ性の象徴であり、個人の強さが影響を及ぼすことは少ない。

そのため、護衛を常に侍らせている。

一方で帝国の者にとっては、王家は最強の象徴。

正直、護衛などつけても無意味だ。

その相互の認識の差からこのようになったと言える。


しばらく後、

「本当になるんですね?」

「ええ…。」

押し問答の末、ようやく登録してくれることになった。

ここでこんなに手こずるとは思わなかった。

「ただし!テストは受けてもらいます!!」

「はい、わかりました。」

それはまぁ普通かな。

「上級冒険者が試験官となって、試験官と実践形式で闘って貰います。勝敗を気にする必要はありません。その戦いの中身如何によって冒険者にふさわしい実力があるかどうか、どのランク帯から冒険者を始めるべきかを見定めます。」

「なるほど。」

「つきましては、日取りについて決めておきたいのですが、何か希望はありますか?」

「近々でお願いしたいということを除けば、ありません。」

「かしこまりました。では、そうですね…。3日後にさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「はい、かまいません。」

「もし、試験官またはこちらの都合で申し訳ありませんが、試験日を延期にさせてもらうことがあるかもしれません。そのときは伝令役に伝えさせますので、都合のつく宿泊施設または住居などございますか?」

「はい」

「では、ここに氏名とその住所の記入をお願いします。」

「…これでかまいませんか?」

「はい、ありがとうございます。では、3日後、お待ちしております。」

「よろしくお願いします。」


さて、無事に登録も終わったことだし、今日は帰るか。

「レイ、特に行きたいところはない?無ければ帰るけど。」

「そうですね、今日は帰りましょう。」

宿屋に帰ると、思いの外疲れていたのか、睡魔がすぐに襲ってきた。

浄化魔法を僕自身とレイに使い、分かれたあと、ベッドに潜り込み、眠り込んだ。



朝、少し遅く。

蒼い髪を濡らし、散らかった路地裏を駆けていた。

落書きで汚れた塀をレンガの隙間に足をかけて飛び越え、一里離れたところから放たれる矢をすんでのところで回避した。

そのつもりだったが、頬を薄く掠めていった。

光の屈折で視覚に誤差を生ませたのだ。

並外れた獣人の聴覚でもほとんど無音に聞こえる。

その技術は一級品だ。

入り組んだ路地裏に入りこみ、縦横無尽に駆け回って、足音が遠ざかり、相手の死角の壁に倒れ込み、息を休める。

見上げた空は曇天。

這いつくばった地はスラム街の路地裏。

人っ子一人見かけない。

こうして休んでも仕方がない。

包囲網が完成しつつある。

どこかを一点突破するしかないだろうが、困難を極める。

敵は王国騎士団。

この国の精鋭部隊だ。


「ハァ、自業自得か……。」


どうして一人追いかけられているのか。

王国の王女メリア・ヴァン・カレルの首飾りを盗んだからだ。

盗んだ後、盗品商に売り、莫大な金を得た後、孤児院へと走る道中、王国の騎士団の連中に追いかけられ始めた。

昨晩から、こうして今も逃走中だ。

そうして、俺は奇妙な二人に出会った。

漂う雰囲気、所作全てが最高峰の武人のそれ。

幾度もの修羅場をくぐり抜けてきた者のそれだった。

ただ、王国の騎士団ではない。

王国の騎士団ともあれば、王家から武具を与えられる。

それは王国兵士にとって至上の誉れ。

常に武具を携帯することこそ、王国騎士団の誇り。

それを手放すような奴はいないし、短剣のように身に隠せそうなものを賜ることもない。

大抵は剣、槍、刀だ。

偶に斧や杖もあるがほとんどない。

だとすると、何者なのか?

