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海の中へと

「うーん、結構揺れたな……」


ライは頭をさすりながら起き上がり、まだクラクラとしている頭を押さえた。酔いには強い方だが、流石に海へのダイブによる酔いには耐えられなかったようだ。ライは起きあがろうとした時、やけに体が重いことに気づいた。


「あ」


「うぅ……」


ライの体の上にはアイシェリカが気を失っていたまま倒れていた。酔いに弱いのかずっとうなされている。そういえば、体勢を崩したアイシェリカの腕を掴み、自分の方に抱き寄せたことを思い出した。


「でもよくみるとこいつ、かなり可愛い顔してるんだな」


いつも怒り狂っている顔なのでついつい忘れてしまうが、顔立ちはかなり整っている。黙っていれば、それなりにモテるのであろう。まつ毛も長く、髪だってサラサラとしている。ライは彼女の頬に触れようと、手の伸ばした。


「は! なにをする!!」


アイシェリカはやっと目を覚ましたか、この状況をすぐに理解した上でライの腹を思いっきり蹴っ飛ばして、遠くへと飛ばした。やっとクリスフォールにやられた腹の骨折が治ってきたというのに、これではまたぶり返してしまう。燃えるように痛む脇腹を支えながら、ライはヨタヨタと立ち上がった。


「ん、もしかしてお前一人なのか? もう一人、いただろ?」


「う、うるさい! きさまには関係のないことだ!」


ライの質問に少し動揺をみせたアイシェリカはすぐさま、いつもの調子を取り戻して反応してくる。どうやら連れはいないらしい。


「先程は仕留め損ったが、今度こそは!」


アイシェリカは青色の目をギラつかせ、ライを強く睨みつけた上で腰のレイピア引き抜いた。どうやら仇を取るまでは国に帰る気はないらしい。

 

 ライ自身が彼女の親友を殺したのだから、それも当然だ。しかしライにだって家族がいる。そう簡単に殺されてしまうわけにはいかないのだ。


「ストップ!! ストップ!!」


睨み合う二人の前に慌てたカイが両手をバタバタし、わって入ってきた。水色の目には困惑の色を浮かべている。カイにはこの状況がどういったものかよく掴めていないのだろう。


「ここはプリンセスのお母さんの体の中なんだよ?! こんなところで戦ったら、お母さんが死んじゃうよ!」


「キュキュ……」


カイは両手に抱えたプリンセスと共に訴える。確かにここで戦闘を勃発したら舞台はただでは済まないだろう。


 前回はライが勝ったが、それはあくまでも彼女に戦闘経験がまったくなかったからである。人は経験次第でいくらでも変わる。今回の戦闘は前回より激しいものとなるだろう。


「プリンセス、とは誰のことだ?」


「この子の名前だよ。可愛いでしょ?」


カイはプリンセスをヒョイっとアイシェリカの目前に近づける。あんなに大きなスライムを見せられたら普通はびっくりするものだが、アイシェリカは驚くことに深々と頷いた。


「奇遇だな。私も昔、迷いスライムを拾ったことがあってな。スライムとはやはり癒しを貰えて、実にいい」


「だよね!! 僕も、大好き!!」


 予想外なことに二人は息が合うらしく、楽しそうにお互いの好きなものについて語り合っている。あまりの話の脱線さに呆れが止まらない。


「なんの会話だよ。これ……」


「な?! 危ないところだった。ついつい目的を見失うところだった」


「もう見失ってたぞ」


ライの指摘に自分が関係のない話をしていることに気づき、アイシェリカはサッとうしろに飛んでこちらから距離を取った。


「破滅の三子、私はお前らをーー」


威勢よくレイピアを構え直すアイシェリカだったが、すぐにその剣を下ろすこととなる。それはカイの手から離れたプリンセスがキューキューと甘えた鳴き声を出しながら、アイシェリカの足に縋り付いたのが原因だ。

  

 アイシェリカはしばらくそれをじっとみていたが、やがてレイピアを鞘に引っ込めると、プリンセスの体を触り始めた。


「こ、これは本当にスライムなのか? なんとも素晴らしい触り心地だ!」


「おすすめは頭だよ。もちもちしてて気持ちいいんだ」


「む、頭がどこかわからぬ」


凄まじい速さで戦闘体勢を解いたアイシェリカはカイのアドバイスに疑問の顔を浮かべたまま触っている。たしかにスライムは目も耳もないのでどこが頭かわかりづらい。頭があるのかどうかも疑問だ。


「……。いいだろう。このスライムの体から出るまで、大人しくしといてやる」


「嘘だろ?! スライムの効果凄すぎるだろ!」


じっとプリンセスの触り心地を楽しんでいたアイシェリカはため息をつき、大人しくする宣言をした。先程までの戦意はどこいったのか、威圧感も消え失せている。ライもプリンセスの触り心地は好きだが、まさか騎士まで落とせるほどの実力かと思わなかった。


「しかし忘れるな。私がきさまへの憎しみを薄らせることはない」


「ああ、わかってる。とりあえず、ルカとナットの方へと合流しよう」


「ナット、最近影薄いよね」


ライの提案にカイが辛辣な一言を乗せた。


* * *


「姉ちゃんーー!!」


「カイ? どこにいっていたんですか?」


ライたちがたどり着いた時、ルカはクイーンに道案内をしていた。人の言葉がわかるようで、賢くルカの指示に従っている。体感的にはかなり海の中を進んだ気がするが、まだ目的地には着きそうもないらしい。ルカはカイの姿をみるなり、こちらはと駆け寄ってくる。


「あ、兄さま。ナットがーー」


「ナットがどうした? 嫌な予感がするんだけど……」


「そこまで問題じゃありません。サメに食べられただけです」


「大問題じゃねえか!!」


ルカの前半の返答を聞き、一瞬だけ安心したが、その感情はすぐに覆されることとなる。ルカが指を刺した方向をみれば、クイーンの体の外に大きなサメが彷徨っている。こちらをジロジロとみながら、ついてきていてなぜだか腹がかなり膨れている。


「なんで……」


「ナットが寝ぼけて海の中に落ちたんです」


「年長者!! なにやってんだ!!」


ライは慌ててナットを助け出そうと、クイーンの体の中から無理やりにでも出ようとしたが、そばにやってきたカイに腕を掴まれ、止められる。


「ぼ、僕がいくよ。海の中なら得意分野だもん」


「いや、私がいこう」

  

 柄にも合わずに背後でじっとしていたアイシェリカは片手を上げ、自ら名乗り出た。ルカはその声にアイシェリカがいることに初めて気付いたのか、警戒するような表情をみせるが、今はルカに説明している時間もない。ライはフルフルと横に首を振り、アイシェリカの提案を断った。


「危ないからだめだ」


「フッ、舐められたものだな。私は幼い頃、よくサメをなぎ倒して遊んでいた」


「どんな幼少期だよ……」


とてもではないが一国の王女が行う言動とは思えない。ライも幼い頃はヤンチャ坊主だったが、流石にサメと戦ったことはない。そもそもライは泳ぐのが苦手なので、海に潜ったことも少ない。


「サメよ!! 覚悟しろ!!」


アイシェリカはクイーンの体の中から凄まじいスピードで飛び出すと、腰からレイピアを引き抜き、大声を上げた。


「私が相手ーー。う……」


「なんで水の中で口を開くんだよ?!」


口の中に盛大に水が入り、速攻で海の中で力尽きたアイシェリカをみて、ライは叫び声を上げた。

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