きゃっとらぶる
むかぁし、むかし。
あるところに『化ノ島』(けのしま)という、それはそれは美しい島がありました。
その島では魚がいっぱい捕れて、猫がいっぱい住んでいました。
漁師たちは猫の分まで魚を捕り、猫は人間の分まで鼠を捕りました。
島の人たちは毎日島唄を歌い、島と海の神様を讃えました。
しかし、ある日島を治めていたお殿様が別の人に変わってしまい、年貢を今までの倍払わなくてはいけなくなりました。
しかも、新しいお殿様は戦好きで、若い男たちを戦場に駆り出してしまうのでした。
島の人たちは、昼も夜も働かなくてはいけなくなりました。
先行きの不安から、誰も島唄を歌わなくなりました。
そんな状況を見かねた猫たちは、自分たちが人間になれるように神様にお願いしました。
人間になった猫たちは、人と一緒に船を出し、島唄を歌いながら昼も夜も魚を捕りました。
おかげで、若い男たちが戦から帰って来た時には、年貢分の魚は全て取り終えていました。
島の人たちは大いに喜び猫に感謝しました。
「これが、この島にのこる猫の伝説です。」
大きな猫神様の像の前で、何か誇らしそうに話し終える寅之助。
「トラはその話が好きなんだな。」
「直人はそんなに好きじゃなさそうだね。」
「だって、一時的な解決にしかなってないじゃないか。」
「まぁ、そりゃそうだけどね」
「どうせなら、人間をみんな猫にしちゃえば良かったんだよ。
そうすれば、重い年貢を払うことも、戦に連れてかれることもなかったんだからさ。」
「そんな、元も子もないこと言うなよ、直人は変なとこ生真面目だよな。」
二人は他に誰もいないのを良い事に境内の社の前でぎゃいぎゃい騒いでいた。
そこにひょっこり黒猫が現れた。二人をよそに、社の外の隅に置かれた、猫用の餌を食べていた。
その猫の姿を見ながら直人は呟いた。
「あーあ、猫の神様、俺の事猫にしてくれないかな?」
「何だ、直人猫好きだったっけ?」
「別に好きじゃないけど、気楽そうでいいじゃん?」
「何かお前、今日いつにもましてやさぐれてるね。」
寅之助は冗談めかしながらも、割と直人を気遣っていた。
「人間なんか言葉が話せるのに、嘘バッカつくし、話し合いで解決しない事ばっかりだし、もう俺疲れたんだよ。
猫みたいに毎日のらくらして生きたいね。」
『お前、猫の事舐めてんのか?一回しばいてやるぜ』頭の中に低く苛立った声がした。
かと思うと、猫神様の像の両目が金色にまばゆく光り、社内全体がまばゆい輝きに覆われた。
思わず目を閉じた寅之助と直人、一分はたっただろうか、気を付けながら目をあける。
「あれ?おかしいな、さっきより周りの景色がでかくなってんぞ?」
自分の目がおかしくなったんだろうか?訝しんで自分の目を擦る直人。
「あれ?おい!何だこの手は!?」
ぐーぱーぐーぱー広げてみる。その手はどう見ても猫の手だった。
そしてその手は、動きを上下させている直人本人のモノだった。
「直人が三毛猫になっちゃった!!」
寅之助の声が聞こえる、振り向くとそこに寅之助と思わしきいたトラ柄の猫がいた。
「寅之助どうしよう!俺達猫になっちゃった!!」
「どうする、良しとにかく落ち着こう、、大丈夫俺がついて…」
「よっしゃー!」
「よっしゃー??」
「これで先行き不安な人間ライフとおさらばだ!
綺麗なお姉さんに、毎日可愛がられながら、毎日ただ飯喰ってやるぜ。」
「なお、お前そんなこと言ったって野良は大変なんだぞ、カラスに襲われたり、縄張り争いだってあるんだ。」
「ふーん、それはあれだ、上手く立ち回って何とかしてやるさ」
「まったくなおは、」
「何だお前、さっきここにいた人間か」
「何ださっきの黒猫か、猫になって話せるようになったんだな。俺は直人って言うんだ。こっちは寅之助、宜しくな!」
「こ、こんにちは」
元気で、いささか無遠慮な直人に続いて、寅之助もおずおずと、返事をした。
黒猫はそんな二匹を訝しるでもなく、まっすぐ見つめている。
「俺はクロだ」
「まんまだな」
「何だと!」
「直人失礼だよ」
「俺もそう思う」
クロの意見に、すっころぶ寅之助と、軽快に笑う直人。
「もうちょっとひねって欲しいもんだよな。
ただ、黒いからクロってだけだろ?