だが似たような者だろう。

同じ穴の狢、俺の嫌いな臭いがする。

どう仕掛けようかと思案していると、その男女の内、男の方から声をかけられた。


「少し、話さない?」


なんとも気の抜ける内容だ。




眠い。

目が覚めたのは日が地平線から現れる頃。

あいにく曇天で日の出を目視することはできない。

身体が重い。

ボーッと、天井の木目を見つめる。

木製の建物自体、見るのは久しぶりな気もする。

ベッドに居座ること長時間。

やっとベッドから出て、顔を洗いに行く。

身支度を終え、部屋から出ると、レイも出てきたところだった。

「おはよう。」

「おはようございます。」

朝食を取りに下へと降りる。

軽くサンドイッチを食べることにした。

レイの場合は桁が違う。


「今日はどうするのですか?」

「何か希望ある?特に予定は無いんだけど。」

「では、散策をしたいです。」

「分かった。そうしよう。」

「はい。」


朝食を食べ終えた後、宿屋を出て、ぶらぶらする。

もちろん格好は普通の庶民が着るようなもの。

僕は襟付きの長袖シャツにデニムパンツ。

レイは白いワンピースと麦わら帽子にしようとしていたが、それでは良くない。

美女オーラを引き立たせるだけなので、結局のところ長袖シャツとデニムに帽子を被らせた。

まだ目立つようであれば、フード付きコートにする。

怪しい感じで逆に浮きそうだが、顔を覚えられなくて済みそうなので、悩ましいところだ。

服屋、本屋、武器屋ついでに鍛冶屋を何軒か回った。

ここらでしばらく暮らすことになりそうだ。

また、訪れることになるだろう。

今回は何かを購入することはなく、良さそうなお店の目星をつけるだけとなった。


「じゃあ、次はどうする?」

「あふこへいひまひょう。」


買ってきた焼き菓子を先程からパクパク食べている。

まぁ、意味は分かる。

なので、良しとする。

指さした方角を見ると、人っ子一人いなさそうな貧民街っぽいところだった。


「なんで?」


普通、入りたいとは思わないだろうに。


ごっくん。


「あそこから面白そうな感じがします。」

さすが戦闘狂。

面倒なことしか起きない気がするよ。

血の臭いもするし……。

なんて独特な感性…。

まぁ、いいかな…。

というかもう向かっている。


曇り空なこともあり、余計に薄暗かった。

忘れられた帽子。

割れた窓。

壁に残った血痕。

ところどころ欠けた石畳み。

奇妙な色のどこから流れるのか分からぬ水。

時々漂ってくる饐えた臭い。

どれもが僕らには縁遠かった世界を創り出す。

順当に行けば、知り得ることもなかった景色。

それが酷く新鮮で、面白いとも思う。

案外、僕も奇特な感性の持ち主かもしれない。

しばらくボーッと歩く。

レイもあちこち興味深そうに見回っている。

その時、何かが空から高速で飛んでくる気配があった。

瞬間的に僕はドラドを構え、矢をぶった斬る。

どうやら気配察知で捉えた情報が正しかったらしい。

視覚と気配に僅かな差があった。

当然といえば当然だが、人は第六感的なものよりは五感、中でも特に発達した視覚に頼る傾向がある。

それを逆手に取る攻撃。

醜悪な魔物や暗殺者がよく用いる、この手の手法。

強者だ。

見事に面倒事に巻き込まれた。

さて、お返しといこうか。

というかなんでいきなり攻撃されてるんだろう?

おかしくない?

まぁいいや…。


「《ヴァイスク》」

最高峰の加速を生み出し、矢を放った人物の目と鼻の先へと一気に到達。


「なっっ!!」

服を見て一言。

「あなたも王国を守る者なら避けてみせろ。遠隔からの攻撃をするからといって、近距離戦ができない訳ではない。でしょ?」


相手、王国騎士団の弓兵は既に剣を抜いた。

剣と剣のぶつかり合い。

戦闘狂のところが僕には少しあるのかもしれないな。

レイよりはマシだが。

おそらく感染ったのだろう。

楽しくて仕方がない。

徐々に剣撃の速度を上げていく。


「クッ!!強いっ!あなた何者!?」

「たぶん、後ですぐに分かると思うよ。」


さて、気配が集まりつつあるな…。

「おい、リン!どうしーーーなっ?!」

「盗人というのはこの人?」

「いえ、それは違います!」

違うって分かってるならなんで攻撃されたの?

