②春の体育祭
小6始まって一ヶ月、SYD初めてのミーティングが、莉伊那宅に集結して行われた。
彼女の家はブリティッシュ風の一軒屋で、庭の植物も素敵に手入れされている。
お母さんは来客が嬉しかったらしく、紅茶と焼きたてのクッキーを出してくれた。
「お口に合うといいんだけど。
友達が遊びに来るの久しぶりだわ、みんな来てくれてありがとう。
ゆっくりしていってね」
お母さんはそう言って、一礼して部屋を出ていった。
「ママ、喜びがダダ漏れ過ぎ!」
「優しそうで上品なお母さんじゃん。
莉伊那と違って、控え目だね」
「家族だけだともっとしゃべるよ?
でも、私とパパが話したがりだから、よく聞いてくれてる」
なるほど、莉伊那の性格は父親似なのね。
「しかし、みんなぼちぼち慣れてきたけど、うちら急に呼び捨てで仲良しになったから、みんな不思議そうな顔してたね」
「本当。
去年なんて特に何もなかったのにね」
「私、松林はキャラ変したのかって先生に聞かれちゃったわよ」
「莉伊那はずっと、みんなのこと名字で呼んでたもんね」
「天野くん効果、すごいね!
SYD爆誕、みたいな」
あれから急速に仲良くなった私達だけど、6年生は学校活動も多く、また放課後土日はクラブ・習い事・塾等がそれぞれ入っていて、GWになってやっと、初の集会をすることができた。
「莉伊那は週6で塾と習い事でしょう、毎日疲れない?」
「そりゃあ、大変よ。
でも、将来のために、いろいろやっているわ。
もちろん、SYDもね!」
うん、うん、と二人も頷く。
「じゃあ今日は、今月末の体育祭でなにかできることはないか、話し合いましょう」
「もうそんな時期かぁ、休み明けから練習始まるね」
「応援合戦あるよね。
その時に目立つように、カラフルなうちわでも作る?」
「めちゃくちゃバレるし!
推し会じゃないんだから……」
「でも天野くんて、運動神経いいよねぇ。
スポーツテストも、断突トップだったし」
「6年恒例の全員リレーも期待できるし、学年優勝狙えるね!」
はぁ、と莉伊那がため息まじりに呟いた。
「私、体育祭で貢献できる気がしない、むしろ足引っ張っちゃう気が……」
「私もそんな動けるとは思わないけど、それぞれががんばったらよくない?」
「個人差は絶対あるしね。
適当こいたら本気でしらけるけど、がんばってたらみんなわかるよ」
「いいこと思いついた!
天野くんに個人レッスン申し込むのはどう?」
「いや、個人って、一対一でしょう?
ないない」
「走るのと教えるのは別だし、引かれそう」
二人に全力でストップをかけられて、莉伊那はしゅんとなった。
でも次の瞬間には、顔がパッと明るくなった。
「それなら、有志でリレーの練習をするのは?
クラスの何人かでやるなら、自由意思だし、共通の目的があっておかしくないと思うの」
「個人レッスンよりはずっといいね。
でも天野くん、運動神経いいし参加するかなぁ」
「そうだねぇ……。
けど、わたるんをうまくのせれば、男子数人はやってくれると思うし、天野くんも入ってくれそう」
「それいいね!
じゃあ私、わたるんにさりげなく話振っとこ」
私と麻香の反応に安心して、莉伊那はやる気いっぱいの顔になった。
「二人とも、ありがとう。
私、連休明けにみんなに提案できるように、企画書作っておくわ。
学級活動だと通らない可能性もあるから、クラスの掲示板に貼って集めようと思うの」
「そうだね、やりたくない人だっているしね」
「やっぱり、わたるんメインの男子がターゲットだな」
「いつぐらい?」
「土か日の公園は?」
「一週間前くらいが気合入りそうだよね」
盛り上がるうちに、運動会一週間前の日曜10時に、学校最寄りの公園でやる企画がまとまった。
SYDの話が終わっても、三人はとりとめのないガールズトークに華を咲かせ、夕方までしゃべり通した。
連休が明けて、学校再開。
莉伊那はPCで作った企画書の掲示を先生に許可してもらい、昼休みに貼り出した。
「おぉ、楽しそうな企画じゃん!」
麻香からそれとなく聞かされたであろうわたるんが、早速飛びつく。
「俺、絶対行く!
恵も来られる?
お前足早いし、つられてみんな足早くなりそう」
「いや、それはどうかな。
けど、クラスの人らと休みの日に集まるの、楽しそう」
「そりゃ、楽しいのは間違いなし」
「だね、じゃ行こう。
親にも言っとく」
二人のやりとりを聞いて、SYDの三人は、ウインクしてやったねのサインを送り合った。
「これさ、委員長の松林さんの企画?」
そこに、なにか言いたげの和田くんが入ってきた。
邪魔が入るか?
一瞬の間の後、彼はやる気に満ちた顔で言った。
「僕も、この企画いいと思う!
体育祭で力になれるように、是非参加させてもらうよ」
「ありがとう、和田くん」
莉伊那は恥ずかしそうにお礼した。
「それなに?
