⑧中学生になって
卒業式から三週間後、私達は、晴れて中学生になった。
天野くんは隣県の公立中に、莉伊那と和田くんは私立中に、そして私と麻香とわたるんは地元の公立中に入った。
「俺だけ、男一人ぼっちか……」
授業初日の朝、クラス分けの掲示板のところに三人で集まっていると、わたるんがそんなことを言った。
「何言ってんの!
めちゃくちゃ知り合いだらけなのにっ」
呆れ顔の麻香が言うと、
「わたるん、ここにいたんかーー。
クラス一緒になった、よろしくな!」
早速複数人の男子集団が近づいてきて、さらわれていった。
私と麻香は、小さく笑った。
地元公立中学組は同小の子がかなりいるので、友達作りに苦労することは少なかった。
天野くんや莉伊那達は、もっと違う刺激を受けているんだろうなーー。
ちょうど一年前、天野くんが転校してきたことをふと思い出して、小学校時代がすごく遠く感じられた。
「じゃあ沙良、またね!」
「うん、またね」
私達は始業に合わせて、それぞれの教室に入っていった。
それからまた時が進んで、5月連休。
SYDの三人が、再び集結した。
「いらっしゃい、二人とも元気そうでなにより!」
莉伊那の相変わらずの明るい声が、出迎えてくれる。
「莉伊那もね!
和田くんとは、同じクラス?」
「残念ながら、違うクラスよ。
でも塾が同じだから、お互いのことよく話してるわ」
「そうなんだ。
クラスの方はどう?」
「順調よ!
クラス委員にも立候補してなったし、積極的に社交してるわ。
小学校の時よりも、友達が増えたの」
そう答える彼女は、本当に充実しているようだった。
彼女には、とても合った環境かもしれない。
「二人は、同じクラス?
わたるんは?」
「うーーん、私達は隣のクラス。
わたるんとも別々。
でも知り合いもいるから、同小中心に、少しずつ仲良くなれているかな」
「その代わり、部活は同じにしようって二人で話してる。
今はどこに見学に行くか、相談中、だね」
「それはいいわね。
うまくいってるようで、よかった」
三人はそれぞれ、近況を語り合った。
「あのね、沙良。
実は、ずっと気になってたんだけど……」
麻香と莉伊那が、妙に真顔になって尋ねてきた。
「卒業式の、天野くんへの手紙」
二人に言われて、私も久しぶりに思い出した。
「ああ、あれね……」
「プライベートに踏み込み過ぎるのはよくないってわかってるんだけど」
「言える範囲でいいから、聞きたい!」
丁寧に言葉を選びながら、うずうずを抑えきれないのがわかる。
「二人だけの秘密ーー。
なんてできないよね、あんなみんなのいる前で」
私はおどけて言った。
「最後にあんなサプライズするなんて、もったいぶり過ぎ!」
「他人事なのに、ずっとモヤモヤしちゃったわよ」
二人は、興奮気味に乗り出してきた。
私は観念して話し出した。
「莉伊那じゃないけど、最後、どうしても天野くんになにか思いを伝えたかったんだ。
結局卒業式までなにもできなくて、呼び出して二人きりでってのもなんか重いし、じゃあもうノリでその場でやっちゃえ、って思って」
「で、なんて伝えたの!?」
やっぱり、内容気になるよね。
「一年間一緒に過ごせて楽しかったよ、ありがとうって。
それから、嫌じゃなかったら、中学生になってからの天野くんの学校生活の近況、教えてほしいって」
「えぇーー、沙良、積極的じゃん!!
もう一ヶ月経つけど、返事あったの??」
「ううん、なんにも」
私がそう言うと、二人は若干肩を落とした。
「でも、今連休中だから、休み明けに届くかもしれない」
「そうねーー。
来るかもしれないし、来ないかもしれない。
天野くんは向こうの学校に慣れるのに一生懸命だと思うし、便りがないのも答えだと思うよ」
残念そうな顔をする麻香と、共感の笑みを浮かべる莉伊那。
「沙良、すごい。
大人の階段、上ったね」
莉伊那に言われて、私はなぜか、涙がこぼれてしまった。
「沙良、がんばったーー!
すごい思ってたんだねぇ」
麻香にハグされて、私は涙が止まらなくなってしまい、蓋を閉めて思い出にしていた気持ちが溢れて、泣き笑いの情けない顔になってしまった。
二人が背中に触れて、私に寄り添ってくれる。
恋してよかった。
友達との情も、強くなった。
「今日みたいに、また集まって話したいわ。
SYDは、現役続行でいきましょう」
莉伊那の言葉に、麻香と私は強く頷いた。
「これからも、よろしくねっ!」
それから、一ヶ月。
麻香と同じ部活が決まって、慣れない練習に毎日くたくたになって帰宅していたある日。
お母さんから、私宛の手紙が渡された。
「その宛名、沙良の字っぽいんだけど??」
私はそれを受け取ると同時に、部屋に駆け込んだ。
天野くんからの手紙だ!!
手渡した手紙に、自分の住所と名前を書いて切手を貼った封筒を入れて、返事を出す準備まで整えていた。
本気過ぎて、引かれるのも承知で。
中には、ルーズリーフに書かれた一枚の手紙が入っていた。
「元気ですか?
俺の方は、父さんと母さんと一年ぶりに三人暮らしに戻って、やっと前みたいな生活が戻ってきた感じ。
中学も新しい環境で時間はかかるけど、何人か話す人もできて、少しずつ慣れてきたよ。
部活は、まだ考えてる。
運動は好きだけど、文化部もいいなって迷ってる。
あ、俺、地元の水泳教室に入った!
小学生に交じって、泳ぎの練習してる。
目標は、四種類の泳法をマスターすること。
みんなは元気かな。
福本さんの中学校生活も、よかったら教えて。
天野恵」
手紙の他に、切手の貼られた、彼の宛名と住所が書かれた封筒が入っていた。
うれしくてうれしくて、喜びが止まらなかった。
部活疲れもふき飛んで、どんな便箋にしよう、何色のペンで書こう、書きたいことがあり過ぎてどうしよう、彼への手紙のことで頭がいっぱいになってしまった。
「沙良?
夜ご飯、食べるわよ」
お母さんがそう言って、ドアをノックした。
いけない、そうだった。
私は慌てて手紙を机の引き出しの中にしまって、部屋を出た。
頭の中は、天野くんへの手紙のことでいっぱい。
私からの手紙は、きっと重量オーバーしてしまう……。
そうしたら、きちんと重さを測って、料金不足にならないようにしよう!
いつもと違った感じをお母さんに気づかれないようにしながら、幸せ過ぎて、たくさん夜ご飯を食べてしまった私だった。