他人の幸福何の味?
白い家具でシックに統一された、人形とか、かわいいものとか置かれていない、無印チックな部屋の中でのこと。
白い低い机に向かい合う二つの人影。
「たけしのヤツ、今日も逃げやがった!」
あぐらをかくように座る、制服の上からも分かるような全身筋肉質な金髪碧眼の、白い肌の女が、愚痴る。
「やめましょうよ……キューレちゃん……」
ちっこくて、お人形さんみたいなお姫様みたいな黒髪の、日焼けした肌の女の子が、そんな彼女を宥めようとする。同じ色、種類の制服を着ている。それは年の差なんてない、同級生の証。
「だってさぁぁ……絶ぇぇっ対にわざとじゃんかぁぁ……」
今度はがっくりとした調子。表情豊かで忙しいものだ。疲れないのだろうか。
「キューレちゃん……がっつきすぎだよ……。たけし君じゃなかったら、ホントに逃げてしまってると思う……」
「雛子ぉぉ……」
と、情けなく机につっぷして、催促してくる。
そんな人なつっこい大型犬みたいな彼女ことキューレの頭を、雛子は撫でる。癖っ毛でありながらしなやかなその髪の毛は何だかもこもこしていて、撫で心地が良いのである。
「どうやったら、たけしをオとせる……?」
何かとても肉食なことを口にする友人に、呆れる雛子。
「野獣になるのやめようよ……」
とても、女の子相手のアドバイスではない。
「知ってるか? 雛子。待ってるだけのヤツは報われねぇんだよ!」
そう、がつん、と机をたたくと、罅割れる音がした。暴力的な胸部が揺れるのも相まって、雛子は沸騰した。
「何やってんのかな? キューレちゃん」
貼りつけたような笑顔でありながら、ぴきぴきと怒りシワが入った顔。ドスの効いた声。
青褪めて、キューレはすぐさま、全自動連続土下座機になった。
窓は開け放っているのに、木工用ボンドと木の臭いが強く漂う。
雛子は、キューレに指示し、罅の入った箇所をヤスリで削らせ、その粉である木屑を集めさせ、木工用ボンドと木屑をヘラで混ぜさせ、作った木屑パテで罅割れを穴に変えた箇所を、埋め立てたのだ。ちょっと凹んではいるがそこは妥協して。白い絵の具を塗るのは固まってだし、時間が空いたからと、本来本題であった話に立ち戻る。
「キューレちゃんさ。そのナリだけど日本生まれ日本育ちじゃん。分からないハズ無いよね? そのやり方で上手くいくの、ギャクマンガの世界だけだよ?」
「そんなこと言ったって……」
「何でそこで乙女ぶるの! 照れ隠しに見える訳ないでしょ! そんなの」
酷い遣り取り。だけど、いつもの遣り取り。
「キューレちゃん。もうそろそろマズいよ? 本当に。これ言うつもりなかったんだけどさ。この一週間でたけし君さ、三人、振ってる」
「どど……、どゆことっ!」
と、困惑から振り下ろされたキューレの拳は、修理したての机に到達する前に、身を乗り出した雛子の机越しの払い退けで、止められた。
「どうもこうもないって。たけし君。モテ始めたんだよ。凄い勢いで。今は物好きだけだけどさ。綺麗どころとか人気者とかもアプローチ掛け始めてるから」
「え"っ……?」
「たけし君ってさ。わたし並に美形で可愛いらしいじゃない。それに、気が回るし、誕生日みんなの憶えてて贈り物してくれるし、部活動での大会での活躍とかどこから聞きつけたのか祝ってくれるし、バレンタインとかみんなに逆チョコしてくれたり。誰か凹んでたりしたら真っ先に気づいて話聞いてくれたり、励ましてくれたりするじゃない」
「雛子も……?」
「キューレちゃん?」
笑顔のまま、凄んだ。
それでも、いつもとは違って退かない辺り、伝えた事実は、結構心にくるものであったらしい。
「わたしには、さ。怖がったり、かしこまったりしない人じゃないと駄目だから。最低、それ位はできないと、御父様や御母様に会わせられないから」
その表情を見て、思わずキューレは顔を背けた。過去に何か何度かあったのだろうという雰囲気が瘴気のように禍々《まがまが》しく出ていた気がしたから。
「ぉぉ、ごほんごほん! えっとねぇ。キューレちゃん」
と、声色をいつもの調子に直して、雛子がこの面倒な話を締めに掛かる。
「?」
相変わらずの察しの悪さのキューレ。
だから、ちょっとイラっとして、雛子は繕うことなく、逃げ場のない解決策を口にした。
これまではずっとぼかし続けてたけど、流石にそれじゃあ駄目そうだなというのもあったし、何より、先週の件に続いて、昨日目撃したたけし君が告白される様子とその相手のレベルと重さがどんどん上がっていっていることに気づいてしまって、本当にキューレの負けが現実的に見え始めてきていたから。
「普通に告白しなさいな。逃げられないように角っこに追いやるとかでもなくて。呼び出しても駄目だろうから、恥ずかしいかもしれないけど、普通にみんないる中で告白すればいいの。『たけし君。好きです、わたしと付き合ってください』って」
「……」
「勘違いの余地が無いように名指しするのよ。周りの人が、たけし君の逃げ道は塞いでくれるでしょう。後はキューレちゃんが逃げなければ大丈夫だから。あぁ。そんな真っ赤になって。しょうがないんだから。決めたげる。明日、告白しなさいな。お昼前までにね」
「えええ……。無理ぃぃ……」
「キューレちゃんはやればできる子!」
「……。そう……?」
「覚悟決めるだけの時間はあげたでしょ? 今すぐ告白しに行けって言ってる訳じゃあないんだから」
「……」
「とられるよ?」
「……。やる……」
「絶対に?」
「絶対に!」
「じゃあ、帰って明日に備えて。塗りはやっとくからもういいよ」
と、自身の部屋から追い出して、帰らせた。
日が落ちて、冷たい風が吹く。
白いペンキを、パテ埋めした部分に筆でのんびり塗りたくりながら、自室で一人、雛子は思う。
結果は分かりきってるから、失敗の心配はしなくてもいいけど、また別の方向での気苦労がつきまとうことになるんだろうな、と。生娘の身で元気になる薬(意味深)を調べるなんてやりたくないけれど……、やらないといけないのでしょうね……。
「はぁ……。疲れを癒してくれる恋人までとはいかなくても、愚痴を聞いてくれる友人の一人くらい、欲しいものだわ」
そう雛子は、哀しく愚痴るのだった。
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