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桜は散った

「草花が枯れて、これで何年目だ? そろそろ俺たちもここを出て行った方がいいんじゃ……」


イルタグルでも有名な名医は自身の白くなった口髭を撫でながら、軽く呟いた。草花が突然の風で枯れ始め、使いものにならなくなって数年。既に多くの医師がイルタグルを見捨てて行った。


 イルタグルは世間から国などと言われてはいるものの、実際には国として成立しているわけではない。イルタグルは元々、無人島であった。そこにある一人の男が住み着き、薬の研究を始めたのだ。


 そこからどんどん人が移住してきて、現在の人口は六百万人。これは世界的に見ても人口の割合は高い方だった。しかし国家的犯罪者も受け入れてしまうイルタグルは他の国の恨みを多くかっている。


 それでもイルタグルを擁護する人たちも存在し、イルタグルは数百年に渡って存在してきた。しかし、今イルタグルはかつてないほどの危機に立たされていた。それは草花を枯らさせる毒の風だった。


「俺たち、医者にとっちゃ薬が作れないのは壊滅的なのよ」


男も数十年に渡ってイルタグルで薬の研究をしていた。それができないとなると、男にとってこの島にいる意味は消えてしまう。薬の在庫は底をつきそうであり、それは未だ多く存在している患者には死を意味する。


「そんなこと言うもんじゃねえ。まだキューのやつが頑張ってんだ……」


男の弱音を黙って聞いていた親友は首を振り、風の原因を探るため寝る時間を削ってまで島中を走り回っている少女を引き合いに出した。


 幼いながら医療や薬の知識は大人が顔負けするほどであり、才能の塊であるその少女はイルタグルの住民を救おうと奮起している少女だ。弱音を吐いた男は自身の頬を力強く殴りつけた。


「そうだな! あんなチビっこいガキが走り回ってんのに、俺らが弱音を吐いているわけにはいかねえ!」


「そうだとしたら俺らもキューの手伝いをしに行かなくちゃな!」


男は二人は目が覚めたのか、勢いよく立ち上がると走り去っていく。


* * *


「……」


「あ、えっと……」


突然、海からびしょ濡れで現れたライたちをおっかなびっくりに見つめている少女がいる。


 大量の本を小さな手に抱えており、ライと同い年ぐらいに見える。落ち着いた顔立ちにショートの茶色の髪と金色の目をしている。分厚いコートを身につけており、肌も色白くて調子が悪そうな子だ。


「や、ごめんな。驚かせちゃって。俺の名前はライ。ラスタカランに用があってきたんだけど、場所を知ってるか?」


「……! す、すみません。驚いてしまいまして。ラスタカラン様は一つの場所にはとどまらないお方ですので、僕には居場所が分かりません。申し訳ございません!」


「ああ、それならいいんだ。他の医者をあたるから。それにしても少し来ない間に随分と寒くなったもんだな」


ライは辺りを見渡し、凍った港に目を通した。海までもが凍り付いており、ライはそれを突き破って海の中から出てきたのだ。驚くなと言われる方が無理な状況に居合わせた少女をライは素直に同情した。


「数年前に毒を含む風が吹き渡りまして、こんな状況なのです」


「医療状態は整っているのですか?」


「は、はい! まだ薬の蓄えがなんとか残っていますから」


同じく海の中から先ほど、出てきたルカを少女は不思議そうに見つめる。彼女からすればなぜ、海の中からと疑問に思っているのだろうがクイーンのことを説明しても騒がれるだがだろう。


「患者さんはあちらですか?」


「いや、あいつではない」


少女は港で倒れているナットを発見したのか、心配そうな顔をする。ナットは泳ぐことも上手くできなかったらしく、危うく溺れかけカイに救出されたのだ。


 口に水を含みすぎたのか、さっきからびくともしない。そんな状況のナットを心配しているのはカイだけだった。不死だというぐらいだから、大丈夫だとは思うが一応、あとで見てもらった方がいいのかもしれない。


「この子なんだけど。酷い怪我をしてからというものの、目が覚めないんだ」


ライは自身の背中でずっと眠ったままのアイシェリカを顎でしゃくった。少女はアイシェリカの元に駆け寄ると、自身の手でアイシェリカの肩に触れる。


「本当ですね。どうやら頭を強く打ったことが原因みたいです。一種のショック状態のようですけど……。一応、ハルバラの薬を処方した方がいいのかもしれません」

 

 少女は金色の目を鋭くさせると、先ほどまでのほんわかとした態度が嘘であったように、症状を分析し始める。その代わりようは医者そのものだった。イルタグルでは子供までもが医療知識には優れているらしい。


「触っただけで、そんなに詳しいことがわかるのか?!」


「僕の神から授かった能力は分析です。体の隅々の悪いところが僕には色となって見えるのです」


「便利な能力だな」


 その能力の方がライの能力よりも役に立ちそうだ。ふと考えたことだが、ライの空を操る能力は神の加護なのだろうか?もしそうではないとしたら、ライが神に忠誠を誓えばもう一つ別の能力がもらえるのかもしれない。


(いや、俺の前世は神だっていうし、それはないか。でも何人もいるんだよな。神……)


「なっ!!」


「なんだ、どうかしたのか?」


少女の手と考え事をしていたライの手が一瞬、偶然触れてしまう。少女はそれに驚きの表情を見せ、いきなりライの服をまくってくる。突然のことだったためライも驚いて後ずさった。


「な、何すんだよ!」


「……会ったばかりの女の子と何をしているんですか?」


「いや、俺も意図してないし!」


その情景を目の当たりにしたルカはあからさまに軽蔑するような視線をこちらに向けてくる。まるでライが悪いみたいな言い方だ。


「これは、肋骨が数本の骨折、おまけに数百箇所の真新しい肉をえぐられたような傷! なぜ、こんな重症で外を歩いているのですか!!」


「え、そんなに大した傷じゃないだろ? だって意識あるし!」


「あなたの重症の定義はどうなっているのですか! もっと自身の体を大切にしてあげてください!」


「な、泣くなよ……」


自分の負傷をなんら気に留めていないライに対し、少女は泣き始める。しかも少しとかではない。大粒の涙を目にいっぱい溜め込んで、それがボロボロと溢れている。これではまるで小さな子供の泣き方だ。


「うわああぁぁん!!」


「な、泣くなって!」


「……」


「ゴミを見るみたいな目をやめろ! 別に俺が泣かせたわけじゃないし!!」


声を上げて泣き方がヒートアップし出す少女はその場に泣き崩れてしまう。ルカまでもが軽蔑するような呆れるような表情を向けてくるし、一部始終を聞いていなかったカイは少女が泣いている姿に気づいたのか、完全にライに早く謝りなよという視線を向けてくる。これではまるでライが全部悪いみたいだ。


 周りの港の大人たちもそんなに女の子を泣かせて、というような目線をちらちらと送ってくる。完全にライが悪者だ。ライは完全に折れた。


「悪かったって。謝るから……」


「俺らのキューちゃんを泣かせてんのは誰だ!!」


「ぶちのめすぞ!! おら!!」


「!」


少女の泣き声を聞きつけて港に駆けつけてきたのは二人のムキムキのゴロツキだった。

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