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空白

「うええぇぇん〜〜」


キューと呼ばれた少女はごろつき二人が現れても、泣き止むことはない。完全に聞く耳を持たずだ。ライは慌てて、言い訳をしようとする。


「お、落ち着けって! 俺のせいじゃない!」


「あん?! お前が泣かせたわけじゃねえのか?」


「いや、俺が泣かせたと言えば、そうかもしれないけど……」


「じゃあ、やっぱりテメェのせいじゃねぇか! 俺たちのキューちゃんを泣かせやがって! 覚悟しろ!」


 ごろつきの一人が吠えながら、ライの方に飛びかかってくる。完全に初心者の動きだ。こんなに筋肉質だというのに、喧嘩の経験は全くないらしい。隙だらけだ。ライはごろつきのパンチを避けると、右足で彼の脇腹に蹴りを入れて遠くへと吹き飛ばした。


「こっちは怪我人も連れてるんだぞ」


ライは相手を蹴り飛ばしたところで、アイシェリカを背負い直す。ライだけだったら別に敵わないが、今はそういうわけにはいかない。


「!!」


「相棒に何してくれてんだ!」


突如として背後に回り込んだごろつきがライに拳を飛ばしてくる。避けようとしたところでライはいきなり強い目眩を覚えた。足にも上手く力が入らない。これはかなり調子が悪い証拠だ。あのまま目的地を目指さずにイルタグルに来たのはある意味、正解だっただろう。


「な?!」


「……」


避けられずにいたライに向けられた拳を隣にいたルカが庇う形で腕で衝撃を受け止める。鍛え上げられた肉体のパンチもルカには無力だった。


 軽く受け止められた男は驚きに目を見開く。そのままルカはやり返そうとしたが、キューの叫び声によってそれは制止される。それはライが意識を失う少し前の出来事だった。


「ま、待ってください! ライくんの様子がおかしいです!」


「何言ってんだ? 俺はふつ……」


普通に大丈夫だと言おうとしたところで、ライはグラっと自分の視界が反転したことに気づいた。なぜみんなの体の向きが変わったのかをライは疑問に思った。いや、周りの人間がおかしくなったんじゃない。


 ライが地面に倒れたのだ。心なしかルカが慌てたような顔をしている気がする。自分が倒れてもノーリアクションそうだなと今まで思っていたので予想外の反応が見れて少し嬉しい。


 カイとナットも駆け寄ってくる。何か声をかけているような気がする。けれど段々とそれも聞こえなくなっていく。誰かが手を握ってくれたような感触を覚えるが、視力も既になくなっており誰なのかは分からない。やがて思考も止まり出していく。


(これは、本当にやばいぞ)


ライは薄れなく意識の中、自分の体調にもっと気を遣っておけばよかったと後悔した。そうしていればこんなふうに倒れることもなかったのかもしれない……。ライの意識はそこで途切れた。


* * *


「この薬はこっちで。あの薬はそっちで」


パチパチと火の音が聞こえる。焚き火の音のようだ。この音は嫌いではない。ライは近くから聞こえる少女の声に目を瞑りながら、耳を凝らした。


声だけで誰なのかが分かる。先程まで話していた少女、キューだ。変わった名前だ。とてもではないが、本名であるとは思えない。


 ライは体の強烈なだるさに耐えながら、ゆっくりと自身が寝かされているベットから起き上がった。体を見てみると、アイシェリカが巻いてくれた包帯は既に外されており、体の痛みもないに等しい。ただ、強烈にだるい。それだけだ。おでこには生暖かいタオルが添えられている。

 

 小部屋の隅の机で薬の仕分けをしているキューはライが起きたことには気づいていない。相当集中して仕事に取り組んでいるようで、なんだか水を差すのも悪い気がしてくる。


「!!! よ、よかった! やっと起きたんですね!」


と、言っても話しかけなくても起きていることには気づかれるもので黙っていてもキューはライが起きていることにしばらく経って気づいたようだった。髪は最後に見た時よりももつれており、目の下にはクマができている。相当、寝ていないようだ。


