④男女六人修学旅行
夏休みも終わってすぐの、9月始め。
今月末に迫った、修学旅行の行動班を決める時間になった。
浮足立つみんなに、森健先生は落ち着いて言った。
「行動班は基本自由なんで、交渉して決めて下さい。
男女で六~八人程度、折り合いがつかない場合は先生が調整します。
では始めて下さい」
途端に、ガヤガヤ騒がしくなったけど、みんな夏休みまでにあらかじめ話をつけていたのか、5分くらいで決まった。
「おお、早いな~~、さすが、6年1組!」
先生は感心しながら、できた班を一つ一つ確認していった。
「六人、六人、七人、八人。
男女も混合だし、大丈夫そうだな」
先生のOKが出るまでは、ドキドキが止まらなかった。
夏休みの宿題会で同じ行動班になりたいって願って、私から天野くん、麻香からわたるん、莉伊那から和田くん、それとなく伝えてきたから、改めて呼びかけなくても共通認識みたいに組んでもらえた。
「じゃあ、班に分かれて、修学旅行のしおりを確認しまーーす」
二泊三日の予定が書かれた分厚いしおりを、先生が読む通りに確認していく。
自由行動は三日目の午前と昼だけ。
それでも、見学も移動も基本行動班だから、同じ班になるっていうのが、一番重要なことだった。
「莉伊那、よかったね!」
「うん、ありがとう」
修旅のミーティングが終わって、麻香は莉伊那に駆け寄って言った。
「旅行の前に、SYDで集まろっか?」
私がそう言うと、彼女は首を横に振った。
「大丈夫かな。
でも、ーー」
彼女は宙を見上げて、顔を赤くした。
「天野くんと二人きりになる時間が、ちょっとだけ欲しいんだ。
三日目に早めのお昼を食べて、その後二人でお土産を一緒に見たいかなって」
「もう、しっかり計画してるじゃない」
「どうやって誘うの?」
「そうね……。
古典的な方法だけど、食事した店に忘れ物したとか言って、取りに行くのに同行してもらって、その流れで二人きりのお土産タイムに持ち込むわ」
「策士だなぁ」
「天野くん推しの集大成だから、やるわ。
わたるんと和田くんの前でその流れを作るお手伝いを、二人とも、よろしくお願いします」
彼女の申し出に、二人はしっかりと頷いた。
「リーダーの晴れ舞台、成功させるからね」
そして、待ちに待った旅行の日。
前日までのワクワクが嘘みたいに、時間があっという間に過ぎていく。
空港、美術館、タワー。
人も建物もたくさん、ガイドさんや先生について、友達を見失わないようにしながら、行動班毎の見学が次々に消化されていった。
「友達と来るのって、いいわね」
「松林、慣れてるな!
俺全部初めてで、ドキドキワクワクしっぱなし」
わたるんは興奮冷めやらぬ感じだった。
「僕も初めてだよ。
百聞は一見に如かず、体験するっていいね」
和田くんは知識欲を満たしながら、冷静に体感分析してるみたい。
これまでの遠足や宿泊学習を踏まえた、集大成の行事。
あくまでも社会勉強なんだけど、友達と経験を共有できるって、やっぱりとっても楽しい。
きらきらした宝石みたいな時間だった。
いよいよ最終日。
午前から昼食込みで、13時まで行動班の自由行動。
私達の班は事前の計画で、大型ショッピングモールへ行って土産を含む買い物をする予定になっていた。
「繁華街とか、若者の街に行ってみたかったなぁーー」
わたるんが、ぶつぶつ言っている。
「みんなで計画したでしょう?
個人的な観光は、別の機会にお願いね」
莉伊那がたしなめる。
正論言ってる彼女も、超個人的な目的なんだけどね……。
私は心の中でそっと笑った。
「わたるん、人気アニメコラボ展、上の階でやってるってよ?」
麻香がすかさず、彼の興味を引く看板を見つけた。
「マジ!?
ツイてるーー!
恵、早速行こうぜ!?」
「おもしろそうだね」
二人は早くも、その方向に歩き出した。
「11時に、一階のカフェでランチだからねーー!」
麻香が大声で念押しした。
「あ、和田くん、一緒に行かなくて大丈夫?」
男子一人になっちゃったと思って、私は声をかけた。
「うん、僕多分、一緒に楽しめないやつだと思うから。
松林さん、店とかいろいろ詳しいよね?
僕に案内してくれない?」
「喜んで。
何が見たい?」
「服。
母親以外、異性と一緒に見たことなくってさ。
女子目線で、助言お願いします」
「責任重大だけど、私でよければお手伝いするわ!
じゃあ行きましょっ。
二人とも、また後でね」
二人は連れ立って、メンズファッションのエリアに消えて行った。
「和田くんて、ブレがないよね」
「それに、莉伊那にも積極的だし。
二人とも計算がすごいというか、通じるところあるね」
当の本人よりも、私や麻香の方が明らかに緊張していた。
「私達も、旅行の最後を楽しまなくっちゃ!」
「そうだね。
私、あの雑貨屋さん、見たいんだ」
「私は近くの服屋さん!
