揺れ動く心
「君が、ティファンの子供?」
カイはしげしげと自分を睨みつける少女からティフォンの面影を探ろうとする。たしかに目つきとか毛並みがよく似ている。
「ティフォンは元気?」
「うるさい! この大嘘つきめ!」
気になっていることを聞いた途端、少女の手が伸び、真っ直ぐとこちらに向かってくる。鋭利な爪が輝いており、どう考えてもこちらを殺すことを想定とした攻撃だ。いきなり攻撃されたことへの意味がわからず、カイは困惑した。
「なにすんだよ! ティフォンの子供なら僕たちと争う理由もないはずだろ?!」
「それが嘘だと言っている! 母上が死んだのは五十年も前のことだ! お前の歳を考えればどう考えても嘘であろう!」
少女は怒りが頂点に達したのか、片方の手を伸ばして攻撃してきた。カイはそれを避けながらも、少女の言葉に自分の中にある認識の矛盾に気づいた。
たしかに変だ。ティフォンとあったのはかなり前だとは記憶してはいたが、五十年となるとカイはまだ生まれていない。しかしたしかに頭の中にティフォンと会った記憶があるのだ。悩んでいるカイはふとフーラの言葉を思い出した。
「ぼくが生まれ変わる前に会ってた?」
カイは自身の考えに妙に納得してしまう。この考えが事実だとするならば、時系列の矛盾は存在しない。
「くそ、でも聞いてくれそうにないよ!」
カイの頭に少女の爪がかすめた。少しだけとはいえ、額から血が流れている。カイより少し離れたところにいるプリンセスはオロオロとしており、混乱している。少女はプリンセスを襲う気はないらしい。それが唯一の救いだ。
「ともかくこの状況で戦うのは危険すぎる。ここからすぐに離れないと」
カイにとってティフォンの子供に攻撃するのは胸が痛むことだった。しかし仕方がない。彼女には少しだけ足止めをくらわせるしかないだろう。
「くらえ!!」
こちらに凄まじい速度で体ごと飛びかかってきた少女の頭にカイは頭突きをくらわせる。ただの頭突きだが、カイは骨が強いせいか相手に強烈な痛みを浴びせることができる。予想していた通り、少女は額から出る血を抑え、うめいた。
「ううぐ!」
「よし、今だ!」
カイは近くにいたプリンセスを抱きしめると、近くの木に飛び移った。そのまま枝をヒョイヒョイと飛んで、遠くへと逃走する。
* * *
「もう、だいぶ引き離したな」
カイはうしろを振り返り、誰もついてきていないことを確認してため息をついた。どうも最近、不幸に見舞われてばかりだ。早く兄と姉と合流しなければとカイは足を速めた。急いでいたカイは前から飛び出してきた影に気づかなかった。
「くっ!! 姉ちゃんを早く見つけなきゃ!」
「えっ!! ちょっと、前前!!」
突然、木の茂みから飛び出してきた人物に対し、カイはぶつかる前に声をかけたが、急停止は間に合わなかった。そのまま二人ともお互いにぶつかり、地面に落下する。
「いってて……」
「どこみて走ってんだ!」
カイは地面にぶつけた箇所を涙目でさすっていると、ぶつかってきた人物が文句を言ってくる。
「な、お前は……」
「ど、どうも」
カイはぶつかってきた人物の正体を目の当たりにして逃げるタイミングを伺いながらも、軽く挨拶する。ぶつかってきた人物の正体はカイよりか少しばかり幼い亜人の子供だった。
オレンジ色の体毛が太陽のように輝いていて、同色の目もキラキラとしている。亜人の中でも整った顔立ちの方だろう。カイは普段なら亜人に会ったら逃げるなどという行為はしないが、今回の場合は話が違う。どうもこの島の亜人は人間に対して敵対的だ。
「また子供かよ。お前、さては銀髪二人組の仲間だろ?!」
