海の声
『眠りから目覚めよ』
「!!」
カイは海から語りかけてかけてくる声によって気絶から目覚めた。辺りをキョロキョロと見渡し、ここがどこかを確認しようと試みる。現在、カイがいる場所は空の上空。
鎖で縛り付けられたまま、攫われていたのだ。カイを攫ったクリスフォールとかいう男は飛ぶことに集中しているのか、カイが目覚めたことには気づいていない。
(空を飛べるなんて、まるで兄ちゃんみたいだ!)
カイはこの世に兄のライ以外に空を飛ぶことができる人間がいることに驚いた。しかし兄の飛び方とは違い、風の抵抗を受けているためか進むのが遅い。どこに向かっているのかはわからないが、逃げるなら今がチャンスだ。
カイは海の声がした方角に目を向けた。海は穏やかに波打っていて、いつも通りの情景だ。その近くには村が不規則に広がっている。
(やっぱり僕はダメだ。海が近くになくちゃ、水で攻撃できない)
カイは手から自由自在に水を生成することもできるが、それはあくまで海が五十メートル以内にあった時の話しだ。姉のルカだって地面が離れている海の上ではまともに戦うことはできない。
傍目からみると無敵に思えるこの力には弱点も存在した。それに比べて兄はすごいとカイはいつも思ってしまう。空はどこにでもある。ない場所など存在しないので、兄は能力に制限がかからない。
(いや、これは言い訳だな。力を完全に解放すれば、この男をぶちのめしてやることなんて簡単にできるんだ)
五十メートルという条件はあくまで小攻撃をする場合だ。カイなら海を操り、自由自在に陸にも空にも持っていくことができる。
姉には関係のない人を巻き込みたくないなどと、絵空事を抜かしたが、カイはそんなできた人間じゃない。本当は怖かった。昔のように自我を失い、"もう一人"に自我を明け渡すことが……。
(でも、このままじゃ……。兄ちゃんと姉ちゃんに二度と会えなくなっちゃう……)
兄と姉のそばにいること、それ自体がカイの生きがいだった。破滅の三子などと言われ、世間から疎まれていたカイにとって人との繋がりを持続できたのは二人だけだったからだ。
(やるしかない! たとえ、自我を失おうとも!)
カイは声を出すさず、心の中で海に話しかけた。海の声がいつから聞こえていたのかカイ自身、覚えていない。もしかしたら物心ついた時から、聞こえていたのかもしれない。
「おわ! なんだ!」
クリスフォールは突然、発生した海の波の音に驚きの声を上げた。当然だ。その波の音は通常の音とは大きく異なる。それこそ陸のど真ん中にいても鮮明に聞こえてくるほどの騒音だ。
周囲の人が聞いたら耳を塞ぎたくなるほどの波の音でも、カイにとっては癒しの音だった。これは海の声だ。自分と海が繋がっている証拠である。この声はカイにしか聞くことができない。カイはクリスフォールを指差して、海に指示を出した。
「やっちゃえ!!」
もう手加減する必要はないと思い、カイは思いっきりクリスフォールの脇腹を蹴り上げた。クリスフォールはカイによって蹴り飛ばされ、空中を舞うこととなる。
「きさま!! 手加減したおけばいい気になりやがって!」
明らかに口調が変わったクリスフォールは空中でカイの足を掴み、やり返そうとしたくる。しかしそれはもう不可能だ。
「なに?! なぜ、こんなにはやく!」
クリスフォールの顔面に飛んできた海がぶつかった。正確には海の小さな塊が海から飛び出してきたのだ。一見、スライムのような見た目だが動きはとても素早く、常人の目では追うことができない。
カイは呼ぶ時に名前がないと不便なので、この子をプリンセスと名づけていた。何故だかわからないのだが、この子は女の子のような気がするのだ。
幼いころ、家族にプリンセスの話を少しだけしたことがある。母からは頭の様子を心配され、兄と姉からは友達がいなくておかしくなったのかと思われた。カイ以外の人間にはプリンセスの声が聞こえないらしい。
「キュ〜〜」
「ハハ、よしよし。助けに来てくれてありがとな」
飛びついて甘えてくるプリンセスの背中にまたがると、頭をよしよしと撫でてやった。プリンセスはそれがよほど嬉しかったのか、体をくねらせて空中で跳びながら、喜んでいる。
プリンセスには尻尾があり、それが海とコードのように繋がっている。海のコードが繋がっていれば、プリンセスは空でだって活動することができる。プリンセスと戯れているカイを見て、クリスフォールはカイを強く睨みつけた。
「くっ、能力を一番自由に使えるのは、お前だという噂は本当だったか」
「……その話どこから流れてるのかな?」
カイはプリンセスの上で軽々と立ち上がると、両手の手のひらをクリスフォールに向けた。その瞬間、クリスフォールを中心に小さな海の世界が広がる。カイが創り出したアクアプリウムだ。
クリスフォールは海の中に閉じ込められる。中には多種多様な魚が優雅に泳いでいる。それは普通の魚ではなく、ピラニアのように凶暴な魚たちだ。
クリスフォールは海の壁両手で力強く、たたき、なにかを叫んではいるが、中の声はカイには聞こえることはない。肉食な魚たちはお腹が空いているのか、クリスフォールに群がって肉をついばもうとしている。
残酷な殺し方だが、これが一番楽で確実な方法だった。
「さあ、プリンセス。兄ちゃんたちのところに戻ろっか!」
カイはプリンセスに乗っかったまま、死の監獄の方に向かって飛んでいこうとした。姉が死の監獄に来たのだから、兄も遅かれ早かれ、死の監獄にくるだろう。
「ん? どうしたプリンセ……」
話しかけても動かないプリンセスを不思議に思い、カイはもしやと背後を振り返った。予想していた通り、カイが創り出したアクアプリマがなくなっている。
クリスフォールが自力で脱出したのだ。脱出できた方法は大いに気になるが、今気にすべきところはそこではない。
クリスフォールが腰につけていた鉄でできたムチでプリンセスの尻尾を切り落としていた。
「き、きゅ〜〜」
「プリンセス!」
カイの叫びも虚しく、海との繋がりをたたれたプリンセスは背中にいたカイと一緒に地面に落下していく。プリンセスは落下する直前にカイを抱きしめ、カイが落下しする事態は防がれた。
地面に落ちたプリンセスはバラバラに崩れ落ちる。カイはその瞬間、頭が真っ白になった。
「嘘だ……。こんなの嘘だ、絶対に!」
「残念ながら現実だよ。なーに、心配することはない。君もすぐにあの世に送ってあげるよ」
クリスフォールはムチを振り上げ、カイの方に向かって一直線に攻撃してきた。カイはそれを避けることもなく、手で受け止める。
「なっ?!」
「お前、調子に乗んなよ……」
カイの髪の色は兄と姉と同じ銀髪に戻った。元の水色の目は海のように澄んだ青色に変わり、態度も激変する。
そこにはカイの姿をした何がいた。




