悪意ある攻撃
「今の音、どうやら片付けたようですね」
ルカは走りながら、背後から聞こえた爆発音を聞いていた。青白い光の激しい爆発。間違いなく兄がアイシェリカという騎士団員を仕留めた証拠だ。
「こちらも役割を全うしなくては……」
ルカはもう死の監獄の手前まで来ていた。遠目から見ても巨大という印象を抱いたが、近くで見るとその荘厳さに心を奪われる。かなり大きな建造物だ。全身を頑丈そうな黒い鉱物で覆われており、大きな地震がきてもびくともしないのだろう。
塔の入り口には見張りの男が二人配置されていた。見た感じそこまで腕が立つようでもなさそうだ。兄のライも急いでこちらに駆けつけているのだろうが、恐らく間に合わないだろう。ルカは見張りの目を避け、岩陰に隠れた。
余程の手誰でなければ、ルカの速さを目で捉えることはできない。案の定、見張りは疑いこそはすれど、こちらに確認に来る様子もなかった。それよりも二人は青い爆発に気を取られているらしい。
「なあ? あの爆発なんだったんだ?」
「凄い音だったよな。アイシェリカ様はご無事だろうか?」
「無事に決まってんだろ? なんせ、アイシェリカ様だぜ!」
「そうだな。実力はピカイチだからな。心配するまでもなかったか!」
どうやら今の会話を聞くに、アイシェリカとやらはだいぶ仲間から信頼されているらしい。周囲からの悪い噂が絶えなかったので、うっかり勘違いをしていた。
王族としての評価はあまり良くないようだが、騎士団員としての実力は周りから強く認められているらしい。かといって今は、くだらないことに耳を傾けている場合ではない。一刻もはやく、弟のカイを助け出さなくてはならない。それには……。
「あの者たちが、邪魔ですね」
ルカは地面に両手をつけると入り口で見張りをしている二人の足元に蟻地獄を発動させた。ルカの想定していた通り、いきなり足元にあらわれた蟻地獄に巻き込まれた二人はパニックに陥る。
「うわあぁーー!! なんだこれ?!」
「蟻地獄?! なんでいきなり!!」
「サンドストーム」
ルカが二人に聞こえないように小声で言うと同時に、蟻地獄は二人を地面に引き摺り込んでいく。どこにいくのかはルカ自身も知らないし、興味もない。
巻き込まれた二人は懸命に悶えていたが、その努力も虚しく地面の中に引き摺り込まれていった。これは予想でしかないが、恐らく地面の肥料になるのだろう。
「門には誰もいなくなりましたね」
ルカは誰もいなくなった門の前に立つと、門をゆっくりと手で撫でた。ルカが頭の中で念じると、黒く光り輝く門はあっという間に粉々に分解される。パラパラと数千のかけらになった黒いかけらが地面に音もなく散らばった。ルカはそれに目もくれず、塔の内部に目をさまよわした。
「カイの居場所は一番上でしょうか?」
普通の監獄なら地下に罪人を幽閉するのだが、死の監獄は塔のせいもあり、違う。罪の重いものが最上階に幽閉されるのだ。
「私たちは破滅の三子。当然一番、上である可能性が高いですね」
ルカは地面を軽く蹴ると、塔の中にそびえる真ん中の大きな円柱の側面を走っていく。こうすれば速く最上階に辿り着けるだろう。階段は螺旋状になっているので、地道にのぼれば時間が余計にかかってしまう。
牢は塔の壁の中に無数にめり込まれており、さまざまな犯罪者で溢れていた。一応、走りながら全てに目を凝らしてみるが、カイの姿は見られない。
人間や亜人などの犯罪者はルカに向かって手を伸ばしてくる。助けて欲しいのだろう。しかしルカはそれを無視する。冤罪の者も中にはいるかもしれないが、殆どが実際に犯罪を犯しているのだろう。
そんな者たちに手を差し伸べるほどの優しさなどルカは持ち合わせていなかった。ルカは塔の最上階まで全速力で駆け抜けようとした。その時だ。
