①6年生の転校生
私、福本沙良、小6になったばかりの女子。
一学年3クラスで、クラス替えは二年毎だから今年はないし、仲のいい河瀬麻香もいるし、安心して始業式の日を迎えた。
それでもやっぱり、どの席になるのかってのは、ドキドキするけどね!
教室に入って、黒板に貼られた座席表を確認してから、席に着く。
……知らない子の名前があった、ひょっとして。
「あれ、もしかして転校生?」
その声で前を見ると、私の席の前で、山西渡流がその子に早速話しかけていた。
「うん、よろしく。
天野恵です。
わかんないことあったら教えてくれる?」
「もちろん、なんでも聞いちゃってよ!
俺、山西渡流、わたるんでいいから。
あ、後ろの女子は、福本沙良さん。
さらやんって呼ばれてる」
二人のやり取りを見ていた私も、慌てて会話に入った。
「ちょっと!
わたるんとセットみたいな呼び名、作らないでよ」
「よろしく、福本さん」
「いえ、こちらこそよろしく、天野くん」
意図せず、初めましての会話を交わしていた。
やっぱり、転校生だったんだ、しかも、前の席!!
天野くんの隣の席のわたるんが終始話しかけているせいか、彼の緊張は和らいでいるようだった。
先生の采配にも、納得。
それにしても、なかなかのグッドルッキングガイだなぁ!
背も160ありそうだし、顔も体格もバランスよくて、態度は控えめな感じ。
この時期の転校ってのも珍しいけど、それでいてイケメンなんて、慣れ切った小学校生活が、急にドキドキしちゃう。
周りの子も彼の方を見てる、きっと私みたいに気になってる女子、いるんだろうな。
ああ、隣じゃなくて後ろでよかった、これで、自意識過剰に悩まず落ち着いて天野くんのこと、見られる……。
そんなことを考えていたら、先生が教室に入ってきた。
担任も持ち上がりで一緒、熱しにくく冷めにくい指導のよさが売りの、森山健太、通称森健先生、独身アラサー。
「みなさん、おはようございます。
今日から6年生、最高学年である立場を意識しながら、最後の小学校生活を有意義に過ごして下さい」
先生に言われて、私は気を引き締めた。
「えーと、みなさん気づいているかもしれませんが、今日から一緒にクラスで学ぶことになりました、天野恵さんを紹介します。
天野さん、立って挨拶を一言、お願いします」
「はい」
彼は恥ずかしそうにしながら、自己紹介をした。
「天野恵です。
一年間、どうぞよろしくお願いします」
手短に終えて着席する彼は、否応なしに今日一番の注目を浴びていた。
「天野さん、ありがとう。
ではみなさん、改めて、6年1組での学校生活を始めていきましょう」
転校生の紹介も済み、私は胸の高鳴りを感じていた。
「では早速なんですが、一学期の学級委員を男女一名ずつ、決めたいと思います」
「はいっっっ」
先生が言い終わるのと同時くらいに、松林さんが勢いよく立候補した。
出たっ!!
松林莉伊那、確か去年も委員長に立候補して務めた、積極的優等生女子。
彼女みたいな人のおかげでクラス運営がスムーズに行くことも多いんだけど、自分にはないキャラだけに、私はいつも羨望と困惑を感じていた。
「松林さん、立候補ありがとう。
では他の人、いないですか?」
みんなが静かにお互いの顔を探り合っていると、一人の男子が静かに挙手した。
和田辰彦くん、成績優秀だけど静かなタイプだから、みんなちょっとびっくりしている。
「和田さん、立候補ありがとう。
では他に、いないですか?」
先生は少しの間、確認の時間をとった。
男女一人ずつ立候補があって、みんなもうそれでいいよ、という空気だった。
「わかりました。
では、松林さんと和田さんに、一学期の委員長をお願いします。
みなさんも、二人に協力して、クラス運営のお手伝いをして下さい」
一同拍手して、一学期の学級委員長二人は、平和的に決まった。
昼休み。
転校生とわたるんは既に親しくなり、学校の散策に繰り出そうとしていたところ、松林さんに呼び止められた。
「天野くん!
一学期の委員長の一人になった、松林莉伊那です。
よろしくね」
彼女はとても積極的に、彼に自己紹介した。
「こちらこそ、よろしく」
天野くんの好反応に、彼女は嬉々として続けた。
「私、5年の時も委員長やったから、クラスのこといろいろ知ってるの。
なにかあったら、いつでも聞いてね?」
「そうなんだ、頼りになるね!
じゃあ、わたるんに聞いてわかんない時は、お願いするよ」
「じゃそういうことで、失礼!」
男子二人組は即座に教室を後にして、残された彼女は赤面・硬直しているように見えた。
その下りを後ろから目撃していた私は、振り向いた彼女と、思い切り目が合ってしまった。
「ふ、福本さんも席が近いんだから、天野くんに親切にしてあげてねっ!」
「あ、うん、そうだね……」
なんとかそれだけ言うと、彼女は自分の席に戻って行った。
一部始終を見てたらしい麻香が、私のところへやって来た。
「松林さん、自己プロデュースすごいね~~」
私は大きく頷いた。
彼女は、よくも悪くも自己主張するし、容姿や成績もいい方で自分に自信を持ってる。
「ひょっとして、天野くんと仲よくなりたくて、今年も委員長になったのかなぁ?」
「うーーん、やる気半分、天野くん半分、じゃないかなぁ」
彼女って元々前に出るタイプだけど、ほんといいフットワークしてる。
そんなこと考えながら松林さんの方を見てたら、もう一人の委員長の和田くんが、彼女に話しかけていた。
「松林さん、僕、委員長の仕事初めてなんで、どういうことやるのか、教えてもらってもいいかな?」
「あら、もちろん!」
彼女は彼に頼られたことがうれしく、ジェスチャーを交えて説明を始めた。
「ーーありがとう。
またわかんないことあったら、教えてくれる?」
「喜んで!
