兄として
ライは暗くなり始めている街中を歩きながら、自身の右手に目を凝らした。
(俺はあんないい人の命を奪ったのか……)
フラワー、彼女は決して悪い人ではない。むしろ一般的にみれば世界を平和にしようとする善人だ。そんな人の命を自分は奪い取ったのだ。
「罪悪感に飲まれるな、俺。あの日に決めただろ? 俺は生きたいだけなんだ……」
ライとて殺しをしたかったわけではない。しかし、そうしなければ自分たちが殺されてしまうのだ。生まれるだけで、生きているだけで罪なはずがない。
「俺は、悪くない……。悪くないんだ……」
「……ま」
「あいつらが悪なんだ……」
「……さま! 兄さま!」
「?!」
自問自答に夢中になっていたせいか、背後から声がかかっていることにライは気づかなかった。ライが後ろを振り返ると、"妹のルカ"が立っていた。
黒いコートの下には黒い長袖、その下の黒いズボン。全身を黒い衣服で覆っている。そのせいか、ライと同じ色の銀髪が異様に目立っている。
ルカの赤い瞳とライとは違い目つきが良いこと以外は自分に似ている。その鏡に写したようなそっくりさに一瞬、ドキッとなる。
「あ、ごめんごめん。考えごとに夢中で気づいてなかった」
「いつものことではないですか。気にしてません。兄さまが迷子になってしまったときにはどうしようかと思いました……」
「お前らがさきに迷子になったんだろ?」
せっかく 国の手から逃れるために人口が一番多いバルカルの街にきたというのに、きてそうそうルカとカイが迷子になってしまったときにはどうしようかと思ったぐらいだ。真面目なルカがフラフラとするとは考えにくいので、カイの好奇心が原因だろう。
「で、カイはどうした? 答えは予想がつくけどさ……」
「はぐれました」
「やっぱり!」
"弟のカイ"は幼い頃から好奇心の塊だ。初めてみるものには何も考えずについていき、集団能力のかけらもない。今まで幾度となく、カイの自由すぎる行動には苦労させられている。ライは周囲の人に声を聞かれないようにルカを近くに引き寄せた。
「どこではぐれた? この街には王国騎士団員もきてる。あまりながいしたくはない」
「またですか? 私は知りませんよ」
ルカは騎士団員という言葉にあからさまに面倒くさそうな顔をする。ライは兄として二人を先導する立場でありたかった。だからこそ、街の散策や王国騎士団員の監視という一番重要な役割引き受けているのだ。
その間、カイのお目付役としてルカを一緒にさせたのだが、肝心のルカはカイの行動に全く目を凝らしてくれない。
「どうして目をつけとかないんだ? あいつが常習犯なのはお前だってわかってるだろう?」
「私だって努力はしているつもりです」
段々と口論になり始めるライとルカのやりとりに周囲の目が集まり始める。道の真ん中ということもあり、注目されやすいのだ。ライはルカの腕を掴むと、街中を歩き始めた。
「喧嘩はなしだ。と、とりあえずあの店で話し合うぞ」
ライは街の中でも一番人が集まるであろう酒場を指差した。あそこなら話し合いにぴったりの場所だ。少々、食べ物の値段ははるだろうが、この際仕方がない。ライが提案した店をみて、ルカは訝しげに顔を傾げた。
「人が多すぎるのでは……? あんな場所ではすぐに"奴ら"に見つかってしまいそうです」
「心配すんなって。ほら、ついたぞ」
国から目をつけられている立場上、今まで人が寄り付く場所は避けてきた。しかし幾度となく場所は特定される。しかしよくよく考えてみれば、こんな言葉がある。
「木を隠すのなら森の中っていうだろ?」
「……」
ルカはその言葉に賛同こそしないまでも、否定はしなかった。受け入れられた証拠だ。
ライが酒場の扉を開け、中に入ると想像していたよりもガヤガヤとしていた。年齢層は中年の男が多く子供だけで入るには少々、勇気がいる場所だ。だが、酒によっている人々は店に入り込んできた子供たちには目もくれずに、騒ぎ立てている。
そのゴロツキの溜まり場のような雰囲気にライは少し緊張していた。次の行動に入らない兄の情けない姿に気づいたのか、隣にいたルカが手を伸ばしてくる。
「怖いのなら手を繋いであげましょうか?」
「いや、遠慮する。そんなの兄ぽっくないだろう?」
ライは妹の手をはんば強引に跳ね除けると、近くにいた食器運びの店員に注文をした。
「この店で一番、安いメニューを二セットください」
「はいよ、好きな席に座ってね」
店員が去っていくのを見届けると、ライは店の中でも一番端っこの外の席を選んだ。夜景が一望できる景色の良い場所だ。
「ここなら、外の様子がよく見える」
ライは席の横に設置されている窓に顔を近づけると、弟の姿を街中から探し始めた。ひらけた土地で育ったこともあり、ライの目は遠くのものでもよく見える。豆粒ほどの人の容姿だって正確に把握できるぐらいだ。
「兄さま、あそこ」
外の様子を気にする兄の思惑に気づいたのか、同じく目がいいルカが遠くに位置している建物の前を指差した。ライがルカがいう場所に目を凝らすと、そこには一般人に塗れて多くの王国騎士団員が紛れていた。
「想像以上にいるな。これははやく見つけないとやばいぞ」
「あの子なら大丈夫ですよ。それより、食べ物がきましたから一旦食事にしませんか? 腹が減っては戦ができぬと言いますし……」
「ああ、そうだな」
ライはルカの言う通りに、席に座ると届いたメニューに目を通した。魚を切り身に醤油が付いているシンプルなメニューだ。小腹を満たす程度ならこれぐらいの量でいいだろう。
「ルカ、お腹が空いているのならにいちゃんの分も食べていいぞ」
「本当ですか? じゃあ、いただきます」
「少しは遠慮しろよ!」
断りもせず、ライの分を自分の方に持っていく図々しい妹に対し、うっかり心の声が漏れてしまう。ルカはそんな兄の発言をきにもとめず、二人分を食べ始めた。腹が空いてはいるものの、自分が言い出したことなので何も言えない。ルカの食べている様子に目を取られていると、周囲の人間たちが窓の方に集まっている。
「おい、なんだありゃ?」
「水? すごい量だぞ!」
周囲の人たちが窓を指差し、ガヤガヤとし始める。ライはその言葉に嫌な予感がし、窓を開けて街の中央から噴き上げる水に注目した。ライにはその水に既視感がある。それも当然だ。だってあれは……。
「どうやら、探す手間が省けたようですね」
この短時間で二人分のメニューを食べ終えたルカは驚愕するライとは違い、冷静な言葉をはっしたのだった。