声が聞こえた
「ここ、どこだ……」
ライは真っ白い空間で目覚めた。何にもない。そこにあるのはただの白い世界。ライはここに何度もきたことがある。妙に懐かしくて温かい場所。誰もいないはずなのに何故か落ち着くこの場所は居心地がいい。
「俺、死んだのか?」
ライは自分の体の傷が綺麗に修復されていることに気づく。噛まれた下腹部も歩くたびに痛んだ肋骨も全く痛くない。それどころか傷すらないというのは変だ。やはりここはあの世なのではないか。
あの世ではないとしても、あの世に限りなく近い場所。そう考えるとなると、地上にいるライの命は危ういということになる。そこまで考えられるのにも関わらず、ライの心は焦ったりしない。
『お兄ちゃん……』
「……」
ここにくるといつも聞こえる声。それが誰の声なのかも知ってるし、どうゆう意図で声をかけているのかも知っている。"戻れ"とそう言っているのだろう。ライは気力を無くしたまま立ち上がった。
ライは今までうつむいて体育座りをしているだけだった。別にこのままでもライは敵わない。ここにずっといられるならそうしたい。けれどそれを声の主は望んでくれない。悲しませるような真似はもう二度とさせたくはなかった。
ライは目を瞑ると、地上にある自分の体に意識を集中させる。この行為は自分の体に戻るために必要なものだ。
「なんだこれ? 子守唄?」
ライが目を覚ますか覚まさないかという間の時間。綺麗な子守唄が聞こえた。まるで幼い子供に歌いかける時のような優しそうな声の出し方。ライはそれに誘われるかのように目を覚ました。
* * *
「うっ……」
「なんだ、やっとお目覚めか」
眠りの覚醒と同時に痛みもまた覚醒する。全身を焼かれるほどの痛みではないが、それでも体を少し起き上がられせるだけで激痛が走る。痛みのする箇所は足やら手やらでいっぱいだ。
どうやらライが意識を失う前よりも沢山の傷が存在している。のんびりと傷の確認をするライを呆れたような顔をして覗き込んでいるのはアイシェリカだ。
ライはアイシェリカが自分の傷を上回るほどの負傷をしていることに驚く。体のあちこちを亜人に噛まれたり、引っ掻かれたりしており血まみれだ。どうみてもライより酷い怪我。いくら味方ではないとはいえその姿をみてライは胸が痛んだ。
「俺を助けてくれたのか?」
「……。勘違いするな。きさまを殺すのはあくまでもこの私の役目だ。他のやつにその役目を譲り渡す気はない」
アイシェリカは強がりながらも、バレバレな嘘をついている。たしかにそれもあるのだろうが、アイシェリカにとってライとは自身の身を削ってまで助けるほどの存在ではない。
「ありがとな。ここで死ぬわけにはいかなかった」
「……! 言ったであろう? 私が助けたのは自分のためだ!」
素直に礼をいうライに対し、アイシェリカは少し顔を赤らめている。嬉しいというより誰かにお礼を言われることに慣れていないだけだろう。
「とりあえず現状把握だな。敵は?」
「亜人は嗅覚を刺激されると弱いからな。匂い玉をぶつけておいた。しばらくは安全だと思いたい」
「どうせすぐに見つかる。進むしかないな」
ライは頭痛が酷い頭を抑えながら、立ち上がった。身体中が痛みを訴えていて、全身筋肉痛だが、行くしかない。今気づいたことだが、頭には強く包帯が巻かれていた。アイシェリカが巻いてくれたのだろう。
そういえば頭になんだか温もりがある。これはまるで幼少期に母親に膝枕をしてあやしてもらった時の感触だ。アイシェリカを見て、まさかとは思ったがライはその可能性を切り捨てた。彼女に限ってそんなことはあり得ない。
「それとあいつも道中で見かけたから引きずって連れてきたぞ」
「ナット?! おい、しっかりしろ!」
ライはアイシェリカが指差した方向を見てすぐさまナットに駆け寄る。ナットは寝ているのか、気絶しているのか意識がない状態だ。しかしそんなことは敵わない。今は少しでも時間が惜しい。ライは思いっきりナットの体を蹴り付けた。
「痛い!! いきなり何するんだ?!」
予想通り、ナットの意識はすぐに覚醒する。痛みは時に覚醒を促す。ナットは涙目になって地面を転がり回った。しかし大声を出されては奴らに気づかれる恐れがある。
ライは出来るだけ声を抑えて、ナットに話しかけた。ナットは確かルカと一緒に行動していたはずだ。一人だけと言うことにうっすらと恐怖を感じる。
「ルカはどうした? 一緒じゃないのか?」
「えっと、ルカちゃんとは途中で僕が囮になって逃したよ」
「そうか、よくやった。でもそうなると居場所が分からないな……」
「お前の妹なら一人でもなんとかしそうなものだがな……」
妹の安否を心配するライにアイシェリカは不思議そうだった。アイシェリカからすれば、ルカの腕前を考慮しての発言だろうが、ライからしてみればたとえどんなに強かろうと妹のことは心配になってしまう。
「あいつ後先考えないからな」
それに比べてどうしてかカイのことは心配にはならない。カイは戦いにおいて自分が不利だと認識したら速攻で逃げるようなタイプだ。バカそうに見えて割と分析に優れているため、それがライの不安を緩和しているのかもしれない。
「客観的に見れば逆なんだけどな……」
「カイくんとプリンセスちゃんのことも心配だよね」
ナットはライの考えを大きく的外れしている。めんどくさいので一応、同意しておくことにする。
「だな。とりあえずここから出る方法を考えないと」
「空を飛べばいいんじゃないの?」
「いや、前に試してみたけど木に撃ち落とされるか、土で防がれちまう。この島全体が生きているみたいなもんだ」
ライは今まで自身に降りかかった出来事を思い返して、頭を悩ませた。それに出るとなったらまず出口を探すことが必要になる。その間に亜人に見つかる可能性は大いに存在する。こんなに狭い巣穴で襲われたら今度こそ助からない。
「変土現象だな。予想はしていたが、まさか実際に体験することになるとは」
「変土現象ってなに?」
「土地が意志を持っているかのように蠢く現象のことだ。かなり稀な現象だぞ」
アイシェリカはライたちが経験している現象に覚えがあるようだ。ライは聞いたことがないが、周りの大人たちからも耳にしたことが無いのでライが知識不足ということはないだろう。それについてはナットも同意見らしい。
「初めて耳にしたな」
「それぐらい知っといてくれ。年長者……」
どうにもナットは長く生きているというのに知らないことが多い。監獄に何百年もいたらしいので、そのせいでジェネレーションギャップが生じているのかもしれない。
「なんか音が聞こえない? 水の音かな?」
「下からだぞ!」
「カイか」
地面からなにかが溢れ出すような音がしてくる。大量の水の音。海の塩の匂い。間違いなくカイの技だ。一点に渦潮を発生させる技。
「くるぞ、みんな!! 気をつけろ!」
「「!!」」
ライが叫ぶと同時に、地面から渦潮が発生し、ライたちを無理やり上に押し上げた。