まぁいいけど。

3人か…。

多対一の戦闘、どこまで行けるかな。

黒髪短髪の槍使いの男性。

水色の長髪の、先程から闘っている弓兵の女の子。

緑髪ショートの魔法使いらしき少女。


「じゃあ、なんで闘ってるんだ?」

「知りません!!とにかく手伝ってください!」

「よく分かんねえけど、分かった!」

「ん、分かった。」

ふむ、遠距離型が二人いるのはやり難いかもしれない。

無詠唱で魔法を行使、少女が魔法陣を発生させた瞬間、

「《ディスペル》」

「「「なっ!!」」」

「……無詠唱で高等魔法のディスペルを?」

「あいつ、相当スゲェんじゃね?」


僕は目を閉じ、腰を落とす。

一瞬の間、完全に意識を閉ざす。

果てない虚空を頭に想い浮かべ、抜剣。

「夢想一刀」

槍使いの男へと斬撃を飛ばす。

想像したものがより現実に迫るほどのクオリティであればあるほど、それが持つ効力が強くなる。

「うおっ!ヤベェ!ブラストアウト!」

一気に槍が暴風を纏い、斬撃と激突。

槍使いはこのままだと槍が圧されると感じたのか、斬撃を上に逸らした。

「あぶねー。」

これを避けるのか。

槍破損は狙えるかと思ったんだが。

イメージしにくい情景だったとはいえ、かなりの突破力を誇るはずだ。

一概には言えないが、槍使いの実力が頭一つ抜け出ているかもしれない。

すると、少女が魔法の準備を終えていた。

「出し惜しみはしない。この物量はディスペルできないはず。」

一面に無数の射撃魔法が広がる。

「《フィオネ》」

水の弾丸が大量に押し迫る。

「ちょっと!アリス!一般人に被害が出たらどうするの!!」

「テヘ☆」

「テヘ☆じゃない!」

リンさんという方は苦労人なんだろう。

ひしひしとその感じがする。

攻撃を受けたことに納得は行かないけど。

僕、悪人には見えないと思うし。

一つ一つの弾丸の大きさはそれほどではないが、おそらく大質量の水を圧縮したものだ。

上級の炎魔法でも全てを蒸発することはできない。

「ここは本気でいかないとまずそうだね。」

愛剣を鞘に直し、魔法陣から剣を取り出す。

刀身は深紅、かなりシンプルなデザインで、柄等は淡い金色。

僕が持つ中では最強の宝剣の一つ。

二十四ある宝剣のうちの一振り。

紅剣イグニス。

そして、片手に魔法陣。

《インベントリ》

空間に物を収納しておける魔法。

これ自体を使える人間は別段、珍しくもない。

そこから帝国北西部にある大火山、ユリウス山を訪れた時に龍種を狩ることで調達しまくった龍の息吹きを取り出し、纏わりつかせる。

イグニスは火や熱に関するものであれば相性が良く、世界一熱いと言われる龍種のブレスとの相乗効果で生み出される力は絶大。

そして、

「夢想一刀」

今回は太陽が巨大化して、周りの星々が破壊されるイメージをする。

途方もないことのように思えるが、何故か簡単に想像することができた。

抜剣、そして一閃。

目を開くと、全ての水の弾丸は消え失せていた。


「化け物…。」

「ハハハ、面白え!アリス!は無理か。リン、この怪物相手にどこまでできるか試してぇ!!援護頼む!」

「もう…、このバカは!でも、一度ぐらいはギャフンと言わせてみたいです。分かりました。援護します。」

リンさん、あなたは何気に酷いと思います。

止めませんか、普通。

「《千夜の夜明け》」

突然、風景が切り替わる。

「ん?幻覚魔法?」

穏やかな早朝の空気が漂う。

遠くには大きな山が見える。

青々と木々が生い茂っている。

僕はなぜか上空におり、下には田畑、点々と家が見える。

まだ、日は昇っていない。

気を張り巡らせていると、やがて朝日が顔を出す。

そして、そこから真っ赤な帯が空一面に広がって行く。

それは火の鳥が空を羽ばたくよう。

出どころには、人の姿が見える。

リンさんだろう。

鳳凰は僕の上の空に収束、赤く巨大な矢となって僕へと高速で落下する。

「幻想魔法!」

魔力消費は激しいが、絶対的な強さを誇る魔法。

これを使えるかどうかで一流かどうかが分かる。

すごいなあ。

もうこのレベルで使えるんだ。

僕の夢想一刀も、これの魔力消費を抑え、使い勝手の良いように簡略化したものだ。

その分、威力は落ちている。

地に足がついてないこの状況、対処法も限られる。

再び《インベントリ》に手を突っ込む。

二本目の宝剣を取り出す。

銘を黄剣ネメア。

雷と相性が良い。

二十四聖剣の中でも所持者の速度を最高レベルまで上げる。

ついでに言うと光や雷魔法が得意な僕は扱いやすい。

「さぁ、僕も幻想魔法で応えないとね。」

《龍喰らい》

「なっ!幻想魔法も使える!?」

リンさんの悲鳴を皮切りに先程ののどかな風景の半分が切り替わる。

激しい表情をする海だ。

貴族の家程の大きさの高波。

黒く鈍重そうな雲。

海面を激しく叩く雨。

海面と雲の間を幾筋も雷が駆け巡る。

その荒れる海を賢明に渡る大船があった。

雲と海を行き来する雷は少しずつ増え、また形を変え、段々と龍に近づいていく。

そして、海に向かう龍と雲に向かう龍が噛みつきあい、尾を鞭のように振るいあい、徐々に空へと駆ける龍が優勢になる。

雷雲は僕の上空に達する。

そして、僕へと翔けてきた龍の如き雷と重なるようにネメアを振り上げる。

そして、加速した雷龍と鳳凰が激突。

辺りは一面白く染まり、現実に回帰した。


ガキイィィィンン!!

甲高い音が木霊する。

槍使いの男の槍と僕が光でこしらえた盾が激突した音だ。

念のため、6枚程重ねて発動したものの、一枚を残し、粉々に砕けている。

最後の一枚も亀裂が入っていた。

一枚少なければ、僕の首は危なかった…。


「ハハハ!死角への不意打ちすら防ぐのか!こりゃダメだな。降参だ、降参。」

「それでいいのかい?僕を逃がすと上官殿に怒られるのでは?」

「誰であっても厳しいんじゃねえの?というか、アンタ、別に盗人でも罪人でも何でもねぇだろ?」

「さぁ?」

「いや、分かりきったことだろ。まぁいいや。盗人の居場所が分からんわけだし、団長と合流だな。」

「止めるのかい?」

「敵対する理由もないと思うしな。どうしてあんたが強いのかは気になるが、まぁ市井にも強者がいないことはねぇ。一応、一般人を傷つけることは禁止だからな。あんた達にはついてきてもらうぞ。団長に説明とかしてもらう必要もあるし。」

