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弱虫

「ルカちゃんー!! 待って、ちょっと速いよ!」


「速くしないと、負けてしまうではないですか」


「これ競争だったっけ? それにもうだいぶ進んだよ。少し休憩を取らない?」


「……。いいですよ」


ルカはナットの提案にしぶしぶ頷いた。ナットはルカのスピードを速いというが、ルカはそんなに速く進んでいるつもりはない。あくまでも一般人としての速さだ。しかしこのスピードですらナットにとっては追いつかないらしい。


 後方からついて来ていたナットは息をかなり切らしていて、木の陰に両手をついて座り込んだ。ルカはこのまま立っていた方が楽だが、空気を読んで木の陰に一緒に座った。もう真昼になるせいか、やけに暑い。


「水を汲んできましょうか?」


「いや、いいよ。僕は水を飲まなくても平気だから。ルカちゃんは飲まないの?」


「私もいらないです」


ルカはフルフルと首を横に振った。ルカだって水ぐらい多少の不快感はあるが飲むことはできる。しかしナットのいう通り、飲まなくていいものをわざわざ飲む必要は存在しない。


「ずっと気になってたんだけどさ、なんで僕とペアを組んだの? ライやカイの方が気を遣わなかったんじゃない?」


「兄さまは神経質でうるさいですし、カイと一緒にいると疲れますから。その点、ナットはいいんですよね」


「えっと、気に入られてるってことかな?」


「なんかいてもいなくても変わんないじゃないですか。変に気を遣う必要も疲れる必要もないっていうか……」


「それ、喜んでいいのかな?!」


ルカの発言にナットは嬉しいような悲しいような読み取りにくい表情を浮かべる。なぜ、そんな表情を浮かべているのかはよくわからない。


 単純な喜怒哀楽の感情の起伏はルカにも再現することはできるし、察することはできる。しかし、人間特有の感情の表現というのはルカには少しばかり読み取りにくい。その点、カイはわかりやすい表情を浮かべることがほとんどなので、苦労がない。


「さて、もういきますよ」


「ええ〜〜! まだ、五分くらいしか休んでないよ? もう少しぐらい……」


「置いていきますよ」


「わかったわかった。いくから、もう少しペースを落として……」


 ルカの容赦ない一言にナットは慌てて追いかけてくる。最初こそは頼り甲斐があったというのに、今ではすっかりこんな感じだ。これからの旅路が不安で仕方がないと、ルカはため息をついた。


「ルカちゃん!! 下からなにかがくる!」


「!!」


ナットの忠告にルカはすぐさま反応したが、対処が遅かった。地面から飛び出して来たなにかが大きくルカの左腕に爪を立てた。そのなにかは目に捉える前にまた地面に潜ってしまった。とても人間とは思えない素早さだ。恐らく、人外であろうとルカは推測する。


「地面に潜っていたのが運の尽きでしたね」


ルカは自分の半径十メートル以内の地面を握り拳を握ることで跡形もなく消し去った。ルカの足元以外は陥没し、大きな穴が作成される。


「うぅ……!!」


穴の奥地から聞こえる獣の唸り声。相手の姿をルカはしっかりと目に捉える。ふわふわとした薄水色の体毛に折れ曲がった短い耳。ふわふわの長細い同色の尻尾が生えている。見た感じ、まだ子供だ。


「これは珍しいですね。亜人ですか」


ルカは久しぶりにみる亜人の姿に目を細めた。昔、森の中で少しだけみかけたことがある気がする。前の自分の無意識の記憶からの情報だが、それだけはやけに鮮明だ。


 亜人はぎらつく青い目でこちらを強く睨みつけており、目が合うと体の体毛が興奮で二倍以上に膨れ上がった。亜人は本来、おとなしい生き物だ。


 しかし普段、おとなしい人が怒ると怖いとはこのことで、怒り狂った亜人は一人で人間を百人殺すことができるという。


「これは早く合流した方がいいのかもしれません」


「ルカちゃん!! なんで、僕まで落としてるの?!」


「?」


ルカは下から聞こえるナットの声に疑問を抱いて穴の周辺に目を凝らしてみる。


「ナット? そこでなにをしているのです。早く上がってきなさい」


「そ、そうはいってもこんな高さ登れないよ」


ナットはどうやらルカの範囲攻撃に巻き込まれてしまったらしい。兄や弟の場合、ルカがわざわざ守ろうとしなくても自身の身を守ってくれるため、ついついいつもの癖が出てしまった。ルカは基本、他人を気遣うことができない。ナットのこともすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。


「待ってください。今、持ち上げますから」


「待って! そんな勿体無いことしなくていいよ!」


「?」


ナットの足元の地面だけを盛り上げ、上に上げようとしたのになぜだか止められてしまう。理由がわからず、ルカは深い困惑を浮かべた。


「今まで数々の敵と戦ってきたけど、亜人とはまだなんだ。それに彼女なら僕の願いを叶えられるかもしれないしね!」


「……。ドMですね。それにその子に叶えてもらうのは無理だと思いますけど」


ルカは軽蔑する眼差しをナットに向けつつ、助ける気もうせてしまった。ナットはナットなりに自身の願望を叶えようと必死なのだろう。しかしそれは本来、ルカが叶えると約束した願望だ。薄情なナットを無視して、ルカは森の奥に走り去った。


 それにしてもナットはどうやってあの亜人の性別を見極めたのか、謎だ。年寄りの勘というやつだろうか。


「ナットにはどうしても楽園に連れていってもらわなくては困りますからね」


ルカとナットがした約束。それは楽園にいく手助けをしてもらうかわりにナットの願いを叶えるという約束だ。


「こんな願い、叶えられるのは私ぐらいのものですよ」


全ての苦しみを生きているのにも関わらずに無理やり放り出させるというのは、兄さまもカイも気が咎めるだろう。その点、ルカは非人道的な行動も容易にできる。


「ナットは放っておいて、この場にいる亜人を詮索しなくては」


ルカは目を瞑り、地面に意識を集中した。ずっと気になっていたことがルカにはあった。それは地面の声だ。兄が寝付いてしまったあの夜、フーラに少しばかり聞いてみたことがある。


 それは地面の声はどうやって聞くのかということだ。フーラはそれに答えというかヒントをくれた。


『声はね聞こうと思って聞くものじゃないでしょ? 聞くというよりもね聞こえてきたっていう方が正しいんだ。耳に自然に話しかけてくる。人と話す時と一緒さ』


 ルカはそのイメージを掴むことにかなり苦労している。ナットと歩いてある間も地面の声に意識を集中させてみたが、うまくはいかなかった。それがうまくいけば、地面を通じて誰がどこにいるのかというのを把握できると思ったのだが、現実はそううまくはいかない。


「やはり、本人でなくてはダメということですか?」


兄もルカと同じで聞こえていないので一概にそうとは言えないが、その可能性は否定できない。


「しかし力は使えるのですし、そんなことはあり得ませんね」


ルカは己の掌をみつめ、その考えを真っ向から否定した。それが本当ならルカの能力全てが使えなくなるはずだ。


「ルカなら聞くことができたのでしょうか?」


ルカは足踏みし、静かにつぶやいた。

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