睨み合う二人
「くそ、これどうなんってんだ」
あまりの衝撃でずっと目が開けれなかったライはようやく自分たちの状況を把握することとなる。あの海の生き物に飲まれたことを考えるとここはその生物の中なのだろう。
ライはぷかぷかと体の中で漂っていた。しかし不思議なことに水中だというのに息をすることもできるし、水に体が濡れてしまったような感覚もない。
「ふわー! どうなってるの!」
ちょうどライの近くで浮かんでいたカイは水の中で足をバタつかせ、この状況を完全に楽しんでいる。ナットはあまりに衝撃的すぎたのか、白目を剥いて気絶しており、年長者がなんとも情けない姿をみせている。
「ルカ! 無事か?!」
「ここにいます」
ルカの姿がみえないことからその安否が不安になり、ライはルカの名前を大声で叫んだ。ルカにもそれがきちんと届いてたらしく、ライの呼びかけに直ぐに呼応する。声のした方はライの上の方だ。
海に飲まれた時、家はボロボロになってしまったのでフーラの家の姿は見当たらない。ルカも水中を無抵抗で漂っており、なんとか無事そうだ。
「キキューー! キュ!」
「プリンセスも無事そうだな」
海の中を楽しそうに泳いでいるプリンセスの元気な姿をみて、ライは安堵のため息をついた。これでフーラ以外はメンバーの無事は確認できている。
「キキューー!! キキ!」
「え、そうだったんだ!」
「なにを言ってるんだ? 通訳してくれ」
カイにはプリンセスの言っていることがわかるらしいが、ライにはちんぷんかんぷんだ。声から感情を察することはライにもできるが、話の内容を理解することはライにはできない。
「えっとね、この大きな海の生物はプリンセスのお母さんなんだって」
「どうりでスライムみたいな感触なわけだな」
ライは自身の近くにある壁に触れた。どうりでプニプニとしていてスライムぽい感触だとは思った。
「で、そのお母さんがなんで俺たちをこんなところに閉じ込めたんだ?」
「キキュー。キキキューー」
「プリンセスのお母さんがアクアマリンの場所まで運んでくれるんだって!」
「こいつはアクアマリンの場所を知っているのか?」
ライはカイの発言に淡い期待を抱いた。これなら目的地を予測するまでもなかったかもしれないと、しかしカイはそれを否定するかのように首を横に振った。
「ううん、知らないみたい」
「せめて知っていてくれ!」
場所を知らないのならどうやって連れていくというのだという疑問がライに付き纏っった。ただ闇雲に海を走り回るというだけだろうか。それともライたちが行き先を指定しなければならないのだろうか。恐らく、後者の方が効率がいい。
「ルカ、聞こえたか? この生き物に行き先の指示をしてくれ!」
「わかりましたよ。今、確認してますから待ってください」
三人から離れた位置にいるルカは手に持っていた地図を広げ、目を通している。頭がいいルカは地図を覚えようと思えば、いったことがないところでも案内をすることが可能だ。
ライもカイも方向音痴なため、この中ではルカが案内に最適だった。ちょうどプリンセスの母、の頭の位置にも近いしぴったりの仕事だろう。プリンセス母、めんどくさいのでクイーンと呼ぶことにしよう。
クイーンは現在も地面を這って移動していて、着々と海に向かっている。クイーンが通った場所にはなにも残らないため、かなりの人的被害がでそうだ。
「あれ、プリンセスどこいくの?」
「キキュ〜〜?」
カイにしがみついついたプリンセスは不思議そうに首をかしげながら、クィーンの体の真ん中辺にすっ飛んでいく。やはり目で捉えきれないほど速い。あっという間にみえなくなってしまったプリンセスをライとカイは急いで泳いで追いかけた。
「ちょ、お、置いてかないで……」
気絶から復活したナットは情けなく、ライとカイに手を伸ばしたが二人が耳を貸すことはなかった。
* * *
「ええい! 離さぬか! 一体、なんなのだ。この生き物は……」
「あれ、この声?」
「兄ちゃん、知ってるの?」
「知ってるもなにもこの声は……」
プリンセスの方向に近づくことに聞こえる少女の声。この声にはひどく聞き覚えがあるが、それがライが現在、頭に思い浮かべている人物なわけがない。だとしたら、運が悪すぎる。
「キキューー」
「ええい、やめぬか。スライムのような生き物!」
「やっぱり」
ライは声の元に辿り着くと昨日あったばっかりの人間の姿に肩を落とした。そうだとは思ったが、そうであってほしくはなかった。声の主の正体はアイシェリカ・クリスタルだ。
ライに親友を殺され、ライのことを誰よりも恨んでいる少女。服は着替え直したのか、王族のような綺麗な服をみに纏っている。
「ごめんなさい! うちの子が勝手に……」
「まったくだ! ペットの躾はきちんとしておけ!」
謝りながらプリンセスを引き離すカイに対し、アイシェリカは不満を述べた。服の裾がプリンセスによって一部、食べられてはいるが弁償と言わないところが彼女らしくはある。
「お姉さんはどうやってこの中に入ってきたの?」
「……私はそのだな。えっと……」
「どうせ、バカやって落っこちたんだろ?」
「なぜそれを知っている?! って!! きさまはライではないか!」
「まずい、口を挟まないつもりだったのに」
ライはアイシェリカに声をかけずにうしろへと後ずさろうとしたのだが、うっかりその間抜けさに声をかけてしまった。王族だというのにこのどじっぷり。はっきり言ってクリスタル王国の王政は今後、どうなってしまうのかと思う。
(ま、俺からしちゃクリスタル王国なんてさっさと滅びてくれって感じだけどな)
ライにとってはクリスタル王国にはいいイメージなど一つもない。国民や他の国からの評価はかなり高く、幸福度ランキングでも毎回一位を独占している国だが、それはライたちを苦しめている騎士団をまとめる国でもある。
「ここであったが、百年目! 仇を果たさせてもらうぞ!」
「待て待て。そろそろ海に入るから覚悟した方がいいぞ」
「水圧すごいよ!!」
「!!」
アイシェリカはライとカイの忠告に用心しようとしたが、間に合わない。そもそもこれは心の問題で防ぐとかそういう話ではないのだ。
クイーンは凄まじまい音を立てて、海にそのまま落下した。その瞬間、洗濯機の中に入れられた服のようにライたちはぐるぐるとクイーンの体の中を無抵抗に回った。予想してた通り、水圧も勢いも凄く常人では耐えられるものではない。
ライたちはよくカイのシャボン玉に入って同じような状況に慣らされているが、慣れていない人間はバランスを取ることができないだろう。
「うわ?!」
「と、言わんこっちゃないってんの!」
慣れていないアイシェリカはライの思っていた通り、バランスを大きく崩した。ライはそんなアイシェリカの腕を強く掴んだ。
* * *
唸る海の生物を高い崖の上から優雅に見下ろしている男がいた。
「結構、足場を自然に滑らせる段階に苦労したな。でも結果は大成功」
金髪の痩せ細った男は両手を叩くと自身の計画の成功を喜んだ。これで王からの報酬は貰えないが、第一王女からの報酬は貰えるだろう。
「アイシェリカは破滅の三子にやられて死亡!」
男は幼い頃から知っている少女の虚偽の死亡報告をするために王国へと消え去った。




