亜人の本性
「もう少し離れて歩け」
「無茶言うな。一方通行だぞ」
森の中の一本道を縦に並んで進んでいる最中、前を歩いていたアイシェリカが不満な顔を浮かべてライを叱りつける。ライも離れたいのはやまやまなのだが、彼女のペースに合わせていられない。
「それより俺を殺さなくていいのか? 今なら隙が空いてるぞ」
「ふん、私だってそうしてやりたいぐらいだ。だが、きさまを葬るにはもっといい場所がある」
「ふーん」
どうやらアイシェリカにはなにかしらの考えがあるらしい。それ自体はライにはどうでもいいことだが、手を出してこないのならそれに越したことはない。もしかしたらカイとの会話が効いているのかもしれない。
「!! 止まれ、アイシェリカ! 誰かがこっちをみてる!」
「なに?」
ライの忠告を聞いたアイシェリカは立ち止まり、ライが顎を向けた方向に目をむけた。森の中、オレンジ色の目が二つ光っている。こちらをじっとみているようだが、目が合う気配はない。
「どうする? もしかしたら敵の可能性も……」
「おい、そこのお前!! 隠れていないで姿をみせろ!」
「!!」
(おい!!)
なにも考えずに、相手を強く挑発するアイシェリカに対してライは心の中で行動を咎めた。相手が何者かもわからないのに、挑発をするなどあまりにも間抜けな行為だ。もし、危険な輩だったらどうするのか。
「う……」
「子供?」
構えていたライは森から恐る恐る出てきた相手の正体をみて拍子抜けした。相手はまだ十にも満たない子供だった。しかし唯一、他の子供と違うところはその見た目だ。
頭にはふわふわとしたオレンジ色の狐の耳のようなものが生えており、同色の尻尾を生やしている。人間と離れた見た目のため、性別は目で判断することはできない。
亜人、それ以外の人種ではこの見た目を説明できないだろう。存在自体はライも知ってはいるが、実際にこの目でみたのは初めてだ。というのも亜人は異界種の人間バージョンみたいなもので、こことは違う異世界から来た人種だった。
そのため当時の人間に受け入れられず、迫害を受け続けついには絶滅寸前に至ったと図鑑には記されていた。後々、わかったことだが亜人は別に人間に害をなすわけでもない生物であった。
当時の人たちをそれを知って亜人を迫害したことを強く後悔し、今ではその歴史を忘れないためにと歴史書には必ず亜人の存在と人間たちによる迫害の記録が記載されている。
「あぅ……」
幼い亜人の子供は酷く怯えているようで、上目遣いにこちらをみている。見ず知らずの人間たちに囲まれていて怖いのだろう。
「大丈夫。お兄ちゃんたちは怖くなんかないよ。俺はライで、そっちはアイシェリカ。君の名前を教えてくれる?」
「れ、レオ」
幼い亜人はしどろもどろに自身の名前を教えてくれる。どうやら言葉は通じるようだ。通じなかったらどうしようかと少し不安だったので、その心配が名乗りによって打ち消された。
「レオか。いい名前だね。こんなところで何をしてるんだ?」
「お姉ちゃんたちとはぐれちゃったの」
レオは長い耳をシュンと下げ、落ち込んでいるようだ。どうやら迷子らしい。姉たちとはぐれてしまい、心底不安なのだろう。ライにはその気持ちがなんとなくわかった。
「そうか、それは大変だな。よし、俺たちが君の姉ちゃんたちを探してきてやるよ」
「本当?!」
「お、おい! 待て。なぜ勝手に決めている」
話を進めていくライに対し、アイシェリカは驚きの表情を浮かべる。アイシェリカからしたらなぜ、ライが迷子の子を助けるのかわからないのだろう。
「迷子を早いとこ届けなくちゃいけないだろ? それとも騎士様は迷子の子を助けたくはないのか?」
「う……。そうは言ってはいない。が、いいだろう」
アイシェリカは乗る気ではなかったが、仕方なくライの提案を受け入れたといった感じだ。嫌なら単独行動をしてもらってもライは一向に構わないが、アイシェリカはライから目を離したくはないのかもしれない。
「僕、一緒にお姉ちゃんたち探す!」
レオは一人から解放されたことにより寂しさが薄れたのか、嬉しそうに森の中に身を捩って入り込んだ。レオを一人にするわけもいかないため、ライも慌ててあとを追う。アイシェリカは嫌そうな表情を浮かべていたが、素直に背後をついてきた。
「お姉ちゃんー!!」
レオはライたちから少し離れた先頭を歩き、クンクンと匂いを嗅ぎながら姉たちを探している。ライも木に登ったりして色々と探してみるが、特に手がかりは得られない。アイシェリカはその間もずっと頭に手をやって考え込んでいた。
* * *
「ライ、お姉ちゃんたちを探してくれてありがとう」
「ああ、どういたしまして」
ライの手を握りながら、喜びの表情を浮かべるレオをみていると、こちらも笑顔が浮かんでくる。なんだか一緒にいるうちに可愛く思えてきてしまったのだ。最初こそはシャイだったが、慣れてくるととても親しみやすくて、ヤンチャな子供だった。
「あ、木の実!」
レオは生えている木に器用に乗っかっていくと、上に生えているオレンジ色の木の実をもぎ取って食べ始めた。その様子がなんだかカイに似ていて微笑ましい。そんな二人を後方からアイシェリカはみていた。
「アイシェリカ、さっきからお前なにしてんだ?」
「いや、なぜお前が亜人に協力するのかわからなくてな」
「なんでって? それが俺たちの贖罪だからだろ? かつて俺たち人間が亜人を絶滅に追いやったんだから」
アイシェリカのいっていることが理解できずに、ライは混乱した。小さい頃からそう教わってきた。アイシェリカは王族だから英才教育を受けているはずだ。歴史を知らないはずはないと、ライは疑問の表情を浮かべる。そんなライの反応をみて、アイシェリカは納得したように頷いた。
「やはり、知らなかったのか。その歴史は半分あっていて、半分違う」
「なんだよ、歴史が間違っているっていいたいのか?」
あまりの発言にライは信じていたものを根本から揺るがされたような気分になる。しかし間違っているという言葉にアイシェリカは首を横に振った。
「間違っているというよりは、それは意図的に隠された歴史だ」
「意図的に……?」
「たしかに亜人は厳しい迫害を受けた。しかしその後が問題なのだ」
「その後ってなんだよ?」
アイシェリカは周りには聞かれたくないのか、ライの服を掴んで自身の近くに引き寄せ、耳打ちした。
「絶滅に追い込まれた亜人は人間に深い憎悪を抱いた。当然のことだかな。そして怒り狂った残りの亜人たちは少ない人口で人間の人口の約半分を削り取った。当時、復讐から逃れた人間たちが復讐の連鎖が続かぬようにと、後半の歴史をあえて残さなかったのだ。お前が知っているのは前編の内容に過ぎない」
「ちょっと待て。人間に深い憎悪を抱いてるってことは……」
「なんだ。お前ら史実を知ってたのか」
「「!!」」
耳を逆立て、尻尾を二倍の大きさに膨らませたレオが目をちぎらせ、背後に立っていた。