そうして、意識を失っているリン、大人しくなったアリスを勝居だ。

「分かった。」

「さて、レイはと……。」

視線をレイの方にやると、静かに佇んでいた。

その横には巨漢の武人、王国騎士団副団長が意識を失い、寝そべっていた。

レイが何かを見続けていた。

副団長がつけている黄金色の腕輪だった。

全てを察する。

ドーナツが欲しくなったんだな……。

おおかた、運動してお腹が空いたのだろう。


「いっそのこと、ほっとするぐらい君は安定だね……。」


時間をさかのぼること少し。

エヴァンがリンを逆探知した頃、エヴァンの跡を追おうとしていた時、


「久しぶりですな、レイ殿。」

突如後ろに生じた気配に声をかけられる。

「お久しぶりです。アルバート殿。」

王国有数の強さの精悍な顔立ちの男だ。

「時に、こんなところで何をしておられるのでしょう?あなた方が来るような場所ではないように思いますが…。」

「面白さを求めて。」

「なるほど………全くお変わりありませんな…。」

「それはもちろん」

「………ええ。」

「……強くなりましたか?」

「どうでしょう?鍛錬を怠ってはおりませんが。」

「もし良ければ、お手合わせ願えますか?ここで見えた以上、敵国の戦士同士、決着がつくまで。

「ふむ……、レイ殿からのお誘い大変嬉しく思うのですが、…………なるほど。いえ、わかりました。お引き受けします。」

両者から今までの和やかな空気とは一変して鋭い空気が漂う。

強者と強者の闘いは幾通りか考えられるが、概ねが短期か永きに渡るかのどちらかである。

この場合、勝負はすぐに決まろうとしていた。

アルバートは、背中に背負った大剣を鞘から出し、上段に構える。

そして強化魔法を加えて横振り一閃。

鋭い強風がレイを襲う。

レイはそれを地面に刺していたルシアを頭上に振り上げるようにして剣風を薙ぎ払う。

そうして少しの間、剣撃の応酬が続く。

豪快なアルバート。

繊細なレイ。

対極的な二人の剣だが、調和した見事な剣舞だ。

自然界のネコ科の肉食獣のようなしなやかな、だが力強い剣撃も美しく、華麗な踊り子がステップを踏むかのような優美な剣撃も美しく、甲乙付けがたい。

そして、戦いは最終局面へ。

バックステップでレイから遠のくと、アルバートは必殺のかまえ。

ここで追撃をかけに行くと、逆にその必殺の直撃を喰らいかねないと判断したレイも必殺のかまえ。

《ロッチャモンド》

岩石地帯を生む幻想魔法。

辺りは草一本無い荒野に変わる。

荒れ果てた土壌。

幾日も雨が降らず乾き、ひび割れた大地。

快晴の空に大きな輝きがあった。

この星ごと滅ぼしかねない大隕石の到来だ。

ゆっくりとその地に向かって駆けていた。

アルバートは砂属性、中でも岩石系統の魔法を得意とする。

それから派生した幻想魔法だ。


一方で

「《イェークシュ》」

一面が白銀世界。

雪がうず高く積もっている。

だが、空は雲一つない星空。

背景放射により気温は下がり続ける。

また、星空の真ん中に銀色の満月。

美しさと死が同居したような世界だ。

そのプラチナの大地に華が咲く。

氷の花弁、氷の茎、根、蔓。

大地は一面、氷華で溢れ返る。

広がり続ける氷の花々は動植物に触れる度、その生命力を吸い取る。

やはり、世界は死と極上の美で満ち溢れていた。


荒野と雪原。

どちらもなんとなく寂しい風景。


アルバートは豪剣を引き抜く。

一振りすれば、大地がめくりあがりそうなそれは魔剣ユルグ。

天空より勢いよく頭上から振り下ろす。

巨岩が雪原に突入する。

レイはルシアを引き抜き、それを横薙ぎに振り払う。

氷の華は成長し、蔦を伸ばし始める。 

大量の氷の蔦と隕石が激突。

計り知れない衝撃波が駆け抜け、徐々に収束する。

景色が戻ると、全てが終わり、アルバートが倒れていた。


私はエヴァンと3人の騎士団員との戦いに目を向ける。

やはりエヴァンは強い。

器用貧乏や凡人などと言われることがあるが、それは根拠のないことだ。

この戦いにはいくつもの優れた点があった。

気配察知能、不意打ちへの対処能力、宝剣や聖剣の使い分け。

単純な力では私に分があるが、あの繊細さや手札の多さなどを組み合わせると、今の私では勝ち目が見えない。

弱者から強くなった者の強さだ。

才能所以の強さよりも余程、努力所以の強さのほうが実りが大きいと思う。

その強さは失われない。

そうして終わりを迎えた。

視線をアルバート殿の方へと向ける。

美味しそうな甘いお菓子に似た何かが目に入った。



僕らは一箇所に集まった。

アルバートも目を覚ました。

さて、今の戦いを傍観していた人物に話を聞こうか。


「ふぅ、これで団員たちへの試練は終わりでいいのかな?王国騎士団の団長さん。」

「久しぶりですな、エヴァン殿下。」

「金の神子!」

「はぁ、道理で…。」

「大物…。」

驚き呆れたような表情を3人は見せる。

「さて、まず、試練ではありません。帝国皇太子がここに参加されていることの意味を考えていただけです。しかしながら、話によりますと、ただ通りがかったようなものでしょう?なら敵対をする必要など全くもってありません。貴公にも殺す意図等見えませんでした。強者との戦闘は部下達にとっても良い機会だったかもしれません。私達は別件で来たのです。」

「別件ね…。そういえば、盗人とか言ってたっけ。」

「ですので、ここの戦いについては無かったことにしていただきたく思います。」

「ふむ、どうして盗人を追い駆けるのに騎士団が出る必要が?」

「盗まれた物が物だからでございます。我らの手で処刑は速やかになされなければなりません。」

なんとなく読めてきた。

「へえ……レイ…。」

「はい。」

「…………どういうおつもりですかな?」

「ん?これは転移魔法さ。あなた方に危害を加えるつもりは今のところないよ。確かめたいことができただけさ。じゃあね。」

「今のところ、ですか……。」


「この辺りだね。」

盗人らしき青年を見つけた。

壁にもたれ、荒い息をしている。

十中八九、件の盗人だろうな。

「少し、話さない?」

声をかけた。

その直後、眼前に腰を低くした青年がいた。

まだ、これだけ動けるのか……。

青々としたオーラを纏った拳が顔に迫る。

「レイ、手出し無用ね。」

「は、はい。」

剣を構え、今にもこちらに突っ込もうとしていたレイに言う。

〈蒼狼の牙〉!!

徒手格闘か…。

ゆっくりと迫る拳を横目に、狼人族の青年の肩にそっと手をおき、力を込めた。

「ガハッ!な、何だ!?」

武術の奥義の一つ。

相手を傷つけることなく、人体の構造を利用して思い通りに動かす術。

青年は蹲る。

「ねぇ、話を……」

「話なんか聞いてられっかよ!上流階級が!邪魔すんじゃねえ。」

これは力ずくでないと無理かな?

