02:見逃した襲撃者
久しぶりの投稿になってしまいました。投稿を続けるのは大変ですね。
見通しを立てる作業を手抜きしたことを後悔しております。ある程度のストックをもって投稿するのがよさそうです
唐突だが、ハローワークという施設がセーフティネットになるかというと、非常に厳しいという実感がある。
まず第一に、ハローワークは求人に困っている企業のための施設であるというのが俺の認識だ。乱暴にいうと企業側の都合の方が優先される。
事前説明にも熱心に言われたのだが、基本的にはハローワークに頼る企業がその中から働きたい職場を選ぶことになる。就活の相談を親身にしてくれることはしてくれるが、自身の適性を踏まえた企業を勧めてくれるところではない。時々ブラックな職場を勧められた、という話があるが、勧めた側も雇用と、被雇用側を調べているわけではない。よってハローワークというのは企業がわ資金を出して広告を出しているところであり、そこでの相談ごとは鵜呑みにするべきではないのだ。
大学に在籍していた、もしくは在学中なら就活についての相談するため施設、就職支援課やキャリアセンターといった名前の施設を利用することが望ましい。こちらはハローワークよりも相談に近い形をとってくれるので、安心感を得たい人には有効かもしれない。ひょっとしたら学生という特定の人材を扱うため、ノウハウの点ではハローワークの職員より大学生向きだといえるかもしれない。俺は4年ほどここを利用したが、内定を得られなかったので、よほど扱いが難しい人材ということらしい。
そんなことを考えることによって、ハローワークでの会話を忘れようとしていた。むなしい努力をしていた。今日、ハローワークのシステム、利用方法についての疑問を解消するべく、質問に行ったのだ。担当してくれた職員は業界についての知識を話してくれたのだが、これがつらかった。そういった情報はすでに調べており、知らない情報ではない。しかし話す側は得意げに話す。こちらは相槌と笑顔を消して不満そうな様子でも話す。相手の口ぶりは会話の形式をとっていたが、あれは独唱に近かった。興味が湧かない徒然なる情報を懇々と沸き立たせるあの口は、俺の質問に対する返答を一番最後まで出さなかったのだ。あれが社会人の狡猾さかと、まざまざとみせつけらて、妙な敗北感を味わっていた。そういうわけで、ハローワークから帰る足取りは軽いものではなかった。
俯きながら歩いていたせいか、道路に落ちている落とし物が気づいた。明るい茶色の折り畳みサイフか、もしくはカード入れだろう。それを取ろうとして、膝を曲げて屈んだ。そうして屈んだとたんに地面が近づき、地面にヘッドバットをすることになった。そして俺の視界にさっきの財布と首無しの体が映りこんで、ようやく自分の首が落とされたことを知った。
ここまでの大けがは人生初だった。ほぼ即死状態の負傷をうけ、大いに動揺した俺は、鉄くさい自分の血を顔面に浴びて、しかし思わず声を出すことはできなかった。肺が無いせいで口を開け閉めするだけになった。声はでないがシッカリ口に血が入りこみ、仕方なく吐き出す。
首だけの状態になったが、自分の体の感覚はなんとなくあった。試しに右腕を動かしてみると、地面とこすれる感触が返ってきた。デタラメになってきた自分の体に興味を覚えたが、とりあえず切断面を止血することにとどめた。自分の体、相手の見えない襲撃、そういった突然の状況に対する恐怖や好奇心を覚える自分をどこか他人事にとらえている冷静な自分がいる。その冷静な自分が動かないことが良いと思いついた。
おそらく自分の首を切断した何者かがいるはずだ。そいつが何故自分を殺害(実際は未遂に終わった)したのかはわからない。それを明らかにするとより、このまま標的である自分が死んだことによって、自分に送られてくるであろう第二第三の刺客をなくせるのではないか。俺は昔読んだ、ならず者小説などの知識がその発想をもたらしたことに感謝し、趣味人としての自負と特有の愉悦を感じながらアスファルトの硬さを枕にして待つことにした。
そうして自分の首の切断面から血が流れるのを止めて、なんと無しに自分の血が鮮やかさを失おうとする様をじっと見ていると、唐突に柔らかな女性の腕が現れた。二の腕までまくった袖は白のワイシャツのものだろう。
「これで終わりか。あっけなかったな」
という若い女性の声が視界の外で独り言をもらした。視界の中で女の腕は落ちていた財布を拾って、消えていった。
俺は今頃になって焦り始めた。あの財布は俺の視線を下に向けるトラップのために設置したのだ。いわゆるブービートラップとして設置されており、俺はまんまと引っかかった。同時にこれが意図された襲撃であり、準備の上で行われたことであり、相手は俺のことを調査していることが分かった。この調査がどこまで、なのかがわからないことが問題だ。
さらに襲撃者の女は足音さえ立てず、衣擦れの音すらなかった。ほかにも体温や体臭すらなかった。あるはずの何かが欠落している。それが俺の現実の視界をディスプレイの映像の様に錯覚させていた。失った現実感に気づいた俺は、得体の知れないものへの恐怖でいっぱいになった。
その恐怖は俺にとある想像を膨らませた。首が落ちた時の視覚に誰も映っていなかったことから、襲撃者は遠くから俺の首を落としたのだろう。もしくは後ろから攻撃し、そのあとに俺の視界から逃れたかもしれない。
しかしそれから相手が移動する物音を含めた気配すら感じ取れなかった。それはつまり、現状の安全性を俺が確認できないことになる。最悪の場合には、襲撃者の女は俺の視界の外にいるだけで近くにイルカもしれない。ひょっとするとこちらの意図に気づいているかもしれない。恐れが体の動きをとめ、自分の心肺の音すら聞こえなくなってしまった。つながっていないのどが猛烈に乾いた気がするが唾をのむこともできなかった。
いつの間にか視界に広がる血が赤茶けた色に変わっていた。そのことに気づいたときにようやく俺は周囲の確認を始める。切断面の脊髄の神経に視覚になるような感覚器官を生やす。視界が切り替わり、俺の頭が転がっているのが見えた。その向こうの景色に誰もいない。念のために上にも視界を移して周りを見回したが、動くものは確認できない。
そこでようやく体を動かし、自分の首をつなげる。血管や神経や骨もきれいにつなげて、元通りに直す。まだ食道や口内に残っていた血を吐き出すが、胸の不快感は消えなかった。
「また服を買い替えなきゃいけないな」
冷静になろうと独り言をこぼす。目下の問題はこの格好でどうやって家に帰るか、というところだった。
悩んだ結果、自分の変身能力を使って、服を隠していくことにした。上着の作成、というか繊維から布を作るのは織る、という作業がイメージが付かなかった。そこで不透明なレインコートのようなものを羽織る見た目に自分の体を変形させた。フードで顔を覆う構造のしていれば、遠目には怪しくみられるが、すぐに警察を呼ばれる事態は防げるはずだ。早速俺はその場を離れることにした。
家に帰った後に、改めて自分の状態を観察してみた。自分の服は血と土埃が固まった物でドロドロに汚れた後に、固まってしまったのだ。もう汚れ落とすことは難しくなってしまった。
個人か団体かも分からない敵対勢力に目を付けられている。今回の襲撃は俺に大きな不安を残した。襲撃による実害は今のところ上着一枚に収まったが、これ以上の被害はごめんこうむりたい。