「残念だったね」
いきなり前に出現した何者かによってルカは思いっきり腹を蹴り飛ばされ、塔の一番下まで激しい音を立てて落下した。ルカはぶつけた背中をさすりながら、自身を蹴り飛ばし、地面に着地した人物を睨みつけた。
「もう少しだったのにね。可哀想に……」
「姉ちゃん!!」
「カイ……!」
目の前にいきなり出現した男の正体はフーラの家でカイを攫っていた金髪の痩せ細った男だった。片腕で鎖に縛り付けられたカイを持ち上げており、あいからわず余裕そうな笑みを浮かべている。
「おっと、姉弟の感動の再会に水を刺してしまったようだ。もっともあれから数時間しか経っていないけどね」
「姉ちゃん、逃げて! こいつは危険なんだ!」
「うるさいよ、君」
「うわーー!!」
金髪の男が拳を握ると、カイの鎖が強く締め付けられた。鎖は深く肉に食い込んで出血までしている。弟をあんな風にされて黙ってみていられるはずもなかった。
「カイ、今すぐ能力を使うんです! そうすれば……」
「む、無理だよ。ここは海から遠く離れてるし、関係のない人も巻き込んじゃう……」
「何を甘いことを言ってるんですか!」
カイはルカの言葉におどおどとしながら答える。そのカイの考えを聞かされ、ルカは困惑した。
今は自分が命の危機に立たされているのだ。そんな時に、なぜ人の命の安否まで考えることができるのか、ルカは理解に苦しんだ。今、兄はここにはいないが恐らく兄もルカと同じことを思うだろう。
カイの意思を隣で聞いていた男は満足そうに頷いた。
「他人を巻き込まない。カイ、君はやはり優しい子だ。君もそうは思わないかい?」
「あいにく名前も知らない相手と会話はしたくはありません」
あくまで友好的な話し方を貫く、男に対しルカは対話を拒否した。彼のペースに巻き込まれては、駄目だ。それを聞いて男は残念そうに肩をすくめた。
「おっと、これはすまなかった。けれど、僕も君の名前を教えてもらってないよ」
「フーラの家での会話を聞いているなら、私たちの名前も把握しているのでしょう? それとも数時間前のことも思い出せないんですか?」
「……君、生意気だね。いいよ、教えてあげる、ルカ。僕の名前はクリスフォール・イゾルテ。これから死ぬ君に名前を教えても無駄だろうけどね」
クリスフォールはいきなり手のひらをこちらに向けると、ブツブツと何かを呟いた。小さすぎて何を言っているのかはよく聞き取れない。クリスフォールが何かを言い終わった直後、ルカの目の前に巨大な異界種が出現した。
「異界種……。こことは違う別世界からきた怪物。実際に見るのは始めてです」
ルカは目の前に出現した異界種をジロジロと見た。体はまるで染められたような強いピンク色。豚と牛を掛け合わせたような異様な姿。頭の上に生えた真っ白い二本の角がよく目立っている。赤く血走っている目はどうみてもこちらを殺そうとしている。
「じゃあせいぜい足掻いてみてね」
「姉ちゃんーー!!」
クリスフォールはその言葉を最後にその場からカイを連れて消え去った。
「クリスフォールの能力は瞬間移動といったところですか……」
騎士団員はある程度の実力が認められると、神からひとつだけ能力を授かるという。あの男が神からさすがったものは瞬間移動の能力なのだろう。
「しかし、異界種を呼び出せたのはなぜでしょうか? 能力を二つ持つことは事実上不可能なはず……」
「ブフフオオオォォーー!!」
「どうやら考える暇は与えないようですね」
異界種がルカに向かってその巨大な前足を振り上げてくる。ルカはそれを後ろに飛びずさって避けると、先程分解した門の黒い鉱物のかけらを引き寄せた。
「無事ですまないのはあなたの方ですよ」
ルカはかけらから黒く光る長剣を創り出すと、異界種に向かって構えた。




