青い指
青く染まった指をしていた。
それが軽く毛先を払う。
肩にかかる艶やかな黒髪は陽光を反射していた。
日当たりの良い部屋を選んで良かった。
大きな窓から差し込む光は、どこか穏やかな空気を作ってくれる。そこに彼女が座っていることも、暖かさの要因なのだろう。
気配に気づいたのか、原稿用紙に目を落としていた彼女は顔をあげた。
ゆっくりとした動きで振り返り、その頬に優しい笑みを湛える。
濁ったような青の映える白い指で、手に取っていた万年筆を立てかける。
からん、と微かに音が鳴る。
カップに注いだコーヒーを差し出すより先に、彼女が見せつけるように手を開く。そこには藍の色が宿っていた。
おどけたような笑みはやがて呆れたようなものに変わり、最後にはいつもの笑い方になった。
彼女はいつも花のように笑う。
楽しそうに笑う声はまるで鈴のようだ。
その笑い声がいつまでも続くものだから、思わずつられて笑ってしまう。
コーヒーカップを机に置き、ベッドに浅く腰掛ける。
しばらくして彼女は笑うのを辞め、机に向き直った。
先程綴っていた文字を指でなぞり、口にする。
それはいつの日も美しかった。
彼女の綴る言葉に魅了された日から、彼女はこうして書いたものを直ぐに読んで聞かせてくれるようになった。
ぴんと伸びた彼女の背を縫って、原稿用紙を滑る青い指が見える。
言葉が、声が、胸の内に飽和する。
余韻の糸はどこまでも続いていた。
永く、永く。
瞳を閉じて反芻する。
優美だった一片を。
小さく息を吐いて目を開くと、彼女は此方を向いていた。変わらず柔らかな笑みを浮かべて。
今この瞬間にも、終わって征く景色がある。
退廃と忘却は避けられないのだという彼女の話を思い出した。
いつの日か青い指を見ることもなくなるだろう。
それでもきっと、彼女は青を綴り続ける。
そして変わらず、その言葉を聞かせてくれる。