今度は回し蹴りが眼前に迫る。

青いオーラが一段と大きくなった蹴りだ。

これはあまり良くないな。

消耗した身体で使うべきじゃない。

一瞬でけりをつけないと、彼が危険だ。

懐に潜り込み、手の平を腹のできるだけ回復しやすい部分に当て、強烈な魔力波を当てる。

〈霹靂〉

魔力回路を一時的に暴走させ、意識を奪う算段だ。

「なっ!これに耐えるの!?」

だが、青年はぎりぎり意識を保ったようだ。

「俺があいつらを、あいつらを守らねぇと…………。」

狼の要素が濃くなる。

姿、形が変わったわけではない。

ただ、思考や身体能力がかなり獣寄りになる。

それと同時に身体にかなりの負担がかかる獣人族固有のスキルの一種だ。


「ウゥワオオオオォォォーーーン!」

獣性を帯びている度合いが大きい。

再び、激しい勢いの拳が迫りくる。

先程よりも威力が桁違いに上がっていた。


「それ以上は駄目だよ。」

僕は彼の腹に拳を当て、衝撃波を加える。

だが、まだ耐える。

「やむを得ないかな……。」

〈王の牙〉

金色のオーラと衝撃波をもった拳を打ち付ける。

「ガルルル………。」

「……すごいね…。君のその覚悟は尊敬する…。君が守りたいものを今度は僕が守ってみせるさ。今はゆっくり、休むといい。」


2段階目の打撃が加わった。

使用者が止めない限り、無数の打撃が襲いかかる技だ。

青年は崩れ落ちた。

拳に纏っていたエネルギーを解放する。

ヒヤヒヤした。

攻撃自体は、光とは言えないまでもかなりの速さで動ける僕からすると遅いが、その威力はかなり強く、僕であっても戦闘不能になりかねない。

それほどの一撃だった。

「ふぅ……。」

「お見事でした。」

「うん、ありがとう……。で、やっぱりそういうことらしいね。」

「?」

「彼は孤児っていうことだろう。その孤児院の子ども達のためにもお金が要る。そういう感じじゃないかな?」

「…………なるほど。」

とすれば、黙って王国兵に突きつけるわけにはいかない。

さてと……。


俺は何をしているんだろうな。

惨めだ。

この男は敵ではないんだろう。

瞳がそれを物語っている。

こんな濁った空気の街からは拝めない綺麗で広大な青空を思わせる、そんな目だ。

どうしたいのか…。

こんな悪党風情がやるようなこと、本当はやりたくねえ。

でも、あいつらのためには………。

肌で感じ取っていたが、こいつは強え。

拳が当たる気がしねえ。

なら、奥の手をさっさと使うしかねぇか。


負けた。

駄目だった。

彼我の力、いや技術の差が大きい。

そうして遠ざかる意識の中、俺は何度も思う。

本当……、どうしたら真っ当に生きられる?


衛兵の足音がすぐそこまで迫っていた。

「居たぞ!盗人だ!」

「あれ?3人だっけ?」

「よくわからんが、連行だ。」


「《フリヴィア》」

周囲が一気に暗くなる。

そして、僕だけが明るく光る。

ざわざわと風が流れる。

腰を低く落とし、停止。

否、捉えることの困難な速さで抜刀し、回転するように斬り、納刀。

この一連の動作の速さゆえ、誰も反応できない。

音が止まる。

そしてーーー

パッシイィィーン?

空気が割れんばかりの爆音。

レイとライルを除き、周囲の騎士団員がバタバタと倒れる。

初動から対処されていたか…。

圧倒的な音の攻撃。

音が収束すると、正面にはまだかなりの王国兵がいた。


「敵に回りますか……総員、構えろ?相手は魑魅魍魎が跋扈する帝国の中でも傑物だ!」

「「「ハッ?」」」

「それは違うと思うよ。僕は至って凡人だ…。」

「ご冗談を…!」

「レイ、周りは任せた!」

「はい、お気をつけて。」



《ヴィラ》

急加速してウェイン団長のもとへ、

《フリヴィア》

音の斬撃が襲う。


「むっ!《アグニス》」

背中から大剣を取り出し、四方八方に斬撃を繰り出す。

大剣は何かを纏っていた。

圧倒的な速さで空気を押しのけ、辺りは真空になった。

防がれた。

この攻撃を見ていたのか、あるいは勘で的確な対処をやってみせたのか。

いずれにせよ、厄介だ。

雨が降り出した。


「ふむ、お得意の魔法は使えなくなったのではないですかな?」

「そうだね。」

そして、僕は納刀した。

「……いかがしました?」

一つウェインさんは勘違いをしている。

僕の特性は物質中の粒子の操作。

《ヴィラ》は自身の体を振動させて熱運動により、電磁気の法則から解き放ち、仮想粒子化。

さらなる振動によりスピードを上げて加速するというもの。

ただあらかじめ糸のように振動波を通しておき、体がバラバラにならないようにしている。

割と危険なことをしている。

《フリヴィア》は、斬撃に触れた周囲の空気中の粒子を集めて振動を増し、急激に膨張。

それが爆音の原因だ。

剣に電流を生むのもそういった原因。

金属中の粒子を加速している。

戦闘中に電撃が飛んで来てはかなわないので納刀した。

この戦闘では一度も雷魔法を出していない。

属性魔法への適性が少ない僕は、高火力の上級雷魔法を扱うことができない。

確かに最も得意な属性魔法である雷魔法は使えなくなった。

だが、選択肢が一つ減っただけだ。

ただ、もう一つの選択肢が向こうからやって来てくれている。

天然の雨。

それを雨の弾丸へ。

ガンッ!


