③夏だ、プールだ、宿題だ
運動会も終わって一ヶ月、今度は早くもプールの季節を迎えた。
しかしながら、丁度梅雨の時期と重なって、未だ入れないでいる。
期待すると肩すかしをくらってがっかりするので、ほぼやらないものと思って過ごしている。
「明日は入れっかな、プール!」
わたるんはわかりやすく、前日の帰りになるとそわそわした発言を繰り返した。
「俺、プールなくていいや」
天野くんは、よくそう答えていた。
「早く恵と、水着でぶつかり合いたいんだけどなーー」
わたるん、それセクハラだから!
二人のやりとりに、勝手にモヤモヤする私。
「俺、泳げないんだよ」
「陸の上は抜群なのにな。
でも、肉体美あんじゃん」
「色白だからさ……」
悩ましい会話。
このまま梅雨模様が続けば天野くんの水着姿は幻に、でもやっぱり、一回くらいちゃんと見てみたいーー。
すっきりしない天気と気持ちが続いていったが、夏休み前で終わるプールの最終日、私やわたるんの願いが届いたのか、朝からよく晴れて、6年生最初で最後のプールの時間がやってきた。
「いやったーーっ!!」
一ヶ月もの間待ちわびていたわたるんは、はしゃぎっぱなしだった。
「はしゃぎ過ぎ、安全第一だからね!?」
麻香もそう言いながら、嬉しさを隠せないでいた。
私だってそう。
今日この日をずっと待ってた。
6年最後にプールできないんじゃないかって、ほぼ諦めていたから。
それに、夏休みに天野くんと誘い合ってプール行けるほど親密じゃないから、公然と水着で過ごしてみたかったの。
私って結構、エロいのかも……?
「恵、こっち入れよーー」
わたるんが叫ぶ方を振り向くと、そこにはいつもと違って身をすくめながら恥ずかしそうにプールの隅っこに立つ天野くんの姿があった。
素敵な肉体を不健康気味に見せてしまうお腹と足の色白さが、腕と顔の日焼けと対照的にくっきりと目立った。
「恵、ほんとに白いのな」
「だろう?
小麦色のわたるんがうらやましいよ」
体育祭や体育でいつも目立つ存在の天野くんは、今日も違う意味で目立っていた。
6年生にもなると泳げる子がほとんどで、天野くんは莉伊那と共に少数の初心者活動の組に入ってがんばっていた。
「天野くん、本当に水泳苦手なんだねぇ。
莉伊那、今日は大接近だねーー」
麻香の反応に、私はとても嫉妬してしまった。
莉伊那、ときめいてるんだろうなーー。
私って欲張りだ、天野くんとプール入れただけでも奇跡なのに。
でも、色白だったり泳げなかったり、いつもの天野くんと正反対で、ギャップ萌え!
カッコいい天野くんも苦手があるんだってわかって、親近感があってさらに好感が持てちゃう。
恋心ってすごいな、莉伊那もきっと、きゅんきゅんしてるんだろうな~~。
そんなこと考えてる私とは対照的に、莉伊那や天野くん達は、真剣に練習していた。
「ねぇ、あれずっと泳いでるの、和田くんじゃない?」
隣の麻香が指さす方に、ゆっくりながらも延々と泳ぎ続ける和田くんの姿があった。
「和田くん、スイミングやってたって。
速くないけど、長く泳ぐのが得意みたいよ」
近くにいた速水さんが、教えてくれた。
意外だけど、なんか彼らしい。
「和田くんて、努力型だよね」
「大人になったら、すごい人になってそう」
今日のプールは、たった一回でもすごい意外性があって、刺激的だった。
プールが終わって、すぐに私達は夏休みに入った。
初日、三人は予定を合わせて、麻香の部屋で2回目のSYDミーティングを開いた。
「やっと、夏休みだ~~」
「一ヶ月はあるね、SYDとして、なんか企画する?」
「ごめんなさい、私は受験勉強があるから、勉強以外は遠慮させてもらうね」
「そっか、莉伊那は私立受験なんだよね。
じゃあ、一学期前半を振り返ってみますか?」
そんな感じで、天野くんが転校してきたこと、SYDを結成したこと、体育祭で練習して優勝できたこと、一回だけのプールですごくドキドキしたことなど、楽しく懐かしく、思い出し合った。
「もう、3分の1は終わっちゃったんだよねーー」
「夏休みもなんか集まれないかなぁ?」
せっかく始まったばかりの夏休み、私達はなんとか思い出を作りたかった。
「莉伊那、勉強ならいいんだよね?
なら、夏休みの宿題をみんなでするっていうのは、どう??」
私の提案に、麻香が乗ってきた。
「それいい!
宿題が早めに終わるし、いつも宿題ギリギリのわたるんを誘えば、天野くんも来てくれるかも」
「それは名案ね。
じゃあ、和田くんも誘っていいかしら?
塾が一緒になって、受験の話もしたいから」
「いいね、和田くんと莉伊那がいれば、わたるんや私達の宿題もすごいはかどるよっ」
三人は俄然盛り上がって、夏休みの中盤、お盆前の日曜日に予定を決めて、六人で夏休みの宿題をやろう会の企画を練った。
「おばさん、今日はお世話になります」
宿題会当日、会場のわたるん宅で、麻香が代表して挨拶した。
「いつもありがとうね、麻香ちゃん。
夕方までみんな出かけてるから、できるとこまでビシバシ、指導してちょうだい」
わたるんのお母さんはそう言って、出かけていった。
麻香がこの話をしたら、わたるんのお母さんが全面協力してくれて、場所とお昼まで提供してくれたようだ。
「せっかくの夏休みに、友達と勉強なんて……」
「いつも一週間前に慌ててやり出して、おばさんも大変なんだよ。
今年は計画的にやろう!
