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アイシェリカの苦悩

「く、くそ。なんだあの力? とてもじゃないけど人間なんかじゃない……」


服のあちこちはちぎれ、身体中傷だらけにされたクリスフォールは致命傷を負わされた脇腹を抑え、荒野に身を潜めていた。戦闘からすでにだいぶ時間が経ったというのに、未だに心から溢れ出る強烈な恐怖が止まらない。


「破滅の三子の力を利用しようかと考えたが、現実はそううまくはいかないか」


クリスタル王国のある王族から破滅の三子を捕らえてきてほしいと頼まれたのだが、計画は失敗に終わってしまった。

 この任務を達成すれば金貨百枚は貰える約束だった。しかし失敗してしまった以上、待っているのは実績と罰だろう。


「その前に生きて帰れるかも怪しいけどね」


あの少年の誘拐に失敗したのはある意味ラッキーだったのかもしれない。あの力は余程の人間でなければ、操ることはできないだろう。下手すれば国一つ滅びていた可能性よもある。


「正直言って生きて帰れたのも奇跡だな」


クリスフォールは幼い頃から恐怖という感情が鈍かった。騎士として戦いに身を置くことは多かったが、命の危機に瀕した時でさえ恐怖など感じたことはない。なのにあの少年に対面した時、心からの恐怖を感じた。


「フフ、まだ僕も人間だということだな」

 

 まだまともに感情を感じる力があった自分に感心する。悪魔に身を売った自分にも人間らしいかけらがあったということだ。


「さてと、そろそろ戻るとさるかな」


癒しの宝玉を致命傷を与えられた傷口に強く押し付けていたため、傷口はだいぶ塞がった。立ち上がるとまだずきずきと身体中が痛むが、これぐらいの痛みは騎士としてどうってことはない。


「クリスフォールーー!!」


「たくっ、厄介なのがきたな」


帰ろうとしたところで、遠くから自分を呼ぶ少女の大声が聞こえ、クリスフォールは肩をすくめた。


 声の主は自分が仕える国、クリスタル王国の第二王女であるアイシェリカ・クリスタルの声だ。クリスフォールは彼女が幼い頃から彼女のことをよく知っているため、声だけで誰かわかってしまう。


「ハァハァ、クリスフォール! 破滅の三子の殲滅はどうなったんだ?」


「失敗しましたよ。二人で仲良く城でお説教を受けましょう。」


「お、おい! 私はまだ失敗したなんて言ったないぞ!」


 アイシェリカは地面を激しく蹴り付け、自身の失敗を否定する。しかしそのボロボロの体をみれば、結果は明らかだった。遠くから聞こえた爆音からもなんとなく予想はついていたが……。


「はいはいわかりましたよ。では、帰りましょう」


「それはできぬ! フラワーの仇もある。これは私が果たさなければ、ならぬことだ!」


アイシェリカは目に闘志を宿らせ、憎しみをあらわにした。ここまで激怒する彼女はなかなかみることはできない。フラワーとアイシェリカは幼少期から一緒に育った姉妹のような関係だということはクリスフォールでも知っている。


 なんでもフラワーは良家の生まれなようで、王族であるアイシェリカとはよく遊ぶ仲であったらしい。他人に興味がないクリスフォールでさえ、彼女たちの関係は知っていた。少なくとも自分では彼女を止めることはできないだろう。


「アイシェリカ様、復讐に囚われすぎて何か忘れたませんか? ここには誰の許可を得てきたんでしたっけ?」


「は!! そ、そうであった。すっかり忘れておったが、父上のこともあったな……」


アイシェリカはいかにもがっかりしたように肩を落とした。アイシェリカは幼い頃からかなりのお転婆娘で、とてもではないが王女とは思えない子だった。


 姉である第一王女が城の中で礼儀作法を習っている時、彼女は城下町で同い年の男子と一緒に駆け回り、木の棒を剣に見立て、振り回して遊んでいた。

 

 当然、それを厳格な現国王が許すはずもなく、よく叱責をされていたものだ。しかしそんな環境の中、彼女は父の猛反対を押し切り騎士団員に入団した。


 長いこと国王はそんなアイシェリカを認めなかったが、アイシェリカは破滅の三子をなんとかすることができたら、自分のことを認めてほしいと国王に申し立てたのだ。国王はそれに同意し、彼女が戦果を上げることができたのなら、騎士であることを認めると言ったのだった。


「ま、これも人伝だけどな」


実際に自分が目にした光景ではなく、自身が使える第一王女から聞いた話だ。


「だったら尚更国に帰るわけにはいかぬ! あいつらを放っておけば、全世界に絶大な被害が出るのだぞ! それを民を従える王族として何としても許すわけにはいかない!」


「はいはい、わかりました。では、これからどうしますか?」


「え? 一緒に来てくれるのか?」


「僕だって成果なくして帰れませんよ。それに第一王女様にはあまり会いたくはありませんし……」


「あ、姉上か……。今度あったら少し話してみるか……」


「辞めた方がいいと思いますよ」


第一王女という言葉にアイシェリカは苦虫を噛み潰したような顔をする。彼女とアイシェリカは仲が悪いことでも城では有名だ。その原因は第二王女であるアイシェリカが王位継承権を持っていることが主な理由でだろう。


 仕えている自分があまり言うことではないが、第二王女は顔はいいのだが、かなり性格が悪い。目的のためなら倫理的にアウトなことでも、容赦なくやってのける少女だ。わがままで高圧的で、アイシェリカ様とはまた違った意味で困った人である。


 当然、人を見る目がある王がそんな第一王女に王となる権利を与えるはずがなく、王位継承権は次女であるアイシェリカに与えられた。元々、クリスタル王国は長男、長女が王位を引き継ぐしきたりであったはずだが、今回だけは例外として扱われた。


 それ以降、元々仲が悪かった姉妹の仲は修復不可能なほどに崩れてしまい、現在では口を聞くこともない。


「お前がどう止めようとも、私はいずれ姉上との和解をするつもりだ。私は王位などどうでも良いからな。こんな権利、私だって貰って困っているのだ。さあ、わかったのならさっさと港に向かうぞ。破滅の三子をなんとしても追わなくては!」


 アイシェリカは身を翻し、荒野の出口に向かって歩いていってしまう。遠ざかる彼女の背中をみながら、クリスフォールは冷たい目をして呟いた。


「アイシェリカ、君は驚くだろうね。僕が王女様とかわした密談の内容を知れば……」


「ん? クリスフォール、何か言ったか?」


「ああ、僕のワープを使わないでどうやって港に帰るんだろうなって思いまして」


「な?! そ、そうであったな!」


「もしかして忘れていました? しっかりしてくださいよ」


「わ、忘れてはおらぬ! ただちょっと頭から抜けてしまっただけだ!」


少し抜けたところがあるアイシェリカを目の前にして、いつまで彼女との日常的な会話ができるのかとクリスフォールは笑みを浮かべた。


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