「ん?」

ウェインさんの鎧が凹む。

「何!?水魔法?!」

根本からズレている。

そりゃあ、粒子を扱う能力はものすごく扱いにくいし、燃費も悪い。

莫大な魔力を持っていなければ、すぐ力尽きてしまう。

本来なら扱いやすく、燃費も断然良い属性魔法を使おうとするだろう。

だが、特殊能力を使うほうがあらゆる状況に応用が利き、使いようによっては、属性魔法よりも高威力の攻撃が可能だ。

雨の弾丸の数を増やす。

操作する量が増え、一発一発の威力は落ちるが、高威力で少ない数の弾丸だとウェインさんは容易に防いでしまう。


「やられてばかりというのも情けない。そろそろ反撃しなくては。」

ウェインさんの気迫が増す。

「《カルヴァラ》」

地面に思い切り大剣を叩きつけた。

何も起こらない。

だが、不発という線はこの人に限って無さそうだ。

瞬間、後方へと跳び下がる。

直後、先程までいた地面が裂け、炎の柱が立ち上る。

かなりの勢いだ。

直撃していれば無事では済まなかっただろう。

能力か?それとも炎魔法の上級か?


「これを避けますか。かなり気配を気取られにくくしたつもりですが…。」

突如、ウェインさんが燃え上がったかと思うと、炎の鎧を纏い、炎の剣を手にしていた。

これでは雨の弾丸も瞬時に蒸発してしまう。

そんな勢いだ。

ギラリと瞳を光らせ、雰囲気も変わる。

そうして激しい炎の剣撃が僕を襲った。

縦に振られる剣を飛んで躱し、横薙ぎに振られる剣を膝を曲げ、ブリッジするように顔を背けて低姿勢で回避、その後縦に振られる剣をバックステップで避ける。

これでは埒が明かないため、両手をスッと前に掲げ、少し腰を落とした。


「ほう、拳で語り合おうというわけですか。王国では珍しいですが、帝国ではそうでもないのでしょうか?」

「そうですね。拳闘士などかなりいますよ。」

「そうですか…では、どうぞ」

「では…」

体の周りに分厚く空気の層を作り、熱の勢いを抑える。

剣だとすぐに持てなくなってしまうだろう。

僕は特に粒子に振動を加える操作が得意だ。

これは僕の十八番。

息を大きく吸い込んで止める。

全身を一瞬、脱力。

再び力を入れ、拳にこめる。

慣性にそうように、流れるように打撃を打ち込む。

俗に勁というもの。

粒子の振動を増幅し、伝える。


「ぐほぉっ!内側への打撃!武術の奥義ですか!」

それからは流れるように拳を打ち込む。

時には、回し蹴りや肘打ちも混ぜる。

だが、段々と慣れてきつつあるのか、位置をずらすなど、対処し始めるようになった。

流石に強い…。

拳と拳の語り合いは長く続いた。

少しずつ双方に傷が増えつつある。

さて、どうするか……。



「ストーーーップ!双方、戦いを停止!」


そんな時だ。

王女の声が聞こえたのは。

え?どういうこと?

どうしてここに?

疑問が収まらない。

「エヴァン、また会ったわね。ごきげんよう。」

「え?あ、う、うん……ごきげんよう?」

「どうしてあなたがここに?」

「まぁ、きっかけはレイの好奇心だけど、ここで戦う理由は彼を守るためだ。」

「どうして?泥棒さんを?」

「確かに彼は盗人だ。だけど、そこに義はある。だからかな。」

「泥棒さんの義?」

「うん。彼は孤児院のために貴女の首飾りを盗んだらしい。」

「わかったわ。ウェイン、皆、手を引くわよ。」

この場の全員、一人残らずポカーンと呆ける。

「ひ、姫様!?」

「帰るわよ、泥棒さん、そのお金は孤児院のために使いなさい。咎めはしないわ。」

流石に話が速すぎる気が…。

「でも、エヴァン、落とし前はつけてもらいたいわね。」

なるほど、取り引きということか。

当然だな、僕が場をかき乱したようなものだし。


「あぁ、分かった。僕がこの件には責任を持とう。一方的に僕が悪いしね。何でも条件を飲むよ。」

「な、何でも!?それって…えっと私の夫にーゲホゲホゲホッ!」

「メリル?」

「あ、いえ、そうね……何度かあなたを個人的に使える権利が欲しいわ、ダメかしら?」

「「姫さま!?!?」」

「護衛みたいなことかな?」

「そう!」

「でも護衛なら他にも優秀な人がたくさん居るんじゃ…。」

「親しい間柄がいいの。同年代で、友達みたいに話せるような。」

「姫さま!!」

「私の決定よ。口を出さないで。」

「姫さまぁ〜……。」

あれだけ大きく見えたウェインさんが小さく見える。

「わかった。でも、それでいいの?」

「ええ!」

「そう…、メリル、これを。」

メリルは小さな巻き貝の貝殻らしきものを受け取った。

「これは……?」

「いつでも僕を呼べる魔道具さ。」

「!?大切にします!」

「?う、うん…。」

昔から時々会話が噛み合わないことがあるんだけど、何なんだろう?

「それと、別に孤児院へは僕がまずは当面面倒を見るから、お金は返すよ。」

「いえ、結構です。今の話、私も聞いていてどうにかする必要があると思うわ。…………それに、あなたを好きなときに呼べる!これ以上の幸せはないわ!泥棒さんには感謝するくらい。」

「そう…、ありがとう。君は相変わらず優しいね。」

最後の方は声が小さ過ぎて聞き取れなかったが。

「な、そ、そうでもないですわ!ちゃんと対価を貰いましたもの!」

「あと、その魔道具、僕と話すこともできるから、何か困ったことがあれば相談に乗るよ。じゃあ、またね!」

「………。」

「?」

なんかメリルがうんともすんとも言わなくなっていたが偶にあることなので、一足先に僕らは一度宿屋に帰ることにした。

まずは話を聞かないと。



「姫様、敵国の皇子ですよ?まぁ、帝国の皇族にしては些か情が深いようには思いますが………姫様?」

やったわ!遂にやったわよ!

