純粋という名の悪意
「うー、閉じ込めてやったぞ!!」
レオはピョンピョンと木の枝の上で跳ねて喜んだ。姉と比べて力もなく、ひ弱なレオはいつだって姉たちに洞穴に押し込められてきた。自分も戦いたいと懇願しても、レオはまだ小さいからダメと二人とも首を横に振るばかりだった。
「今回は僕だって蔑ろにはされはわけにはいかないんだ!」
崩れた地面の大穴を睨みつけ、レオは満足感を実感した。かなり腕の立つ人間だったようだが、一人が間抜けなお陰で助かった。レオは木の枝に座り込むと、休息をとった。
「母上、もう少しだよ!」
レオは身に纏っている毛皮の中からロケットペンダントを取り出した。中には亡き母の写真が入っている。いつだか仲良くなった人間にとってもらった写真らしい。
「人間が優しいなんて、絶対に嘘だもん」
レオはその写真の出自を決して認めようとはしなかった。たしかに小さい頃は母の人間とのエピソードを聞き、人間に対しての敵意はなかった。
稀に生き残った亜人とも会う機会があったが、みんな人間は危険だと口々に呟いていた。その頃は危険性がわからず、レオは首をかしげるばかりだったが、五十年前に人間の残酷さを目の当たりにした。
「あんなに残酷なことできる奴なんて、いい奴らな訳がないんだ!」
レオは母が亡くなった日を思い出し、耳を逆立てた。母は人間とは必ず仲良くできると信じて、人間の小さな村で薬屋を営んでいた。人間たちはそれまでよくしてくれていたが、ある事件を境にレオたちに対して敵意を向けるようになった。ある日、村の中で死者が出たのだ。
死因は獣による引っ掻き傷だった。みるに耐えないほどの無残な姿にされた村人が最後に会ったのが母だったのだ。結果、母は村全体から疑われ、殺されてしまった。
「やっぱり、僕たちは仲良くなんてできないんだ」
レオは優しかった村人たちのことを思い出して落ち込んでしまう。上の姉が傷だらけになるまで自分たちを守り、船を出してくれた。逃げることには成功したが、心に芽生えた人間への不信感が消えることはなかった。
「何回もこの島にきて、しぶとい人間どもめ! せっかく集まった同胞の存在を知られるわけにはいかないんだ!」
レオたちが計画していること、それは生き残った亜人で亜人の王国を作ることだった。
その発端としてこの人間の手がつけられていない島を利用するつもりだったが、幾度となく迷いの込んだのかそうでないのか人間がやってきた。亜人はこれまで人間たちに差別されてきた。
五百年前の戦争により、その文化は亡くなったと認識されているが、同胞たちによれば数多くの亜人がまだ奴隷として人間にこき使われている国があるらしい。変だと思ったのだ。あんなに多かったといわれる亜人が絶滅寸前までに数を減らすわけがない。
実際、いろいろな地方を渡ってきた結果、亜人は想像していたよりも多い。なぜ、人間たちが数少ない種族だと認識しているのかというとそれは地中に亜人が住むようになったのが原因だ。
「けど、僕たちは地面の中に住む生き物じゃない! 太陽の光を浴びることさえ、僕らには許されないんだ!」
レオは胸に詰まっている本音を叫んだ。地中の生活は居心地が悪い。湿気が多いし、なにより寒い。亜人は本来寒いのが苦手な種族だ。冷たい地面の中に住む生き物じゃない。あったかい太陽の光を浴びて、草原の中で暮らす種族だ。
「けれど、それももうすぐ終わりなんだ!」
レオは両手を広げると、空に向かって声を投げかけた。空高くにいるはずの母にその声が届くようにだ。きっと母も人間たちを恨んで死んでいったはず。ならば、その怨念をレオたちが死ぬ気で晴らさなくてはいけないのだ。
「その時、僕が最前線に立ってみせる!」
レオはオレンジ色の目を輝かせた。レオにとってその瞬間を想像することが世界で一番幸せな瞬間だ。姉たちもレオと同意見らしく、二人とも母の無念を晴らそうと必死なのだ。
二人の姉は亜人の王国を作ることしか考えていないが、レオにはもっと大きな夢が存在する。
「大戦争時代だ! 生き残った亜人たちで人間を全滅させ、僕たちの時代を作り出すんだ!」
レオたちに優しくしてくれる人間は今までも存在した。しかし彼らは同情で優しくしてくれただけだ。亜人は同情される存在なのではない。
「今の話、聞き捨てなりませんね」
「!!」
レオは突然、背後から聞こえた声に反応して後ろを素早く振り返ろうとする。
「遅い!」
「うぐ!!」
思いっきり背中を蹴り飛ばされ、レオは枝から滑り落ちる形で地面に落下した。地面に激突する直前、レオは巧みに体を回転させると、五点着地する。亜人特有の柔らかいしなやかな体のおかげで高度から落下しても平気なのだ。
「誰だ……。お前!」
レオは自分を容赦なく蹴り飛ばした人物を睨みつけた。遠目からでも視力の良い自分にはよくみえる。肩まで届くほどのストレートな銀髪に赤い目をした少女。
全身を黒い洋服で身に纏っており、感情のない冷え切った目がよく目立っている。その顔にはなんだか見覚えがあった。ちょうど匂いも似ていることからレオは少女の存在を推測する。
「お前、さっきの銀髪の姉か?」
「……。惜しいですね。妹です」
「ふん、どっちも同じだろ」
少女の答えにレオはプイッと顔を背けた。人間というのはどうも年齢げよくわかりにくい。レオは砂だらけになった自身の体を整えると、枝の上に立っている少女を睨みつけた。
「お前、さっきの聞いたからには生かして置けないぞ!」
「どちらにせよ見逃すかもないでしょ?」
「よく……わかってるじゃないか!!」
レオは激しく地面を蹴って飛び上がると、あっという間に少女との間合いをつめる。少しだけ驚いた顔をする少女の顔面をレオは勢いよく蹴りつける。しかし実際に攻撃してみて驚いたのはレオの方だった。
「くそ、なんて頑丈なんだ?!」
「……」
レオの脚力は木に穴が開くほどの威力だ。しかしそれだけの威力の蹴りをくらったというのに、少女の体が枝から離れることはない。それどころか尻尾を掴まれ、レオは激しく枝に叩きつけられた。
「大人しく、兄様を解放しなさい。どうせあなたに捕らえられているのでしょう?」
「死んだって解放するもんか!」
レオは激しい痛みを堪え、少女の攻撃を耐え抜いた。レオは痛みに強い方ではないが、自身の夢のためにこんなんで涙を流すわけにはいかない。
決して解放しないというレオの意志を感じ取ったのか、少女はレオの尻尾を離した。
「ならば、自分でなんとかするまでですね」
少女は枝から飛び降りると、レオが作り出して大穴の中に飛び降りた。
「なっ! お前、何をして! お前の兄なんてもう死んでるさ!」
あそこには数多くの同胞がいる。今まで姉たちの手によって多くの人間が落ちてきたが誰もが決して生きて帰れなかった。そのレオのセリフを聞いてなお、少女の目には絶望が宿らない。
「兄さまは死にません。絶対に……」
レオはこんな状況なのに、信頼を口にできる少女に驚きを覚えた。