中学になったらもっとキツイから」
「じゃあ早速、始めましょう!」
六人はそれぞれ、夏休みの宿題や受験勉強の課題を出して、始めた。
「天野、どれやってんの?」
「国語と算数のワーク、もう少しで終わりそうだから。
わたるんは?」
「俺、書道と工作は終わった!
あとは、真っ白」
「それ、自慢するとこじゃないわよ。
今日はわたるんも、ワークできるとこまでやりましょ!
私も一緒にやるから」
「えぇ……。
気が進まないけど、お願いします」
一人だとやる気が出ない自覚はあるのか、彼はしぶしぶながらも一緒に解き始めた。
みんな意外と、真剣に取り組んでいた。
一時間くらい経った頃、和田くんが莉伊那に話しかけた。
「松林さん、僕と交代しよう。
国語のワーク、どこまで進んだ?」
「今、10ページ目」
「じゃあそこが終わったら、僕と算数のワークやろう?」
「二人ともサンキュ!
続けて頼むっ」
波に乗ってきたわたるんは、集中しているようだった。
学校以外で集まって勉強するのって、思ったよりはかどる。
友達同士だから聞きやすいし、すごく有意義になったなと感じた。
「あ、もうお昼だね!
二時間はできたから、昼休憩にしよう」
莉伊那に言われて時計を見ると、正午を過ぎていた。
「やった、まじめにやったから腹ぺこ!
確か母ちゃん、冷やし中華食えって言ってたんだ」
天野くんがすかさず手を挙げた。
「俺、作りたい!」
え、嬉しーーいと、女子から歓声が上がる。
「わかった、じゃあ恵がメインで、男子で昼飯作ろうぜ!」
「了解!
じゃあ作ってる間に、女子でお菓子買ってくるね」
麻香はおばさんにもらったお金を持って、三人で近くのコンビニに繰り出した。
「何買う??」
「もちろん、アイス!!
全部違う種類の買って、ジャンケンで決めようよっ」
「あと、ポテチとチョコも欲しいわね」
三人はワクワクしながら、コンビニに向かっていた。
「ねぇ、莉伊那と和田くんて同じ塾だけど、受験する学校は違うの?」
「それが、同じ学校みたいなの。
いろいろ情報交換もできて、頼もしいわ」
「そうなんだーー。
二人ともすごく勉強してるもんねぇ」
「夏休みの宿題も、終わってるんだよね?
おかげでわたるんの宿題見てもらえて、私もおばさんも助かるわ~~」
麻香が、しみじみと言った。
「ふふ、わたるんて、本当にギリギリタイプなのね。
私も和田くんも、一緒にやることで再勉強になってるから、winwinだわ」
二人とも、賢くって懐が広いな~~。
「あのね、私の天野くん推し、修旅までにしようと思うの」
莉伊那は突然、宣言した。
「え、じゃあ、告るってこと!?」
私も麻香も、彼女に注目する。
「ううん、そこまでは考えてない。
でも受験も近いし、中学は別になるだろうから、それまでに自分の気持ち切り替えたいなって思って」
「そうなんだーー」
私なら、一年間の期間限定だったら最後まで推しちゃう気がするけど。
彼女は、私立中学の進路を現実的に考えているんだなぁ……。
「それなら、修旅の行動班、今日の六人で組まないとね!」
麻香の提案に、私も頷く。
「二人とも、ありがとう。
私も絶対、このメンバーで行きたいわ」
三人の気持ちは、ぐっと近くなった。
「買ってきたよ~~」
女子三人がわたるん宅に戻ると、おいしそうな匂いがしていた。
「今、麺茹でるから、すぐできるよ」
アイスなどをしまっていると、程なくして冷やし中華がでてきた。
「おいしそう!」
「俺と和田も切って、恵が仕上げて、ちゃんと三人で作りました!」
わたるんも、しっかりアピール。
みんなでいただきますして、お腹も心も満たす。
「みんなでご飯食べると、おいしいね!」
食べて、話して、シンプルに至福の時間。
その後は、アイスとお菓子で長めの昼休み。
14時頃になって、午後の部開始。
和田くんと莉伊那は受験勉強、麻香はわたるんの作文、天野くんがキッチンの片づけを買って出て、私も一緒に手伝いを申し出た。
「天野くんて、家事得意なんだね」
彼の手際の良さを目の当たりにして、私は感心した。
「うん、料理は好きかな。
小さい頃から母さんとやってるし、おいしいもの作ろうって楽しめるから」
また、ときめき度上がっちゃう。
私は一緒に作業をしながら、言った。
「今日とか、私すごい楽しかった。
修旅も、このメンバーで行きたいくらい」
隣にいる天野くんも、軽く笑って言った。
「だね。
仲良いし、男女いるから、そうなったらいいね」
今日一で、気持ちが高まる。
ぼうっと立っている私に、天野くんが声をかける。
「片づけ終わった、ありがとね。
じゃあ俺らも、勉強するかっ」
「うん、了解!」
束の間の二人の時間に浸って、私は現実に戻った。