俺らにも見してーー」
他の男子達も、興味深げに集まってきた。
想像以上にうまくいきそうで、すごく嬉しかった。
練習当日。
1組の男子七人、女子五人が公園に集まった。
SYD以外の女子は、運動の得意な速水さんと軽部さん、二人が手際よく、進行を務めてくれた。
「じゃ、公園の外周を3周してから、各自ストレッチね。
公園を利用してる他の人にぶつからないよう、くれぐれも気をつけること」
早速、練習開始。
「もっと楽しいと思ってたのに、最初から本気モードだわ……」
莉伊那は早速グチっている。
「松林さん、マイペース!
僕も、日頃の運動不足を解消するよ~~」
後ろから来た和田くんが、彼女を励まして先を走っていった。
莉伊那と同じくらい塾に行ってるらしい和田くんも、今日は気合が入っている。
「私だって、本気出すわっ」
莉伊那の負けず嫌いスイッチが入ったのか、彼女は走ることに集中した。
「和田くんて、莉伊那とコミュ取るの、うまいね」
「莉伊那のこと、なんだかんだ意識してるよね」
体ほぐしが終わって、今度は約50mダッシュを、10本。
ここで10分の休憩、莉伊那じゃなくても息が上がっていた。
「いやーー、本格的!
莉伊那、大丈夫?」
麻香が声をかけると、すっかりバテた様子の彼女が答えた。
「なんとか……。
水分、補給!!」
持ってきたスポーツドリンクをゴクリ、ゴクリと飲んで、息を整える彼女。
いつもなら、「少しずつ飲むのがいいのよね」なんて主張するところ、今日はそんな余裕もなく、ガチでがんばっているようだった。
「はい、休憩終わり!
じゃ次は三人一組になって、バトンパスの練習しよう」
ここで、莉伊那が動いた。
「天野くん、わたるん、一緒に練習してくれない?」
「指名入ったーー!
恵、一緒にやんぞ??」
「いいよ、やろう」
わたるんに軽く笑わされながら、三人は練習を始めた。
莉伊那もぎこちないながら、精一杯話して、がんばっていた。
「沙良、うちらも、和田くんとやろうよっ」
慌てて、自分の練習に入る。
麻香と、和田くんと、私、バトンの代わりのペットボトルを丁寧に受け渡す練習を、何度か繰り返した。
「松林さんてさ、天野推しなのかな」
不意に和田くんに聞かれて、私は焦った。
「ああ、天野くん運動得意だから、あやかりたいって言ってたよ?」
向こうの様子を眼鏡越しに眺めながら、彼は納得したように言った。
「だよね。
僕も、マジでリスペクト。
1組なら、学年優勝できる気がする」
賢く穏健そうな彼も、静かに熱い気持ちを持っているようだった。
「じゃあ、六人ずつの2チームに分かれて、本番の練習しよう。
2セットやったら、終わりね~~」
なるべく男女交互に、ペットボトルのバトンをつなぎながら、各自懸命に走りきる。
「ゴーーーール!!」
2セット目のラストをわたるんが飾って、1組有志による自主練は幕を閉じた。
みんな、やりきったいい表情をしながら、労い合った。
「みんな、お疲れ!
私と軽部は用事があるからこれで、また明日ね~~」
練習をスムーズに進行してくれた女子二人は、そう言って爽やかに帰っていった。
「よし、練習終わりっ!!
じゃあここからが本番、時間ある人は、公園の遊具で体動かしていこうっ」
わたるんを筆頭に、男子何人かが、遊具の方へ走って行った。
「小さいお友達に、優しく遊ぶんだよーー!!」
麻香が、大きく声かけした。
「じゃあ、僕はこれで失礼するよ」
「あ、俺も用事があるから。
途中まで、一緒にいかない?」
和田くんと天野くんはそう言って、公園を後にした。
「わ、私もっ、途中までご一緒するわ!!」
二人を見た莉伊那も、慌てて後を追っていった。
「SYDトークしながら帰ろうかと思ったけど、大丈夫そうね」
「きっと、今日の感想と本番の抱負でも、熱く語ってるよ」
麻香と私も、うまくいった練習を終えて、帰路についた。
そして、運動会当日。
派手に盛り上がった応援、一人一人が走り切った徒競走を経て、最後の競技、6年生全員リレーの番になった。
場につくまでの間も、緊張が高まる。
「位置について。
用意」
パァン!!
開始の合図と共に、1組第一走者のわたるんが、いい感じに走り出していく。
一人一人が、一周を全力で走りきり、バトンを繋いでいく。
抜かれたり、抜き返したり。
応援して、走って、また応援してーー。
声掛けに夢中になっていたら、あっという間に最終走者、天野くんの番になった。
「あーーまーーのーー!!」
「天野くん、がんばれーー!」
1組のみんなが、一丸となって声援を届ける。
「もうちょっと!!」
ゴールが迫ったところで、競っていた3組の男子と重なって、二人がゴール!
ワァッと歓声が上がって、どちらが一位か、その行く末を見守った。
先生達が少しの間協議し、結果が伝えられた。
「一位、1組!」
「やったぁーー!!」
「絶対、同着だよーー!!」
歓喜とブーイングが混じり合いながら、全競技が終了した。
天野くんと3組のアンカーの男子が、肩をタッチして称え合っていた。
「天野くん、みんな、ありがとう!」
莉伊那はぼろぼろに嬉し泣きしていた。
6年1組は、見事学年優勝に輝いた。
つられてもらい泣きしそうなのを堪えながら、閉会式が始まる前、私は彼の雄姿を目に焼き付けた。