私の日頃の行いが良かったのかしら?

神よ、ここに最大限の感謝を。

好き!カッコイイ!エヴァン様!

会いたくてしかたなかったわ!

その御方と好きなときに話せて会えるですって!?

キャーーー!興奮して可笑しくなりそう!

この魔道具なくしてしまわないかしら?

これだけは肌身離さずつけるべきね!

あと、100個ぐらい貰えないかしら…。

なくしてしまったら気が狂いそう…。

いえ、良いこと思いついたわ!

これに追尾魔法を掛けておけばいいのね!

そうしたらたぶん大丈夫ね!

はぁ、今夜話しかけてもいいかしら?

迷惑じゃないかしら?

というか、さっきエヴァン様に褒められませんでした!?

キャーーーーーーーーーー!

…………。


エヴァンを愛してやまない熱烈なファンがそこにいた。

こうなっては誰の声も届かないだろう。

エヴァンでなければ。

王女の周りには困惑した騎士団の面々がいた。


「ふう、疲れた…。」

「お疲れ様です。エヴァン。」

「レイもね。」

抱えた存在に覚醒の気配がする。

「………助かったってことだよな…?礼を言う。」

「その必要はないよ。僕らは好きに生きてるだけさ。」

「ハァーーーー……、俺ら狼人族の教えに、恩義に報いよってのがあるらしい。俺も本で読んだだけで全部知ってるわけじゃねぇが……。」

「ふぅん?」

「頭は冷えてる。悪かったな…。惨めなもんだが、それでも助けてくれた奴には敬意を表するっていうのが普通らしい。」

「なるほどね。」

「本当、どうしたらいいんだろうな?このままだとあいつらは……。」

「………。」

「僕がどうにかする。これもなにかの縁だろうし。」

「は?アンタらに何にも関係の無いことだぞ?ていうか何かわかってるのか?いやわかるか…。」

「関係ないことはない。君は孤児院にいるんじゃないの?状況的にそう思うんだけど。」

「そうだ。」

「だったら任せてほしい。」

「こいつ、お人好しなだけなのか?意味が分からん。」

「そうです。変な所があるのはご了承ください。」

変なとこ?

「まあ、悪い奴じゃないのはもうなんとなくわかってるからいいや。どうせ手は足りないしな。」

「?ありがとう。」

「…分かった。感謝する。手伝えることだけでいい。まあ、俺だけじゃ力が足りないのも事実だ。お前たちはその力がある。悪いが、頼まれてくれ。アンタ、一応冒険者なんだろう?」

「ふむ、自分の実力をしっかりと認められるんだ…。すごいね。」

「そんなことあるか…。ただ現実が身に沁みただけだ。」

「分かった。もちろん依頼は受ける。」

「ああ、俺は強くなる。出世払いで報酬は頼む。」

「いや、別に要らないけど…。」


「さて、君の話を聞かせてもらおうかな。知ってることを全部教えてほしい。状況を知りたいし。」

荷物を下ろし、温かい飲み物を手に、ある程度落ち着いた段階で話を聞くことにする。

テーブルの上では小さな置時計が午後の時間帯を指していた。

針の音だけが静寂の中に響いている。


俺んとこの孤児院はスラム街の外れの教会みたいなところにある。昔はそこも栄えてたっぽいから結構大きな教会だ。今はステンドグラスも割れてるし、高い天井からぶら下がってるシャンデリアもホコリまみれ、壁にかけてある絵も塗料が剥がれ落ちてたりして、廃墟みたいだ。こんなスラム街にあるからよく悪党どもに目をつけられてたらしい。快楽殺人鬼とかが遊び半分で殺したり、盗賊が使える道具を拾うみたいに攫って行ったそうだ。俺はその当時のことはあまり覚えてねえ。ガキだったし。でもまぁ、教会裏の高い塀に囲まれた庭で菜園したり、近くのガキどもとの喧嘩を通して多少強くなって年上の奴が年下の奴を悪党から守ったりもして、まだスラム街じゃマシな方だったと思う。そんな感じの生活がずっと続いてた。そんなある日、シスターが来たんだ。それまでは大人のいない廃教会だったが、治安維持のため、本部の王国教会の方から俺らみたいな奴を保護しようっていう動きがあったらしい。その時は何を今更とか思ってたが、実際、そのシスターが来てからは悪党どもに攫われることが確かに減った。大人一人でもいれば、やはりやりにくいのかもしれねぇな。内職とかの仕事をくれて、金の儲け方や礼儀作法も教えたりしてくれた。辛気臭え祈りとか講話、瞑想の時間とか清掃もな。菜園が上手くいかなくなって、服とか小物のアクセサリーなんかで稼ぐようになって行った。卒業?した奴らには聖職者になるための施設に斡旋するかどうか聞いて、なりたいっていう奴らにはその施設の案内とかもしてた。でも、ある日を境に急激にその商売も菜園も立ち行かなくなった。そっからは前より酷い状況になっていった。シスターは消えやがったし、衛兵に捕まったり、栄養状態も悪くなって流行り病に罹ったりな。人攫いも増えて、死んだり永久奴隷になるやつもいた。今も変わらねぇ。いつの時代も立場の弱い奴から死んでいく。それは不条理じゃねぇか?

