願い事の代償、或いは大小
木枯らしが吹いていた。そこは酷く乾燥した土地で、近くの川まで1時間は掛かる。唯一の井戸は古びている事が遠めに見ても分かる有様で、少しばかりの泥水を供給するのみであった。
そこに一人の少年が住んでいた。服はボロボロで、手足は土で汚れている。腕や脚には擦過痕や打撲痕がむき出しで現れていた。彼はホームレスだ。家という概念を知らない。
家族はいる。先程彼は、行ってきますの挨拶をした。そこにある白い固形物の集合体が、彼の両親の成れの果てである事はもう彼しか知らない。
彼の日課はこうだ。日が出る前に出発し、辿り着いた土地で人工物に囲まれた見慣れない緑あるいは見慣れた茶色のお世話をし、日が沈んだ後に帰る。はあぶと呼ぶ代物らしい、彼が知っている事はただそれだけだ。
余りにルーティーンとして確立されていたので、彼は地面も何も見ずに労働に向かう最中だった。だから彼は小石に気付かず、そして大げさにも見える動きで転倒した。掌を擦り剥き、血が地面にしみ込んだ。
それが原因だったのだろう。顔を上げた彼が見たのは、明らかに人間とは違う何かだった。
『随分とみすぼらしい小僧だな。まあいい』
それは口を動かしているが、一方で口から音声を発していない。
『いいか?偶然ここに、俺様を召喚する紋様が形成されていた。偶然ここに、お前の血が流れた。つまり、お前は俺様の召喚主となってしまった訳だ。因みに、取り消しは出来ない』
非現実的な出来事を前に、彼はいつも通り終始無言であった。
『悪魔が何か知ってるか?お前の願い事を何でも3つ叶えてやる。その代わり、3つ叶ったらお前の魂を頂戴する。さあ、早く願い事を言え。俺様は久しぶりの食事に舌鼓を打っているんだ』
そこでようやく、彼の肩が揺れた。彼はこういう時、『願い事を4つにしてくれ』といった決まり文句を知らない。そればかりか、本当に何も知らなかった。
長いこと口を噤んだ末、彼は徐に言葉を発した。彼の人生でかなり久しぶりの出来事だった。
「……ない」
『おいおい、俺様の話を聞いたのか?契約は解除出来ない』
「願い事って、なに」
『……』
今度は悪魔を名乗る超現実的存在が、口に見える何かを噤んだ。
『定義を尋ねるのは、実に正しい行為だ。願い事とは、こうだったらいいなとか、こうなれたらいいなとか、そういった思いの事だな。因みにどのような願い事を一つと換算するかは、この教典に厳密に記述してあるが、まあお前には関係のない事だ』
意地悪気に少年の顔を観察する存在と裏腹に、彼は平常であった。
「ない……どうでもいい」
『いいのか?親に会いたいとは?二度と仕事をしたくないとは?美味しいものをたらふく食べたいとは?何にも思わないのか?』
「……」
無言が肯定を表していた。
『そうかそうか。それじゃあ、こうしよう』
人間ではないものは、教典を開いて何かを語り始めた。
元来、悪魔にとって人間とは家畜の様な存在である。だが悪魔も、人間を家畜なりに大切に扱う。
例えばこの、願い事を何でも3つ叶えてくれる話だが、これは悪魔が契約主を占う試金石の役割を果たしている。悪魔は彼等の欲望を聞き、その大きさや質を知るのだ。
家畜をランク付けする理由は、いつまで育ててやるかの目安になるからである。たっぷり欲望を満たした魂は、非常に美味なのだ。だから願い事を叶えるという形で、育てるのだ。
言い換えるならば、願い事が3つもある上質な餌だからこそ、それを叶えるまで魂を喰らうのを待ってやるのだ。
つまり……
木枯らしが吹いていた。そこは酷く乾燥した土地で、近くの川まで1時間は掛かる。唯一の井戸は古びている事が遠めに見ても分かる有様で、少しばかりの泥水を供給するのみであった。
そこに一人の少年が倒れていた。服はボロボロで、手足は土で汚れている。腕や脚には擦過痕や打撲痕がむき出しで現れていた。彼はホームレスだ。家という概念を知らない。
家族はいる。先程彼は、家族のいる丁度その場所に倒れ伏した。そこにある白い固形物の集合体が、彼の両親の成れの果てである事はもう悪魔しか知らない。
『不味いな……。本当に、何もなかったのか』
誰にも聞こえない、声を模した何かが響いた。
『こんな人生では、とても辛かっただろう。さらば、小僧』
悪魔……もとい、堕天使はその言葉を残し、何処かへと旅立っていった。
【END】
久しぶりに投稿しました。Latticiaです。毎度、ご高覧有難う御座います。
これで3作目ですが、今のところ私の作品はどれも死に関連のあるものになってしまっています。どうもこのテーマについて真剣に考える必要があるみたいです。
ところでこの作品、一応死に触れているので『ホラー』のタグを付けましたが、本当はどんなジャンルというべきなのでしょうか……
感想・評価で作者が有難がります。宜しくお願いします。




