ナットの実力
「くそ、だいぶ遅くなっちまった」
ライは空を猛スピードで飛びながら、死の監獄に向かって急いでいた。ルカなら大丈夫だとは思うが、やはり心配になってしまう。
一人で生かせるべきではないなかったのかもしれないという、後悔もあった。もう二度と後悔なんてしたくはない。ルカだけでなく、カイの安否も心配だ。すぐに殺されるなんてことはないと思うが、時には最悪の状況を想定することも人生には大事だ。
「ん? なんだ? この音……」
死の監獄の方角からなにやら音が聞こえてくる。まるでなにかと戦っているような激しい音だ。その音は監獄に近づけば近づくほど、大きくなっていく。
「あぶね!」
監獄の方から瓦礫のかけらが飛んできたのを目で捉えたライは間一髪でそれをかわす。くらっていたら下に真っ逆さまに落ちていただろう。それほどダサいことはない。
監獄を目の前にすると、ライは地面に静かに降り立った。周囲の様子を確認するが、近くには見張りの姿も見当たらない。
目の前の監獄の入り口は木っ端微塵になっていて、ルカがやったのだろうと推測できる。ライは音に警戒し、十分注意をして中に足を踏み出した。そこでみた光景は驚愕のものだった。
「あれは異界種……」
塔の中にいたのは巨大な異界種だった。恐らく、身体の大きさは三十メートルはくだらないであろう。豚と牛を掛け合わせたような異様な姿をしているが、姿に見合わず凄まじい力を持つことをライは知っている。
それに昔のトラウマを呼び起こされそうになるが、頭を押さえそれどころではないと心の中で自分を叱責した。
「異界種と戦っているのは誰だ……?」
暴れ回る異界種と戦闘を交えているのは一人の人間だった。年齢は十代後半ほどで、体格は痩せても太ってもいない普通体型。淡い紫色の髪に濃い紫の目を持つ青年だ。
珍しい容姿をしているとライは素直にそう思った。少なくとも薄紫の髪と目を持つ人間など今まで目にしたことがない。
「おっとそんなことに気を取られている場合じゃないだろ」
異界種と謎の青年は気になるが、妹の安否を確認するのが優先事項だ。ライは塔の中を上下左右に見渡して、ルカがいる場所を探った。
「あそこか」
ルカがいた場所は螺旋階段の中間ぐらいの場所だ。階段に体育座りで座って休憩をしており、こちらにも気づいている。その証拠にライと目が合った。遠目だけの情報だが、怪我はしていないらしい。
ライは戦闘の火花を浴びないように、できるだけ端を飛んで、ルカの隣に降り立った。
「遅かったですね」
「ああ、これでも全速力で飛んできたんだけどな。その様子を見れば大丈夫だとは思うけど、怪我とかしてないよな?」
「一度致命傷を負わされたんですけどね。ナットが治してくれました」
ルカは下腹部の位置を手で示した。確かに傷跡は何もないというのに、服が不自然に破れている。致命傷という一言にドキッとなったが、ルカが無事ならそれで何よりだ。
そしてそのルカを治療してくれた人物はどんな方法を使ったのかが気になる。普通、傷がこんな短期間で治るわけがない。怪しい技を使ったのではないかと、軽く疑ってしまう。
「ナットってあの紫色の髪の男だよな」
ライは上から戦闘の様子を確認した。ナットという男は異界種にだいぶ押されているように見える。その証拠にナットは身体中から出血をしている。
異界種は素早いナットの動きに翻弄されてはいるが、やられっぱなしというわけでもない。
その巨大な前足でナットの体を塔の壁におもいっきり叩きつけた。ナットの体は塔の壁に張り付き、ペシャンコに成り果てている。ピクリとも動かないことから、ナットが死亡していることがわかった。その残酷な死に際にライは同情したが、ナットの闘いはそれで終わりではなかった。
どういうわけか、ペシャンコになったはずの体が直り始めている。潰れた腕と足は元の大きさに戻り、今までおっていた出血すらも綺麗さっぱりなくなっている。
ナットは自身の力を確認するかのように、手のひらを閉会されると、また異界種に持っていた黒剣を構えながら、堂々と立ち向かっていく。ナットは微かに笑みを浮かべていた。
その異様すぎる光景にライは微かな恐怖を覚えた。殺しても死なない人間。言葉自体はライだって知っている。ただ、その言葉に該当する人間がこの世にいることを認めたくないだけだ。しかし実際に目にしてしまったら、確信せざるを得ない。あれは……。
「不老不死……。あいつは何者だ?」
そう断定するのが正しいのだろう。それを聞いてルカは頷いた。
「この塔の最上階に囚われていた人物ですよ。条件付きで協力してもらっているんです」
「その条件っていうのはなんだ?」
「言えません。心配しなくても、私たちに害をなすものではありません」
「信じていいんだよな?」
「嘘をつく理由がありません」
ルカはプイッと顔を背け、話す気はないとの意思表明をした。ルカは昔から意思がかなり強く、こうと決めたことはライが何を言おうが、変えてくれない。
今回もそれは同じで、ライが何を言ったところで条件の内容は話してくれないだろう。あの男を協力させた条件は大いに気になるのだが、ルカが話さないと言っている以上、諦めるしかない。
「そういえばカイはどこだ?」
「カイならどこかに連れて行かれました」
「間に合わなかったのか。また厄介なことになったな」
ルカが無事なのを確認できたことはいいとして、カイのことはどうしたらいいものか。どこにいったのかわからない以上、探しようがない。頭を抱えるライを隣で見ていたルカは口を開いた。
「カイなら大丈夫ですよ。いつだって戻ってきたじゃないですか」
「そうだったな。悩んでも仕方がないか」
カイは幼い頃から、ヒョイっといなくなってはヒョイっと戻ってくる子だった。今回もそうであると信じたい。
「もうすぐ決着がつきそうですよ」
「……」
ナットは手に持っている黒剣を両手に構えたまま、異界種の体の中に入り込み、内部から体を引き裂いていく。辺りに大量の血が飛び散り、異界種は絶叫を上げた。
「ブフフフォォー!!」
内部の肉を切り刻まれた異界種はこと切れたのか、その場に倒れ込んだ。白目を向いたまま異界種は動かない。完全に死んでいる。ナットは異界種の体から身をよじるように出てきた。返り血がすごく、元の髪の色がわからないほど赤く染まっている。
ナットは剣を握ったまま、ライたちがいる方角に向かってジャンプしてきた。たった一回の跳躍だけで数十メートルを跳べるナットの実力にライは驚く。ライはルカの前に立ち塞がり、血だらけのナットを警戒した。だからこそ次の彼の態度には驚くべきものがあった。
「やぁ! 君がルカちゃんとカイくんのお兄さんかな?」
「え、えっとそうだけど」
「僕の名前はナット。今日から君たちの旅についていくことにしたから、よろしく!」
「え、ええええーー!!」
予想外の発言にライは腰を抜かすこととなった。