生まれによっては、最初から泥水すすって、命懸けで生きてる奴と温かい部屋でのんびりと生きてる奴。なら、金があるやつから金がないやつが金を奪っても正常な状態に近づくだけだろ。それを禁止にする法律もそのぬくぬくと育った奴等が勝手に作り出したもんだ。俺達が聞く道理は無え。だから俺は奪う側になった。


「なるほどね…。」

「俺達に平和も秩序も無えよ。いつも殺されるかどうかの瀬戸際にいる。」

きっと、僕が今、何を言ったところで響くはずがない。

実際、全部事実だから。

この時代において、最も不利益を被った人々。

ちゃんと向き合わなければならない存在だ。


「必ず、秩序が必要な時代になるさ」

否、してみせる。

「そうかねえ……。」

「あぁ、必ず。」

「じゃあ、そろそろ向かおうか。たぶん、王国兵は撤退しただろう。先程鉢合わせなかった王国兵に攻撃を仕掛けられることもないはずだ。」

「まぁ、そうだな、その方がいいか…。分かった、案内する。」

ここら辺は人通りが少ない。

先程は急いでいたので、普通に飛翔魔法を使ったが、今使っても問題は無いだろう。

来た道を再び飛翔魔法で戻る。

街並みを見回している内に、スラム街にたどり着いた。


「じゃあ、まぁついてきてくれ。」

しばらく、角を曲がったり、坂を上って下りて、路地裏を抜けることを繰り返していると、この荒んだ場所にあってはかなり立派な教会が見えてくる。

簡素な造りではあるが、かなり大きい。

ここなら充分に子供達も遊べるだろう。

木製で少し腐食した扉を通り抜け、入る。


「ライ兄ちゃん!!」

「ん、カイか……、うおっ!」

「あー、ライ兄ちゃんだ!」

「ライ兄帰って来た!」

「どこ行ってたのー」

子ども達が次から次へとライルに群がっていく。

「纏わりつくな!暑苦しい!」

「こちょこちょ?」

「ハハハハハハ…おい、やめーハハハハハハ、…止めろつってんーハハハ……ハァハァ。」

随分懐かれているようだ。

「なるほど、皆良い子達だね。」

「どこを見ながら言ってんだ…。」

すると、今気づいたのか、子ども達が一斉に僕とレイの方を見る。

「?」

「うわーカッコいい!」

「お兄さん、どこの人?」

「なんか、ライ兄より強そう。ライ兄弱っちぃもんな。」

「オイ…。」

「……好き。」

「王子様みたい!」

今度は僕が取り囲まれた。

「ありがとう、僕は帝国から来た冒険者だよ。とある事情で王国に来てるんだけど。」

「すげー、帝国だってよ!!」

「帝国の人って皆すごく強いんでしょ?」

「私行きたい!」

「…………好き。」

「なるほどなー、だからヘボヘボのライ兄より強そうに見えたんだな。俺の目は確かってことか。」

「…………オイ。」

どの子かは分からないけど、一人、少し重そうな好意を伝えてくれているのがさっきから気になる。

「そうだね、お国柄、かなり強い人は多いよ。こことは色々と違うから、いつか行ってみるといいよ。」

それから少し話していると、誰かが極限まで気配を薄くしていたレイに気づいたようだ。

なかなか鋭い感覚だな…。

「あー、あっちに綺麗な女の人もいるー!!」

「本当だ、お姫様みたい!」

「お姉さんはどうして来たの?」

「……負けない。」

「美人?!」

今度はレイが囲まれる。

ちょっと子どもが苦手なレイは、声をかけられた途端にピクッと肩を跳ね上げた。

それからは質問攻めにあう。

「え、ええ、ありがとう…。私はー。」

「お姉さん、好きな食べ物何?」

「す、好きな食べもの?」

「お姉さんとお兄さんは恋人なの?」

「…………。」

「こ、恋人!?」

「お姉さん、私と勝負!」

「???」

これはそろそろ助け舟を出さなきゃなと声をかけようとすると、

「オイ、コラ、困らせてんじゃねえ。カイ、お前は離れろ。引っ付くな。二人はお客さんだ。話があるから遊んで待ってろ。」

そうして、場が何とか収まり始める。


「ふぅ、悪いな。悪気は無いんだが……。」

「いや、全く。無邪気で良い子たちだね。」

「そんなもんか…?レイさんはくたびれてそうだな…。悪い。」

「いえ、大したことありません。ドラゴンよりはマシです。」

その例が出てくる時点で相当だなということがわかるよ……。

この端正な容姿だ。

話しかけてくる人々、特に男性の貴族、は多いが、冷たくあしらってしまうことが多い。

ただ子ども達に関してはいつもこんな感じだ。

要は人見知りなだけである。

天然だし。

あと、戦闘狂、たまにおっちょこちょい。

帝国では巷で冷血姫や冷酷姫と呼ばれる意味が分からない。

最初は、僕にも怖い印象があったけれど、話すうちに可愛らしい女の子以外の何者でもないことは分かるはずなんだけどなぁ。


「こっちに俺等が使ってる生活スペースがあるんだ。そっちに行くぞ。」

「あぁ、分かった。」

「ええ。」

教壇の方へ進み、向かって右の隅に黒い扉があった。

開けて入ると、少し広めの一般的な家庭風景が見える。

キッチンがあって、リビングがあって、2階に続く階段があった。


「よし、まぁあんたらが何者なのかもなんとなくは分かる。高貴なご身分ってこともな。いつもだったら噛みついてるとこだが、助けられた側だし、何も言わねぇ。ただこれからどうするつもりだ?」

「いや、まだ色々と気になることがあるんだ。」

「ん?割とここのことは話したと思うが…。」

「菜園って言ってたよね?それを見せてもらってもいいかな?」

「それがなんか意味あるのか?」

「…いや、まぁ何でも見ておこうかと。」

「やっぱ、変わってんな、アンタ。」








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