内輪揉め
「な、なんでここにいるの?」
カイは持っていたナイフを背に隠すと、罰が悪い思いを味わいながら姉の視線に耐えた。最初から後ろをつけられていたのだ。それは信用されていないことの裏返しであり、なんだか悔しい。
「そんなことより今、何をしようとしてましたか?」
「ぼ、僕はその……」
「……」
カイは上手い言い訳はないかと、頭の中の言葉を必死に探した。しかし姉の視線は厳しい。カイが少しでも嘘をつこうものなら、ただではすまなそうだ。少なくとも姉からの信用を失うだろう。それはカイにとって耐えられないことだ。
「姉ちゃんの予想通り、僕はこいつを殺そうとした」
「どうして?」
姉の会話の誘導は上手だ。なぜなら少しも言い訳などさせないという厳しさが話し方にも表情にも現れている。よく覚えてはいないが、幼い頃はこんな雰囲気じゃなかった。もっと優しくて包み囲んでくれるような母親似の姉だった。
「だ、だってこいつがいなければ、兄ちゃんがイルタグルに来ることなんてなかったんだ!」
カイは再びナイフを逆手に持とうとしたが、地面から飛び出してきた岩によってナイフは部屋の隅へと弾かれた。
「なんで止めるんだよ?」
「……。兄さまが手を下さないと判断したのなら、私はその命令にに従うまで」
「やっぱり姉ちゃん、変だ! 昔はそんなんじゃなかった! 兄ちゃんは命令なんかしない! 兄ちゃんがするのはお願いだ!」
カイは"命令"という言葉に敏感に反応した。それは兄妹に使う言葉ではない。兄は自分たちにお願いをすることはあっても、命令のような強制力の強いことは言わない。だからこそカイは余計に苛立った。
なぜ、姉はこうも兄の言うことをほいほい聞くのか分からない。幼少期は兄が間違ったことをすれば姉はよく口答えしていた。しかし、最近はそれが見られない。兄には逆らわない、従うといった行為を繰り返している。
「これじゃあ、まるでロボットだ……」
「……!」
カイがつぶやいた言葉にルカは少し驚いた表情をした気がする。ポーカフェイスのルカにしては珍しい反応だ。いや、昔は表情が非常に豊かな子だった。こんな表情、珍しくもなんともない。
「とにかく、あっち行ってよ! 僕は僕なりに兄姉のことをしっかりと考えて、行動してるんだから」
「私たちのことを考えている? カイ、それは単なる八つ当たりです」
「……」
「兄さまは優しい人です。怪我をしている人を放っとくことはしません。それは弱みでもあり、優しさでもあると私は考えています。その人を殺してしまうということは、兄さまの優しさを台無しにしてしまうということですよ。それに兄さまだって大怪我をしてました。たとえ、アイシェリカが怪我をしていなくても私がイルタグルに寄ることを提案したでしょう。その場合も私に八つ当たりするんですか?」
うるさい、うるさい。カイは珍しくよく喋るルカの声を聞かないように耳を塞いだ。しかしルカの声は透き通っていて綺麗だ。耳を塞いでいるというのに、よく聞こえる。
まるで耳元で話しかけられているみたいだ。その話し方も声も好きだが、今はそんな気持ちにはなれない。
「カイ……」
「うるさい!」
「くっ!」
カイはあまりの苛立だちを抑えることができずに、ルカに向けて水の攻撃を発射した。水をかけてしまってからカイはしまったと思った。なによりも守りたいはずの姉に刃を向けてしまったこと、それが信じられなかった。
「……」
ルカの体はびしょ濡れだ。当然、水をかけられたのだから当たり前である。こんなに気温が低い夜に水をかけてしまってさぞ寒いだろう。カイは素直に頭を下げた。
「ご、ごめん! 姉ちゃん、そんなつもりじゃなかった……」
カイは体を押さえて押し黙っている姉に謝罪をしながら駆け寄った。しかしカイは水をかけられたルカの姿に言葉を失った。
「な、なに? その光のライン……」
体のいたるところに水に反応したのか、エメラルドグリーン色のラインが走っている。それはまるで機械のようでカイの頭があまりのショックに思考停止する。
(そうだ、あの日姉ちゃんは……)
* * *
「カイ、絶対に手を離しちゃダメだからね」
幼い姉はカイの手を引っ張りながら火の中を走っている。熱い。火の粉がパチパチと皮膚に当たる。痛くて怖くて涙が出る。姉だって痛いはずだ。怖いはずだ。なのにカイの手を気丈に引っ張ってくれる。
「姉ちゃん、どこまで行くの? もう、疲れたよ」
「海まで! 大丈夫だよ。カイ、お母さんとお兄ちゃんだってきっと港で待っていてくれるんだから」
カイは延々と火の中を走り続けもう足に力が入らなくなっていた。弱音を吐いてはいけないのは分かっていたが、もう限界だ。せめてここが海に近ければ海の水を使って火を消すことだってできた。
離れている場所で海の水を操るのはとても難しい。まず自分が走りながら海を道案内してこちらに連れてこなくてはいけない。つまり周辺の地形を完全に把握していないとできないのだ。おまけに多大な集中力が必要だ。こんな状況では集中などできない。
そこでカイはふと疑問に思った。なぜ、姉は能力を使って目にも止まらぬ速さでは知らないのだろうと。
「ね、姉ちゃん! 足、怪我してる! 血がこんなに!」
「だから、大丈夫だって! ほら、走って走って!」
カイは姉を引き止めようとしたが、姉は止まらずカイを引っ張って走り続ける。もうやめてほしい。カイは姉の足を引っ張っている。足だって先程、倒れてくる瓦礫からカイを庇った時に負ったに違いない。暗くて気づかなかった。いや、カイが周りを見ていないのだ。
「逃さぬぞ! 破滅の三子!」
「!!」
声が聞こえた。太い男の声だ。聞こえたのは背後から。姉は素早く反応すると、カイを背後に庇った。
「うぅ!!」
「ね、姉ちゃん!」
背後から飛んできたのは火の玉だった。生きているように飛んできたそれはカイを庇った姉の下腹部にあたり、姉の体を一瞬で赤く染める。火の玉はそれを最後に燃え尽きて消え去った。それと同時に姉も地面に倒れ込む。
「姉ちゃん! 目、覚まして!」
「っ……」
倒れた姉に駆け寄り、声をかける。しかし姉はいつものように大丈夫とは言ってくれない。幼いカイでも姉が致命傷を負っていることはわかった。
「ぼ、僕が背負うから。だから……」
カイは姉を背負おうと、姉の体に手を回した。足を引っ張ってばっかの自分も少しでも姉を支えてあげたかった。しかし姉は伸ばされたカイの手をピシャリと叩くことで、振り払った。
「ね、姉ちゃん?」
「カイ、港までの道は覚えてるでしょ? そこに一人でいくの」
「や、やだ! 姉ちゃんも一緒に……」
「わがままばかり言わないの! お願いだから逃げ……」
姉が珍しくカイに怒ろうとしたが、それはカイたちの元に歩いてきたある男によって防がれる。それは黒いローブを全身に纏った長身の男だった。
「こんばんは。今日はいい火だね?」
男は背中に背負っていた鎌を振り上げると、ニタリと笑顔を浮かべた。