「ああ、これ君がやってくれたんだよな? ありがとう」


「……いえいえ、患者さまを治療するのかわたしの役目ですから!」


ライのお礼に清々しい態度でキューは返答してくる。あいからわずイルタグルの住民は損な性格をしていると思う。どんだけ献身的に治療したって、医療費をもらえないのだから……。ライも払えるものなら払ってあげたいが、今は持ち合わせが何もない。


「俺が背負ってたエメラルドの髪の子は?」


「……隣の部屋で寝てますよ。まだ目は覚めていませんけど、命に別状はありません」


「それはよかった。俺はどれくらい寝てた?」


「えっと……。大体、一週間ぐらいですね」


「一週間!!」


ライは悲鳴をあげると、急いでベットから飛び降りる。かなり体の疲れが取れていたので、結構寝てしまったことは予想できたが、まさかの一週間。


 間違いなく生まれて初めてこんなに長く寝ていたことだろう。いきなりベットから飛び降りたライにキューは驚きの表情を浮かべ、ベットに戻そうとしてくる。


「いきなり立ち上がるのは危険です!」


「そんなことを言ってある場合じゃない! ルカとカイはどこだ? 俺がいない間にもしものことがあったら……」


取り乱すライに対して落ち着かせようとするキューだが、ライにとって一番大事なのは自分のことではなく、妹と弟のことだ。自分を大事にしろとキューは言っていたが、まさきくライは自分をこれっぽちも大事に思っていない。


「お、落ち着いてください!」


「離せって!」


「さっきからギャーギャーうるさいですよ」


「!!」


揉み合いになりかけたライとキューを止めたのは部屋に音もなく、入ってきたルカだった。手にはお湯が入った桶を持っていて、中には温められたタオルが入っている。


 それはライが目覚めた時におでこに押し付けられていたものと同じだ。ルカもライが寝ている間に看病を手伝っていたのだろう。なんだか最後に見た時よりも大人っぽい気がする。いや、多分気のせいだ。一週間でそんなに変わるわけがない。


「ごめん、ルカ。俺、お前を一人にしないって約束したのに……」


「いつまでも子供扱いしないでください。キュー、ちょっと外してもらえますか? 兄妹水入らずで話をしたいんで……」


「ええ! 構いませんとも! どうぞ、ごゆっくりしててくださいね!」


キューはペコリとお辞儀をすると、部屋からスタスタと出て行ってしまう。なんだか追い出したようで申し訳ない。しかし聞かれたくない二人だけの会話というのもある。単純に席を外してもらうのは助かった。


「座って」


「あ、うん」


ルカは立ち上がっていたライを無理矢理力ずくで、ベットに座らした。ルカも隣に座り、桶をベットの上に置いた。


「怪我は大丈夫ですか?」


「どうだろ? 俺は医者じゃないからな。多分、平気だろ? 少し痛いけど……」


少しは嘘だ。だいぶ痛い。ライは妹を安心させるために嘘をついた。賢い妹にはバレているのかもしれないが……。


「嘘……」


「やっぱ分かるか? 俺、嘘下手なんだよな」


「これからは痛かったら言ってください。倒れられると、逆に迷惑なんで」


「そうするよ。そういうルカも怪我を我慢しちゃダメだぞ」


「私は我慢なんかしたことありません」


「やっぱ、俺たち兄妹だよな」


「……」


「それよりカイはどうしたんだ? 俺が目覚めたっていうのに、見舞いにも来ないなんて少し薄情じゃないか?」


「……カイの話はしないで」


「え?」


普段通りに会話を振っただけなのにルカはライの言葉を遮った。その様子があまりにもいつもと違くて、ライは聞かずとも自分が寝ている間にカイに何かがあったことを悟った。


「なんだ? もしかして俺が寝てる間に、カイに何かあったのか!」

 

「……」


「いい。言えばいい! 俺は何を聞いても現実を受け止める!」


ライの顔色を伺ってなかなか本題に切り出せずにいるルカをライは説得する。どんなに辛い現実だと受け入れてみせる、そんな気持ちでルカの言葉を待った。


「カイは……私たちの元を去っていきました。もう私たちのところには帰ってこないと思います」


「なんだ……それ……」



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