01:帰り道に刺された
初投稿になります、誤字脱字があるかもしれないのでご容赦ください。
生まれて初めて脇腹に穴が開いたのは、アルバイト先から家へ帰る途中だった。家においてある食料は何があったかな?とかどうでも良い考え事をしている最中だった。左後方から重い衝撃を受けて、踏ん張ることもできず、地面に転がることになった。
「痛! 何しやがる! 」
と悪態をついて、寝っ転がったまま左手で体を触ると、なめらかな木の柄が自分の体から生えている。左わき腹の後ろのほう、高さはちょうどズボンの上あたりだ。その木の柄の下を触るとぬるりと暖かい血液に触れて、ようやく包丁で刺されたことに気が付いた。
「あー、痛い。 今になってから痛い! 」
口から流れる罵倒は、俺が慌てているからだろう。第三者の誰かが来る前に一刻も早く処置をしなければならない。
すぐに俺は脇腹から右手で包丁を引き抜く、その前に色々と処置をすることにした。
まずは破れた血管をふさぐ。しかし周りの細胞を動かすだけでは腹の穴は簡単にふさがらない。左手を当ててそこから別な細胞を動かして、腹の傷口自体をふさがねばならない。次に刺さった包丁の刃の周りをコーティングして、どこにも傷がつかないようにした。これは自分の歯のエナメル質をイメージした鞘をまとわせる感じだ。そうやって準備を施してようやく引き抜いた包丁には、刃の周りに滑らかで硬質な何かがへばりついていた。痛みはすでに引いているが、同時に状況に対する焦りとこの面倒事をもたらした奴に怒りがこみあげてくる。
間抜けずらで尻もちをついている態勢の男が、目を見開いてアホ面をさらしていやがる。こいつのせいで面倒になった! 取り敢えず俺はそいつにビンタかまして、自分の血が付いた包丁を握ったまま、胸倉をつかみ上げた。
「おい、お前」
「ひえ! なんで……」
「余計なこといってんじゃねぇ! いいか? このことをしゃべってたらもちろん殺す。それは分かってるな」
顔を隠した男は必死に首を縦方向に動かす。よし、脅しはしっかり効いたみたいだ。
「いいか、俺はこの格好で出ていけば一躍有名人になっちまう、でもそれは避けたい。 お前が着ているジャケットを俺によこせ。」
俺を刺してきたこいつは、夏だというのに厚着をしていた。おそらくそれはこいつの身分を隠すため、もしくが返り血対策のどちらかだろう。反面俺は半そでの薄いTシャツだ。夏のせいで、まだ夕方で日が高い。人とすれ違えば、間違いなく目を引いてしまう。
そこでおれは自分の血を隠すためにコイツの服を利用することにした。一通り説明を終えてもまだ理解できてない様子の男にビンタを二、三発くらわして、無理やり脱がせることにした。何が悲しくて男の服を粗い息をしえ脱がさなければならないのか、とかそんなくだらないことが脳裏を過ぎ去るほどにはパニックになっていた。そのせいか男の腕から鈍い音が聞こえた気がしたが、気のせいにしておく。
そうして俺は奪ったジャケットを羽織り、裏通りから駆け出した。なるべく人が集まらないような住宅地を這う這うの体で抜けて自宅についた。既に汗だくで気持ちが悪い。何人かとすれ違ってかいた冷や汗が皮膚と服にまとわりつく。そうしてようやく自分の粗い息に気が付いた。
「大丈夫、大丈夫だ。顔は変えて帰ってきた。帰り道も変えてある。誰にもばれていない。」
自分にそう言い聞かせるようにつぶやき、それ以外の自分の音が消える。心臓の鼓動が遠のき、セミの声が近づいてきた。
暑さと湿気を感じ取れるようになってようやくいつもの自分が戻ってきたのだとわかる。一呼吸し、その次にやるべきことを思い出す。シャワーを浴びたいがその前に、バイトのメモを残しておかなくてはならなかった。俺は次回のバイトのために反省箇所や改善点を専用のノートに書きはじめた。
「お客様への入店時の挨拶がうまくいっていないようで、声が小さいのかもしれない。……声が悪いという指摘もこれに起因するものかも?後日に確かめるべし、と」
そうしてメモを取って、自分用マニュアルのようなものを作っていく。どうにかなりそうなことは書き終わった。しかし、まだ時間はある。悩むだけの時間はたっぷりあった。ゆっくりと大きく息を吸い、吐きだした。相談できない、下手に解決できない難題なだけあって、息を吐くように片付くことはなかった。
ある日、俺の体は目が覚めると超自然的な変化が起こっていた。歯並びがよくなり眼鏡をかけていなくても遠くが見え、なんとなく体の調子が良くなっていた。起きぬけの朝食で、誤って包丁で指を切った時には、出血もすぐ治った。
誰かにバレれば、最悪の場合には実験動物の人生が待っているかもしれない。というか俺の社会的な立場として、この変化能力は非常に不便だった。俺は現在コンビニアルバイトに精を出しており、その傍らで正社員となるべく就職活動を進めているのだ。鏡をよく見ない性格だったのが災いし、ある時の面接では、
「君、写真と違うんじゃない?」
といった本人確認に関するやり取りが増えてしまった。おかげで在学中にとった写真が使えなくなり、高い金を払って履歴書の顔写真を取り直す必要が出てきた。
ん?いや違う、就活の悩みじゃなくて自分の体の秘匿が破られたかもしれない、そのことを悩んでたはずだ。まぁ確かにそうだったけど、自分にできることってもうやったしな。悩むだけ無駄かもしれない。それより就職活動の戦略を考えたほうが効率的というか、自分にとって優先順位高いよな。
「就活の方もなぁ。連敗続きでどうにもならんよなぁ。適性診断の結果で芸術に向いてるとか言われても、工学科出身には困るよな~」
今の生活は収入が乏しいことを除けば大体楽しい。ネット環境があるから勉強というか知的好奇心を満たせるから金を使う立場ではない。しかし、フリーターのままでは自由な時間を確保しにくい。働いている時間あたりの金銭や将来的な生活の保障を考えると、フリーターの立場はいささか不便だ。それに働く環境を考えると、現状も苦しい。面接先で受かったコンビニアルバイトだったのだが、コンビニは忙しいから受かったのだ。自分の適性とかはかなり考えずに就職できるのが売りだが、あってないからキツイと感じるのだ。
そのキツイと感じる部分が職場での人間関係で、自分は相手の意図を正確に読み取ることが難しいことが分かった。この時間帯は忙しいから作業を手伝えばよいのか、それとも別な業務をすればよいのかが分からないが、その適切な質問もうまくいっていないようだ。前途多難であるが前進はしていると、思いたいものだ。対策をノートに書き起こし、考えても仕方ないことを思考の隅においやる。そうして敷きっぱなしの布団に倒れこんだ。掃除したての寝床は、黙って自分を受け入れてくれる。それがとても心地良かった。