末っ子ですから
「あれ、おかしいな〜?」
発言した人物はツンツンとした黒髪に青い目を持つ少年だ。青いフード付きのジャケットの中に黒いティーシャツを着ていて、膝丈ほどある黒いズボンをみにまとっている。顔立ちは幼く、いわゆる童顔というやつだ。
ライとルカの弟である カイは吹き上げる水を見て頭を抑えた。目の前では怯えている子猫がいる。喉が渇いていていそうだったので、水を少しばかりあげようとしただけなのだか、手加減が足りなかったらしい。
「こんなんじゃまた、にいちゃんに怒られるちゃう……」
幼い頃から何も考えずに行動するばかりのカイはよく兄に迷惑かけてばかりいた。今度こそはと思ったのにまたこれだ。周囲の人間もカイがてのひらから生み出した大量の水を見て叫び出している。
「破滅の三子だーー!!」
「嘘でしょ? あの世界を滅ぼすっで言われている子よ!!」
民衆の一人がカイの正体に気付いたのか、怯えたながらみんなに聞こえる声で叫んだ。その声と同時に民衆の中からフードで全身を白く覆った人間が飛び出してくる。王国騎士団員だ。
騎士団員はフードの下に身につけていた剣を抜刀すると、こちらへかけてくる。どうやらカイのことを殺すつもりのようだ。
「やれるもんなら、やってみろって!」
カイは右手に水を纏うと、戦闘を開始した。
* * *
「くそ! あいつは何やってるんだ!? 自由奔放すぎるだろ!」
「しょうがないですよ。カイは末っ子ですから」
「それ、関係あるか!?」
カイは三兄弟のなかでは一番幼いが、うまれた時間は二十分ほどしか変わらない。同じ日にうまれているので同い年のようなものだ。だというのに、なぜこうも精神年齢に差が出るのか大いに不思議だ。
カイのところに行こうとするのだが、逃げ惑う民衆に押されてなかなか辿り着けない。完全に渋滞にはまっている。ルカはその様子にうんざりしたのか、地面を蹴ると壁の側面を走り出した。
「おい! こんな場所で能力をつかうのか!」
「もう、私たちの正体はバレたも当然ですよ。それならカイをはやく救出することを考えるべきです」
ルカは引き止めるライの言葉に耳を貸さず、壁を自由自在に走り回って目的地に向かってしまった。確かにルカの言う通りではある。カイの正体がバレた以上、ライとルカの正体がバレるのも時間の問題だ。それなら……。
「だぁー! もう、迷うより動けだ!」
いちいち心配ばかりする頭を殴りつけたライは助走をつけると、空中に浮遊した。そのまま目的地を見据え一直線に飛んでいく。空に愛された自分は空を飛ぶことも雷を操ることもできた。場合によっては天候を操ることも可能だ。
この能力は便利だが、そのせいで王国に常に狙われなくてはいけない。予言では自分たち兄弟が世界を滅ぼすと言われているらしいが、ルカとカイを見ていてもそんなことをする性格であるようには思えない。
「やるとしたら俺かもな……」
もしその予言が実現するとしたら、一番現実味があるのは自分だろう。ライは目的のためなら誰かを殺すこともいとわない。現に早朝に人を一人殺している。
「ってうわ?!」
考えごとをしながら空中を自由自在に飛んでいると、下から何か石のようなものをぶつけられる。それは脇腹あたりに直撃し、軽く出血しているのが確認できる。恐る恐る脇腹を触ってみると、砕けた黒いかけらが服にまとわりついている。
「これは、魔法石か!」
騎士団員が主要として使っている魔法石。それは過去に神から授かった宝玉を砕いたかけらだ。宝玉はいくら砕いても無くなることはなく、王国に富を与えるものとして国宝とされている。
宝玉のかけらは色によってさまざまな効果を発揮する。
「青は水。黄色は雷。赤は火。水色は氷。緑は風。黒は確か……」
ライが答えに辿り着く前に服についたかけらはチカチカと激しく点灯し始めた。
「っうわーー!!」
気づいて服を脱ごうとしたが、もう遅い。刹那、ライを中心に空中で爆発が起こる。爆弾の威力に耐えられず、ライは地面に転がり落ちた。
「いってて……」
「あれをくらってその程度で済むとは……。さすが化け物といったところか……」
地面に落とされたライの元にやってきたのは一人の女の子だった。十四歳ほどに見えるが、どこからどうみても騎士団員だ。腰まで届くほどのエメラルドグリーン色の髪に澄んだ青い瞳。
「あれを投げてきたのはお前か?」
「そうだ! もう逃げられないぞ。このアイシェリカ・クリスタルが直々に手をくだしてやる!」
「クリスタル、それってクリスタル王国の……」
聞いてないことまでつらつらと喋ってくれるアイシェリカの苗字はクリスタルというらしい。確かライたちを先導して追っている王国の名前がクリスタルだったはずだ。
「なんだよ、まさか王族自ら俺らの討伐にくるなんてな……」
「光栄であろう? きさまの次はきさまの妹と弟だ!」
「残念だけど、あいつらはそんなにやわじゃないぜ! もちろん俺もな!」
調子に乗り始めるアイシェリカに対し、吠えたライは指を強く鳴らした。その途端、周囲に濃密な霧が漂い始める。真っ白い霧はどんなに目がいい人間であってもその目を覆い尽くしてしまうだろう。
「な?! 霧なんてずるいぞ!」
アイシェリカは戦う気満々だったこともあり、大いに霧の中で悔しがっている。懸命に目を凝らしてライを探そうとしているが、霧の中に姿を隠したライの姿を捉えることは不可能だろう。
例外にライは霧の中であっても自分がどこにいるのかなんとなくわかる。これも空の祝福であるかは謎だが、どちらにせよ考えてもわからないことだ。
「もう少しだな。いて!!」
足元に注意しながら歩いていると突然、前から走ってきた誰かにぶつかる。ライはぶつかってきた相手ごと後ろに倒れ込んだ。ライは文句の一つでもいってやろうとぶつかってきた人物を睨みつけた。
「にいちゃん!」
「カイ! 無事だったのか……」
ぶつかってきた相手は弟のカイだ。兄にあえて嬉しかったのか青い目を爛々と輝かしている。ライはカイをその身に抱えたまま、地面から起き上がった。三子だというのにカイの体はライやルカよりも一回り小さい。
身長でいうと五センチほどの差だが、こうして並んでみると三子というよりは年子といった感じだ。
「兄さま! 遅いです!」
カイの後を追って走ってきたルカは盛大に遅刻してきた兄に対し、不満を漏らした。普段なら言い返すところだが、今はそんな気になれない。
「悪かたって! とりあえず逃げるぞ」
「逃げるってどこにですか? そこらじゅう騎士団だらけですよ」
「僕、逃げれる乗り物知ってる! 港に船があったよ!」
決断できない兄と姉の様子を見て、カイは自信満々に発言した。