薬を求めて
ライはカイを抱えたまま、突如として現れた謎の人物を警戒した。背中に生えた真っ白い翼に、真っ白い髪。服装も白で統一している人間離れした容姿。見た目はライたちよりも少し年下の十歳ほどの見た目だ。おとなしそうな顔をしており、一見無害な印象を見た相手に与える。
ライは彼の種族を知っていた。彼は空の守り人だ。しかし空の守り人はその名の通り、空中に住んでいるはずだ。
滅多に地上に降りてくることはない。実際にこの目で見るのは生まれて初めてだ。しかし何故、ライは空の守り人という種族を知っているのだろうか?彼らのような種族は見たこともなければ、聞いたこともない。
「驚かせてごめんね。ただ、困っているみたいだったから、助けが必要じゃないかなって思って……」
「そ、そうだ。ここら辺になっている紫色の果実を食べたら突然、こんなふうになって……」
「……その子が食べてのは猛毒を含む"ガライト"だね。普通なら一個で即死なのだけど、幾つ食べたのかな?」
こちらに近寄ってきた少年は苦しみ続けるカイの額に手をやると、症状を確認している。この森にはある程度、詳しいようだ。ライがカイが食べていた個数を思い出している間に、ルカが彼の質問に答える。
「三つです。なんとかできそうですか?」
「生命力が強い子だからね、きっと大丈夫。僕の家に薬があるから、ついてくるといい」
少年はカイの額から手を離すと、森の奥に向かって歩き出した。そちらに自身の家があるのだろう。少年はこちらを振り向こうともせず、ズンズンと森の中に進んでいってしまう。
「あの者、信用できるのでしょうか?」
「どちらにせよ、今はついていくしかない。カイ、もう少し我慢するんだぞ」
「うう……」
カイはうめき続けていて、こちらの声が果たして届いているのかどうかは疑問だ。信用以前に、一刻も早く毒を取り除かなくてはならないだろう。ルカは少年のことを信用してはいないようだが、この際選択の余地はない。ライとルカは少年の跡に続いた。
* * *
「ここだよ、その子はそっちのベットに寝かせてあげて」
森を数分歩き続けてついたところは一軒の木製の家だった。外見も内装もかなり小さく、子供のライであっても少し窮屈さを感じるぐらいだ。ライは言われた通りに家に一つだけあった子供用のベットにカイをそっと寝かせた。
家の装飾は至ってシンプルなものだ。ほとんどのものが生活必需品である。一番、目を引くのは少年が現在見ている戸棚だ。多種多様な薬品が仕舞われており、薬屋だといわれてもはっきりいって疑わないぐらいだ。こんなに幼い薬師がいるとは思えないが……。
「あった、これだ」
少年は背伸びをすると、戸棚の一番上にあった青くてどろどろとした液体が入った試験管を取り出した。一見、ヤバそうな色であるが薬の知識がないライには見た目で効力を把握することはできない。
「うう……!」
「今、毒を取り除くからね」
少年は苦しむカイに優しく話しかけると、薬を口に流し込ませた。弱ってはいるが、自身で薬を飲み込む力が残っていたカイはゆっくりその薬を飲み込んだ。気のせいではあるかもしれないが、カイの呼吸が少しばかり落ち着いてきたように思える。
「これで、カイは大丈夫なのか?」
「うん、これで落ち着いたはずだよ。明日になれば元気になるはずさ」
「そうか、よかった……」
ライは安心すると同時に、その場に座り込んでしまった。口にも顔にも出さなかったが、今までずっと気が張り詰めていた。もしカイが死んでしまったらどうしようと、そんなことばかり考えてしまっていた。
「本当にありがとう。えっと……」
「フーラだよ」
「ありがとう、フーラ。俺の名前はライ。そっちがルカで、もう知ってると思うけど寝てる子がカイだ」
「よろしくライ。気にすることはないよ。困っている人を助けるのは僕らからして当然のことさ」
「さっきから気になっていたんですけど、どうして空の守り人が地上に?」
「あ、それ俺も気になってた」
今まで口を挟まず、カイの様子を見守っていたルカは彼が空の守り人であることへの疑問を口にした。ライ自身、頭の片隅でずっと気になっていたことだ。本来、空の守り人というものは死ぬまで空にいるものだ。地上にいるのはかなり不思議な現象でもある。
「僕の種族を知っているとは、さすが破滅の三子といったところかな?」
「「!!」」
フーラはくすくす笑うと、ライたちの正体を口にした。ライは無意識に体に雷を纏った。敵であるのならば、弟の命の恩人であっても戦わなければならないだろう。
ルカもライと同意見なのか、空気中に生み出した木刀を構えた。戦闘態勢に入った二人を見てもフーラの余裕そうな笑みは消えない。
「どうして俺たちが破滅の三子だってわかった?」
「わかるよ。だってライ、君はそんなに空の寵愛をその身に纏ってるんだから! 君がそうなら一緒にいる二人を寵愛を受けしものとしてみなすのは当然だろ?」
「寵愛?」
ライはフーラが何を言っているのかわからず、困惑した。この力は寵愛なんてそんなありがたいものじゃない。幼い頃から今までずっとそう思って生きてきたのだ。ライの反応を見てフーラはガッカリしてように肩をすくめた。
「なんだ、意識してなかったのか。実はね、あの予言は人間界だけの予言じゃない。僕ら天空の国でも君たちの予言はなされたんだよ」
「俺たちが世界を破滅に導くって?」
「それは誤解だよ! 君たちは世界を破滅に導く存在じゃない。あの予言は長い予言の一部なのさ。ま、人間なら僕らのような細かい予言をすることは不可能だろうからね」
「俺たちが世界を破滅に導くんじゃないのか……」
「兄さま?!」
ライの動揺により、纏っていた雷は消え失せた。それを見て、ルカは驚いたように目を開いた。ライはルカの呼びかけをスルーすると、フーラの言葉に耳を傾けた。
なんだかとても大事なことを話されようとしている気がするのだ。ライが戦闘態勢にをとくと、フーラは満足そうに頷いた。
「そう、それでいいんだよ! 君たちは自分が何故、生まれたのか知りたいんだろ? それは……」
フーラが真実を話し出そうとした直後だった。フーラの心臓部分から刃物が飛び出しのだ。いや、飛び出したんじゃない。背後から何者かに刺されたのだ。ライは恐る恐るフーラの背後にいきなり現れた人物に目を通した。
「困るんだよね。君がそれを話したら、僕らの計画が台無しになっちゃうじゃん?」
そこには船で見た金髪の騎士団員が立っていた。