じゃあ、順番に見て回ろうよっ」
いつもの調子に戻って、私と麻香は二人してガールズコーナーへ繰り出した。
11時、昼食の時間。
和田くんと莉伊那は時間前にいて、次に私と麻香が合流すると、向こうからわたるんと天野くんもやってきた。
「何が食べたい?」って聞いても、みんな見事にバラバラなので、結局チェーンのファミレスになった。
「旅行に来ても、店は全国展開って」
わたるんはおもしろくなさそうに言った。
「どこでもみんなが好きなものを食べられるなんて、素晴らしいことよ。
ご当地グルメを選んだ班は、店に行くだけで時間がかかっていたわ」
莉伊那が諭した。
そう、自由時間は短いから、いろいろ試す選択肢はないのだった。
そうこうするうちに注文の品が運ばれ、食べ出すと、満腹のわたるんはもうすっかり満足になっていた。
「さっきの俺は間違ってた。
やっぱファミレス最高!」
「ほんとお調子者なんだから」
麻香はやれやれという感じで言った。
「もう、終わっちゃうよ~~」
「大人になったら、もっと来られるじゃない?」
「楽しいけど、ちょっと疲れた。
情報と刺激が多い」
「僕もこれくらいでいいな。
落ち着いたら、また少しだけ来たいかな」
みんなそれぞれ、感想が出てくる。
「天野くんは?」
「うん、楽しかった。
みんなと来られて、ほんとよかった」
日は浅いけど、彼もクラスに馴染んでいるのが感じられて、こっちまで嬉しくなる。
莉伊那が時計を見て、切り出した。
「12時過ぎたから、そろそろ行きましょう」
各自食事代を支払い、六人は店を後にした。
5分くらい歩いただろうか、莉伊那が立ち止まって言った。
「ごめんなさい、さっきのファミレスに買った物置いてきちゃった!
急いで取りに行ってくるわ。
あ、天野くん、一緒に来てくれない?」
長々と、でも自然体を装った彼女の発言だった。
和田くんが、えっとなにか言いたげなそぶりをしたけど、莉伊那の懇願するような視線に、天野くんも只事ではないと察して反応した。
「うん、忘れ物取りに行かないとね」
「じゃあ、二人に任せて、私達は先に駅で切符を買って待ってよう!」
麻香がそう続けると、そうだなって感じで男子二人も納得した様子だったので、ここで二組は別行動となった。
なんとかうまくいったーー!
少しほっとしながら、後は莉伊那がんばれと心の中で念じて、四人は先に行った。
それから15分、二人が後からやってきた。
「お待たせしてごめんなさい!」
彼女は頬を紅潮させて言った。
「これ、お詫びのお菓子、一つずつもらって?」
莉伊那は小さなチョコ菓子を配った。
「あれ、さっきの店で買ったやつ?」
天野くんが驚いて言った。
「うん、一度食べてみたかったの。
でもみんなにも迷惑かけたから、納めて下さい」
「ラッキー!」
わたるんは待っていたことも忘れて喜んだ。
莉伊那らしいな。
私達はそれを受け取って、電車に乗って集合場所へ向かった。
帰りの新幹線で、私はさっきもらったチョコ一つを、おやつに食べた。
濃厚ななかにも甘やかさとほろ苦さがあって、ちょっぴり大人になったような気がした。
楽しくてドキドキな修学旅行も無事に終わって二週間、短い秋休みに予定を合わせて、私の部屋で三回目のSYDミーティングが開かれた。
「半年間、お疲れ様!」
莉伊那リーダーの天野くん推しも無事卒業(?)して、私達は一学期の活動終了を労った。
「あと半年で、6年生終わっちゃう~~」
「卒業したら離れちゃうし寂しい、中学もうまくいくか不安だよーー」
卒業までの残り時間が身近に迫り、感傷的な気分が漂っていた。
しばしの沈黙。
麻香と私は目を合わせて、莉伊那の方へ向き直った。
「ずーーっと気になってたの、あの時の二人のこと!」
「莉伊那もなんにも言ってこないし、嘘みたいに二人とも普段通りだしさぁ」
私達は堪えてきた本音を、思い切りぶつけた。
莉伊那は一瞬キョトンとしたけど、次の瞬間にはとても笑顔になって答えた。
「やましいことはなにもないわ。
一緒に忘れ物を取りに行って、通り掛けにあったチョコレートショップにつき合ってもらっただけだもの」
ーー確かに、彼女の言う通りだ。
「でも、区切りをつけるためのアクションみたいなものは、なかったの?」
彼女は焦らすように、ためてから言った。
「そうね、一緒に来てくれてありがとうとか、天野くんと一緒のクラスになれてよかったとか、お礼はしたわ」
「えーー、普通!!」
「私からしたら、二人きりになれて、偽りのない気持ちを伝えられたわ。
彼に想いを伝えるとか、もっと仲良くなりたいとか、そういう欲はないの。
素敵な思い出をありがとうって、ただただ感謝。
お互いにとって、いいクラスメイトでありたいから」
彼女は思っていることを、自信を持って述べた。
「そうだったんだーー。
私達、勝手に盛り上がり過ぎてた!
本当に、清らかな憧れだったんだねぇ」
「だけど、莉伊那の推し活も終わったとなると、SYDも解散ってこと?」
ふっと現れた考えに、私達は深刻になった。
でも次の瞬間、莉伊那が笑顔で言った。
「SYDは正式には、小6友愛days。
異性愛の対象はなくなっても、友達や親愛の関係も広く入るから、このまま続けてもいいんじゃないかしら?」
「だね!」
「SYDは活動続行!」
三人は嬉しくなって、改めて友情を確認した。
「なんなら、男子三人も入れちゃう?」
「いやでも、ガールズトークできなくなっちゃう」
「中学行ったら、CYDに進化するの?」
「そしたらその都度名称変わってくってことでしょ、めんどい」
そして相変わらずの、グダグダトーク。
私はふと、莉伊那が推し活を終えたタイミングで自分の気持ち打ち明けてみようか、一瞬迷った。
ーーーー。
やっぱりいいや。
莉伊那ほどの熱意もないし、今更言って気を遣わせたくない。
女子三人でいれば、男子三人とも仲良くなってまた集まることもあるかもしれないし。
淡く影響されやすいこの密かな恋心、自分の胸に大事にしまって温めていこう。