いつでも、力になるわ」
先輩委員長の彼女は気分上々な感じ、そして、和田くんの様子もなんだか、うれしそうだった。
「ねぇ、和田くん、キャラ変したのかなぁ。
去年はあんな、自分から話さなかったよねぇ?」
「だね。
一学期早々、なんか気合入ってるねぇ」
春は、始まりの季節。
転校生に、新委員長、なにやら心の動きが慌ただしかった。
「4月は配布物が多くて大変ですが、一枚ずつ取って後ろの席の人まで回して下さい」
先生はそう言いながら、たくさんの資料を配り始めた。
前の席の天野くんが、その都度、私に紙を渡してくれる。
素敵な彼と、自動的に関われるのがすごく嬉しい!
変に嫉妬されることもないし。
「福本さん、ちょっと時間あるかしら」
放課後、松林さんに捕まる。
私が浮かれてたの、咎められるのか……!?
「な、何でしょう?」
「あのね、相談なんだけど……。
私と席、交換しない?」
彼女は、照れながら言った。
席替えは基本先生が行い、一学期間は同じ。
見えづらい等の事情があれば、先生に相談して変わることもある。
「ど、どうして?」
強めキャラな彼女に、私も負けじと答えた。
「それは、その……。
天野くんが学校生活に慣れるお手伝いを、委員長としてできるんじゃないかなと思って……」
顔を赤くしながら、歯切れが悪そうに理由を述べる彼女。
やっぱり、と確信しながら私は言った。
「ちょっと個人的な理由じゃないかな。
わたるんと仲良くなったし、大丈夫だと思うよ?」
「山西くんねぇ。
確かに、すごくよくしてくれてるみたいだけど……」
彼女はなおも、食い下がる。
「じゃあさ、わたるんにお願いしてみる?
松林さんが天野くんの力になりたいから、なにか手伝わせてほしいって」
「それは!!
そこまではいいわっ。
ゴリ押しみたいじゃない……」
彼女は後ろを向いて、小さく言った。
席代わる方が、大胆なんですけど。
さすがの彼女もわかってはいて、やっぱり、天野くんのこと気になってるんだなってわかった。
すると、くるっとこちらに向き直った松林さんが、私に宣言してきた。
「じゃあ、私と一緒に、天野くんのファンクラブやってくれない!?」
「えぇっ!?」
彼女の想いを知ったと思いきや、面倒なことに!!
「いやあ、私、天野くんのファンじゃないから!
きっと、松林さんみたいに天野くんのこと気になってる人、学校にいると思うよ?」
自分も気になっていながら、でも彼女のようにオープンになどできず、私は必死に断った。
「そこをなんとか!
福本さんはファンじゃないけど、席が近いでしょ?
だから天野くんのことかなり知れるはずだから、席を交換できない代わりに、協力してほしいの」
「でも、バレたらヤバくない?」
「行き過ぎた行動は慎むわ!
人権はできる限り尊重するっ。
天野くんを密かに想う気持ちを、共有する仲間になってほしいの……!!」
彼女は目を閉じて、私に懇願してきた。
天野くんを、シェア……。
私の小学校生活最後の一年に現れた、王子様的存在、転校生天野くん。
後ろの席で独占的に愛でる権利を獲得したけど、彼を慕う気持ちを共有できる仲間がいたら、さらに幸せかも!
もちろん、自分の気持ちは伏せて、松林さんの応援、みたいな形で……。
私は頼み込む彼女の前で、素早く考えをまとめた。
「じゃあ、麻香と一緒にだったら、いいよ?」
私の提案に、彼女は怪訝そうになった。
「福本さんと友達だから?
彼女にも、私の気持ちバレちゃう……」
もう、かなりの人にバレてると思うけど。
「まあ、それもあるけど、麻香はわたるんと幼なじみじゃない?
天野くんわたるんと大分仲いいから、情報も入ってくると思うよ?」
「なるほど、確かにーー」
松林さんは、妙に納得していた。
「わかったわ、じゃあ三人にしましょう!
そうね、小6友愛days、SYDでどう?
リーダーは私よ。
親密度上げていきたいから、名前で呼ぶわね!
じゃあ沙良、麻香にこの話するの、よろしく頼むわねっ」
彼女は一気にそう言うと、去っていった。
完全についていけなかった私は、彼女がいなくなって10秒くらいしてから、反応した。
「ちょっと、暴走し過ぎーー!!」
次の日の朝、悶々としながら登校した私は、急いで麻香を見つけて、昨日の経緯を説明した。
「え~~!
私がいないところで結成して、しかも呼び捨てですか……」
彼女は当然、面食らっていた。
でも次の瞬間、ハの字眉になって爆笑しながら、受け入れていた。
「松林さん、キャラ濃すぎ!!
でもさーー、彼女がリーダーだし、基本いろいろやってくれるよね?
沙良も一緒なら楽しそうだし、いいよ、やろう、SYD!」
「ありがと、麻香!!」
「話は聞いたわ、沙良、麻香、よろしくね!」
莉伊那がいつの間にか話に入ってきた。
「莉伊那リーダー、よろしくっ」
麻香はノリよく、答えた。
なんだか妙な展開になっちゃったけど、おもしろくもなりそうな、6年生の一学期がスタートした。