人間様は畜生の名前なんか、分かりやすけりゃなんでもいいのさ。」
「人間なんて、そんなもんさ。自分の都合に合わせて言葉を変えるんだから。
だけどそんなんでお前の価値が決まるわけじゃねえよ。」
「直人、お前けっこう言うな」
「俺にはわかるぜ、お前はただの黒猫じゃない。多分この社の警備をしてるんだろ。」
「よくわかったな。俺の役目はここに来る鼠の駆除だ。この神社をずっと守っている。」
「いやぁ、神社の外にあった餌の皿にさ、黒猫が描いてあったから何となくピンと来たんだよ。」
「気に入った。俺が餌を貰えて、ブラッシングもしてくれる場所を教えてやる。」
「マジか!やったなトラ、黒っていいやつだな!」
「まぁ、直人が良いならそれでいいけどさ」
そしてその後、猫の三匹はある一軒家の庭に到着しました。
そこの庭には、一面に猫じゃらしが生え、縁側に猫の餌の入ったお皿が7,8っこも並んでいました。
「何か猫の楽園って感じだなトラ」
「うん、何だか懐かしくって、ほのぼのするところだね。」
「あれ、おかしいな」
「どうしたんだ、クロ?」
「縁側に何時もいる清ばあさんがいないんだ。」
「じゃあ、あそこに座っているのは誰なの?」
寅之助は猫手で縁側の人を指した。
「あ、俺アイツ知ってる。」
「直人の知り合い?」
「渡辺洋太って言うんだ、何時も喋るよりギター弾いてて、何考えてんのかよくわかんない奴だ。」
直人の話をよそに、クロは真っ直ぐに洋太に駆け寄った。
「洋太殿、洋太殿、清おばあさまはどうしたのだ?」
「やぁクロ何時も警備ご苦労様。清ばあちゃんは、今日はちょっと風邪気味だから、お部屋で休んでいるよ。」
それを聞いたクロはしゅんと耳を下げた。
洋太は優しくその頭を撫でる。
「何だ?洋太は猫の言葉が分かるのか?」
「直人、そうじゃないよ、洋太は僕たちの反応を見て喋ってるんだ。洋太には「にゃんにゃん」しか聞こえてないと思うよ。」
寅之助は何故だか初めから知っていた様に解説をした。
「ふぅん、やっぱり変な奴だな。」
「直人、洋太は普段どんな何だ?」
洋太の腕から降りてきたクロに聞かれ、直人はちょっと空を仰いで悩む。
「そーだなー、何ていうか、悪い奴じゃないよ。ただ、あんま自分の意見を言わないやつなんだ。特に最近は家の事情で何時も早めに帰宅しているよ。
きっとばあちゃんの世話してるんだな。」
「おや?新顔がいるね?君は何処から来た三毛猫さんだい?」
洋太が縁側下の猫の直人に話しかけた。
「へっへっへ、俺は直人だお前の事知ってるんだぜ。」
直人は縁側に飛び乗り、洋太の横にあるギターに飛びつくと、何度も後ろ足で弦を弾いて見せた。
「はっはっは、お前、中林直人みたいなやつだな。」
中林直人とは、直人のフルネームである。
「寅之助、本当にアイツ、俺たちの言葉が分からないのか?」
「うん、そのはずだよ」
「ほら、ギターから降りなさい」
洋太はそういうと、直人の猫の体を抱きかかえた。
「きゃー、いやーケダモノ!私の体に触らないで!」
「ははは、そうか、ここか、ここがいいのか?」
洋太は時代劇の悪代官の様な口調で、直人の毛並みをもみもみした。
「おや、新顔君はまだお股の手術が終わっていないようだね。」
直人の股間に涼し気な空気が通った。
「おい、、、今、あいつ何て言いやがった?」
「去勢手術の事言ってたんだと思うよ。」
クロがしれっとした顔で言う。
「嫌だ、、俺はそんな手術したくない!!」
「しかし、これは猫が平和に暮らすためなんだ、下手したら殺処分になってしまうからな。」
クロは既に自身の手術が済んでいるのであろう、落ち着いた面持ちだ。
「何で猫はそんな手術受けないといけないんだ⁉」
「だって、子猫が生まれても面倒見るのは人間だからな、」
「そーんーなーーー!!」
洋太に抱えられながら、うなだれる直人。
「あれ、急にどうしたんだ大人しくなって、中林直人みたいに自己主張の激しい奴だと思ったのに」
