医療の国イルタグル
「よっ、ガキンチョ。どうした?」
「……」
事情があるものしか乗らない船の中、一人で木箱の隅にうずくまっていた幼い子供は突然話しかけてきた船員をじっと見つめる。子供は前髪は両目が隠れるほどにまで伸びているため、顔を判別することはできない。
「そんな暗い顔して、どうせお前もあれだろ? なんか事情があるんだろうが、この船に乗れたお前はラッキーだな」
「……」
「この船に乗ってる奴なんて、国で犯罪を犯した者がほとんどよ。しかし誰もそれを咎めしない。お前も帰る場所がないのなら、せいぜい船の旅を楽しむこったな」
「……」
船員は反応がない自分に飽きたのか、話し疲れたのか、自分の持ち場に戻っていてしまう。三十代半端ぐらいの構えのいい男だった。体格も良く、力も強いため喧嘩っ早い船の仲間を上手くまとめ上げている。若いのに大した男だ。
「……」
子供は隅っこから立ち上がると、木箱の上に乗っかって取り付けられている窓から外を見た。海は一面に氷河が形成されており、もし船がどれか一つにでもぶつかったら一貫の終わりだ。
船員もそれを理解した上でこんなに危ない道を通っているのだろう。この経路はあまりに危険すぎるため、国から通行が禁じられている。ゆえに、ここを通るのは余程頭がぶっ飛んでいるものか、自分のように国に追われて危ない道で旅をするしかないものだ。
「…………」
目を凝らした霧の中。一つの島が見えた。大きな島だ。自分が住んでいた島よりも余程大きな島。自然が豊かなその島はさまざま薬草が生えており、医療が他の島よりも群を抜いて発達しているらしい。と、船員は語っていた。
* * *
「い、いたたた!!」
ライは強烈な消毒液を手に押し付けられ、痛みに悶えた。少し治療が手荒だ。このまでは治すとというよりも傷が悪化する可能性がある。ライは立ち上がると、あからさまに消毒液を避けた。
「もっと優しく薬を塗ってくれよ! こっちは怪我人なんだからさ」
「……」
ライは強く薬を塗り込ませるルカに文句を浴びせた。治療をしてくれるのはありがたいことなのだが、何よりルカの治療は手荒なのだ。
「兄さまが無茶をするのが悪いんじゃないですか? ほら、早く座ってください」
「じ、自分でやる!」
ライはルカから薬を受け取ると、痛みを堪えながら傷口に塗りたくった。亜人には噛まれたり引っ掻かれたりした傷は数百箇所も存在する。お陰で持っていた傷薬が底をつきそうだ。
「カイ、お前顔に擦り傷負ってるじゃないか。毒はくらわなかったのか?」
ライが薬を塗っているのを座って眺めていたカイは不思議そうに首を傾げ、自分の顔に触った。
「あ、ほんとだ! うーん、僕は大丈夫かな。みんながみんな毒を持っているわけじゃないじゃない?」
「そうだといいな……」
カイは亜人の擦り傷をくらっても平気だったらしい。もしかしたら傷の程度で毒にも差が出てくるのかもしれないし、そもそも亜人全員が体内に毒を持っている訳ではないのかもしれない。どっちにしろ謎だ。
もうあの島には二度と立ち寄りたくないと、ライは考えたところであることに気づいた。逃げることに必死だったため、完全に頭から抜け落ちていたみたいだ。
「あ、食料!」
「「??」」
「ルカもカイも忘れてんのか! 元々、食料を取るためにあの島に上陸したんだぞ!」
すっかり目的を忘れている二人にライは元の目的を思い出させる。忘れていた自分が言えることでないが……。
「そういえばそうだった」
「あそこの果物は実に美味でした」
「食べてたのかよ!」
てっきりカイに続いてルカも食べてもいないし、食料を取ってきてもいない状況だと思ったらルカはちゃっかりと果物を口にしていたらしい。あの状況でその度胸は感心するものがある。
「え〜〜、姉ちゃん、食べたの? 僕も食べたかった!」
「落ちてた種を持ってきましたから、あとで二人で植えましょう」
「うん!」
「どこに植えるんだよ……」
ルカはポケットから虹色の種を取り出した。どう見ても色がやばい。絶対に毒を持っているとしか思えない種だ。しかしルカに毒は効かないため、ルカが食べていたから大丈夫という考え方はできない。
しかもどこに植えるというのだろう。ライたちは基本、一つの場所に留まることをしないためどこかの地面に植えたところで、食べれることはないだろう。
「いや、本当に俺たち一昨日から何も食べてないぞ!」
ライは最後に食べたフーラの食事を思い返し、空腹をより強く実感する。チラチラと外に見える魚を手で掴みたいところだが、今はそんな元気もないし、ここでは調理もできない。
カイならそのまま食べれるだろうが、ライは生魚は勘弁だ。それにまた毒に当たったら最悪である。泳いでいる魚は色がカラフルなためその可能性は大いに存在する。
「それにこいつも全く、目覚めないしな」
渦潮にやられてからというもの、アイシェリカは眠ったままだ。一応、持っていた傷薬を塗っといてあげたが、痛みに反応して起きることもなかった。
かなりひどい怪我なので、もしかしたら生命機関に異常をきたしているのかもしれない。自分を助けたせいで負わせた傷となると、なおさら罪悪感が痛む。
「……。ここからなら医療の国イルタグルが近いですよ」
「まだ、何も言ってないけどな」
「大体わかります。私はかまいませんよ」
ルカはライの胸の内を察したのか、地図を見て現在地と比較して目指せる場所を教えてくれる。イルタグルにはライも幼い頃、立ち寄ったことがある。
医療が極めて発達している国で、ライが昔に世話になった場所だ。国家的犯罪者なども差別することなく、完璧な治療を施すため一定の国民からあまり気に入られてはいない場所だ。
「ナットもどこか悪いのかな」
「あの人は寝ているだけです……」
全仲間の意見を聞こうとしたライはずっと倒れたままピクリとも動かないナットを心配する。うつ伏せに寝ているためきちんと呼吸ができているかが心配だ。
(医療の国。イスタンブルか。あんまし、寄りたくなかったけど、ルカのこともあるし、傷薬ももう無くなりそうだし寄ったほうがいいかもな)
確か、昔ルカの治療をしてくれた医師はラステカランという名前だった。国では有名な名医だったため、名前を出せばすぐに案内してくれるだろう。貧乏な市民からは金を取らず、犯罪者も治療してくれるお人好しの医師だ。
「よし、イスタンブルを目指すぞ。カイもそれでいいか?」
「え、僕はいいに決まってるじゃん!」
自分の意見を聞かれたカイは驚くように目を見開く。何について驚いたのか、ライには不明だ。少し様子が気になったから尋ねただけなのだが……。
「なんか表情が硬かったからさ。言っとくけど俺の傷を見てもらうっていう名目もあるんだからな」
「だから、僕は反対してないってば! 僕、プリンセスの様子を見てくるね!」
カイは立ち上がると、コロコロと転がりながら遊んでいたプリンセスの元にかけて行ってしまう。
その間もライはカイをじっと疑わしく眺めていた。