オレンジ髪の亜人の子供は乱れた髪の毛を整えながら、ぎらつく視線を送ってくる。質問の意図はわからないが、嘘をつく理由もなかった。カイは素直に関係性を口にする。
「弟だけど。もしかして兄ちゃんと姉ちゃんに会ったの?」
「ああ、僕がさっき殺してきたばっかだ。どうだ? 僕のことが憎いだろ?」
「……。嘘だね」
「な?!」
少年は嘘を見破られたことに驚きの表情を浮かべる。そんな見え見えの嘘に流石のカイでも引っかかったりしない。しかしどうにも物騒な嘘だ。少なくとも子供がつくような嘘ではない。
「なんで、嘘だと思うんだよ?」
「だって兄ちゃんと姉ちゃんは絶対に死なないもん!」
「なんだよ、くそ。お前らちっとも面白くない」
少年は立ち上がると明らかに不満な顔を浮かべる。容姿から察するにこの子もティフォンの子供なのかもしれない。カイは少年をジロジロと観察していることであることに気づいた。
「そのロケットペンダント……」
「ん? これか? 僕の母上が昔、人間にとってもらった写真なんだってさ」
レオはロケットペンダントを掲げて、中身を見せてくれる。中の写真には薄いクリーム色の体毛を持った少女が写っていた。
身だしなみを気にしない亜人という種族なのにも関わらず、ピンクのリボンをいつもつけていた少女。それはなくしたリボンの代わりにカイが渡したものだった。
カイはそれをみてなんだか温かい感情が胸によぎったのを感じた。それは何十年経っても親愛の証であるペンダントを持っていてくれた少女への強い感情だった。
「なに、笑ってんだよ? そんなに面白い写真か?」
「いや、ティフォンもお母さんになったんだなって思ってさ」
「なんだ? お前、母上の知り合いなのか?!」
* * *
「で、その時に姉ちゃんがさ! 僕の頭にケーキを!」
「ハハ、なんだよそれ面白い! うちはそんなの全然無かったや!」
大きな切り株の上でレオとカイはすっかり意気投合していた。話してみると凄く親しみやすく、愛想のいい子供だった。カイはその様子にティフォンの面影をたしかに感じとった。
「はぁ、こんなに人間と話したのて何十年ぶりだろ?」
レオは切り株の上に寝転ぶと、目をつぶった。過ごした時間はとても短いが、レオからはもう身の上話は聞いていた。ティフォンは死んでしまったらしい。いや、殺されたのだ。人間というものはつくづく好きになれない。カイの中で人間への不信感が強く増す。
「レオはなんで僕を殺そうとしないんだ? 人間は敵なんだろ?」
「んーー。なんだろ? なんかカイは他人っていう感じがしないや」
レオは自分でもよくわからないといった不思議な感情をあらわにしている。カイもレオのことは好きだ。それにレオにはなんだか似たような匂いを感じる。だからこそここで線を切りたくはなかった。
「レオ、僕たちのこと見逃してくれないか?」
「そりゃ、お前だけなら考えてやってもいいけどさ……」
レオは思案気な顔でうつむいた。完全にレオの心の中では気持ちが揺れ動いている。
「僕、少し話しただけで君の夢がわかったかも。これ、あげるよ」
カイは長いことポケットにしまっていた小道具を取り出した。いざという時に使おうと思っていたものだが、今がその時だ。渡されたレオは今までみたことがなかったのか、キョトンとした顔をする。
「これ、なに?」
「通話機だよ。このボタンを押すと、いつでも僕に連絡できる。ただし、一回だけだ。僕のやりたいことが終わったら必ず君に協力する。その時に連絡して欲しいんだ」
「……。交渉ってこと?」
「そう捉えてもらっていいかな」
「……。わかった、いいよ。ただし嘘ついたら許さないからな」
「もちろんさ!」
カイとレオは指切りげんまんの約束を交わした。