「何だよ、お前に俺の何が分かるんだ」
「そうだ、新作の曲が出来たんだちょっと聞いてくれよ。」
そういうと、洋太は直人を縁側に置き、ギターを奏でながら歌い始めた。
その歌を聞きながら涙ぐむ直人。
「俺間違ってた。これからは人間として真面目に生きます。
人間でいたって、嘘つきばっかりで嫌だって思ってたけど、本当の気持ちは、真心があれば伝わってるんだって、猫になってようやく分かったから。」
「直人、」寅之助はちょっと感動している。
「寅之助ごめんな、俺に付き合わせて、お前まで猫になってしまって。」
二人の間に洋太の歌がBGMとなって、心地よく切ない空気感をつくる。
「ねぇ直人…。」
「何だ寅之助」
「大分良い事言ってたけど、結局お股の手術が嫌なんでしょ?」
「うん、嫌。」
「そっか、せっかく仲間が増えたのに寂しいが、吾輩も人間に戻る手助けをしてやろう。」
「俺人間に戻る!クロどうすれば人間に戻れるかな?」
直人は必死でクロに訴えかけながら、落ち着きなく地団太を踏んだ。
「もう一度、神様にお願いすれば良いと思うぞ。勿論魚のお供え物をしてな。」
「そっか、ありがとなクロ。」
クロに習い、三匹はありったけの魚を捕り、猫の神社にお供えしました。
「神様ごめんなさい。俺が間違っていました。猫も猫なりに精いっぱい生きていたんですね。
俺、人間に戻ったら、言葉や情報ばっかりに振り回されない様にします。
どうして、昔話の中で猫たちがわざわざ人間になったのか、今では少しわかる気がするから。」
『よかろう、人間に戻してやる。』
直人の頭の中にあの時の声が聞こえた。
聞こえたかと思うと、その場がまた光に包まれ、直人の猫の体を包む。
「あれ?」
直人が目覚めると、そこは神社の前で、神社の有る岬の周りでは、朝の光に照らされて、波間が輝いていた。
「全部夢だったのかな?」
神社の中の猫の神の像を見ると、そこに昨夜備えたはずの大量の魚は無かった。
「直人、直人、」
「その声は寅之助!」
直人が振り向くと猫の姿のままの寅之助がいた。
「お前、何で猫のまんまなんだ?」
「直人、ごめん。俺はもともと猫だったんだ。」
「何だって?」
「直人の事が心配で少しの間だけ、神様に人間にしてもらってたんだ。」
「じゃあ今こうして、俺が人間に戻っても話せているのはなんでなんだ?」
「それは、一度この世ならざるものに接してしまった副作用だろうね。
でも、そのうちに話せなくなると思うぜ。」
何処からか現れたクロが、学者の様な解説をした。
「なぁ、直人。人間は言葉を使って、嘘をついたり、情報を操作したり、確かに嫌なとこいっぱいあると思うんだ。
でも、俺は猫相手でも「おはよう」って言ってくれる直人の気持ちがいっつも嬉しかったんだよ。
だから、俺、人間になって、直人に「ありがう」って言いたかったんだ。
まさか直人が猫になるなんて思ってなかったけどな。」
寅之助は嬉しそうに直人の足元にすり寄る。
「何だよ、ここが良いのか?」
「ああぁん。だめぇえん。そこ弱いのぉ」
「朝から盛った猫の声がするな」
後ろから洋太が現れた。
「ああ、こいつ腹が弱いんだ。」
「中林、猫好きなんだな。」
「いや、そうでもねえよ。」
「がぶっ」
「うわ!何噛んでんだトラ!」
「あははっ」
「直人は嘘つきだな。俺の事大好きな癖に」
「あれ、中林今この猫何か言った?」
「いやぁ、にゃあにゃあうるさいだけだろ」
「にゃあにゃああああん」
「ほらな、にゃんにゃんしか聞こえない」
直人はバツが悪そうに寅之助をまた撫でまわして誤魔化した。
朝に楽し気な声がこだまする。
こうして人間に戻った中林直人は、末永く猫と人間と仲良く暮らしましたとさ、
めでたしめでたし。
意図せず、どこぞの有名ラブコメみたいなタイトルになってしまいました( ゜Д゜)トオイメ
ワザとじゃありませんv