年寄りチームと若者チーム
「こっちから頼んでおいてなんだけど……そんなんで大丈夫かよ?」
「平気だろ。ここは金稼ぎに何度も来てんだ。そこまで忘れるほどボケちゃいねえよ」
俺たちは軽口を叩きながらお互いの調子を確認していく。
「そうかよ。ならいいが……ああ、保存容器サンキューな、ヤス。それとドレスの件も」
ヒロとの挨拶を終えると、今度はヤスへと視線を向ける。
「気にすんなや。こっちはこっちで今回の件を役に立ててるからよ」
「宣伝か?」
「おう。新しい『勇者』との取引だって言ったら、父上様と兄上様方が大変お騒ぎになってたぜ」
戯けた様子で父親と兄をバカにした発言をしているが、それはこいつがあまり家族仲が良くないからだ。
こいつの兄たちは二人とも一級の覚醒者で、弟のこいつは三級。
誰が会社を継ぐ継がないのどうこうって騒ぎで、兄達からはいじめられたし、父親はそんな状況でも兄に劣っているとしてヤスを庇わなかった。
兄達と揉め事を起こしたとしてもその時の自分が満足するだけで、後々不利益になるから喧嘩はしない、なんて言ってたが、それでも仕返しはしたいと思っていたようだ。
まあその気持ちは当然だと思うけど。
「っと、そうだそうだ。——宮野ちゃん達、ちょっといいかな?」
「あ、はい。なんでしょうか?」
と、俺と話をしたヤスは何かを思い出したように宮野へと話しかけた。
何か、って言ったが、多分前に話しておいた宣伝の件に関してだろうな。
そしてそんな俺の考えは合っていた。
「あー、俺は身内相手だったとはいえ、君たち——『勇者』とその仲間と取引があるってことを利用した。その分そっちに還元するつもりだが、正式に契約も結んでないのに名前を使ったことで不快にさせたなら申し訳ない。もし嫌なら今後は名前を出さないし、今回は賠償もしよう」
「そ、そんな! こちらだって色々と便宜を図ってもらってるみたいですし、その、私はかまいません」
「あたしも大丈夫です。名前を使ったって言っても、原因はあいつが話を勝手に進めたせいですし」
歳下である自分たちにも丁寧に頭を下げるヤスの言葉に、宮野達は恐縮して慌てたように返事をしており、他の三人も宮野の言葉に同意するように頷いている。
浅田に至っては俺を悪者にしている。いやまあ、その通りなんだけど。
「そうか、ありがとう。……ただ、できることならばこれからも広報に名前を使わせてほしい。もちろんその分の利益はそちらに渡す。それから、正式な契約は後でになるけど、受けてくれるのならいくつか依頼をしたいこともあるんだ」
頭を上げたヤスは宮野達にそう話を持ちかけたが、個人的には悪いものではないと思っている。
どのみち卒業後にはどっかしらから話が持ちかけられるだろうし。
だが、その場合にはいろんな制約がつく。
スポンサーとして援助してもらって、何かあった時の後ろ盾としていてくれるんだから当たり前だが、その分を相手に還元しないといけない。
今のところ宮野達がどことも契約していないのは、『学生だから』という理由で逃げておけ、と俺が言っておいたからだ。
契約したら活動に制限がかかるからな。
将来的にどっかと契約するのはこいつらの勝手だが、今は訓練をおろそかにしてほしくない。
それなら最初からヤスと契約させておけば良かったんじゃ? とも思ったが、一度ヤスに話を持ちかけたら、会社内での立場が確立できてないと断られた。
そんなわけでどこともスポンサー契約をさせておかなかったのだが、この間電話で話しをしたときに向こうからこの件を持ちかけられたので、準備はできたんだろう。
ヤスのところなら無茶な『お願い』や、契約の隙をつくような『罠』なんてやろうとはしないだろうし、最大限の便宜を図って訓練の時間を削るようなことはしないはずだと思ってるから安心できる。
「……どーする?」
「うーん。悪いようにはしないと思うけど……」
「え、えっと、いいんですか?」
だが、宮野達は今までは断ってきたものの、今までは断れと言っていた俺が紹介したからか、しっかりと悩んでいる。
北原の「いいのか」ってのは、今まで断れって言ってきたのに、って意味だろうな。
「ああ。こいつなら訓練や日常生活を邪魔するような無茶な依頼なんてしてこないだろうからな」
「もちろんだよ。なんなら、いつ解約しても違約金なし、こっちの依頼を断っても罰則なしで契約でも構わないと思ってる。それなら嫌になったらいつでも辞められるし、嫌な要求だったら拒否できる。こっちが望むのは、ただ君たちが使ってる装備はうちの会社だって宣伝させてもらうこと。それと、できればでいいんだが、素材をうちに卸したり、ちょっとした『依頼』をこなしてもらえればそれでいい。わけ前についての詳しいことは後で話すけど、それだってそっちが嫌ならば話を聞いたあとで拒否してくれても構わない」
破格すぎるほどに破格な内容。
だが、それほどまでに『勇者』の称号には力がある。
実質なんの縛りもないような契約であっても、契約しているという事実だけで十分に報酬となるのだ。
「依頼ってなに?」
安倍はヤスの言った『依頼』というのがなんなのか気になったようで、小さく首を傾げながら問いかけた。
「具体的には、今回ドレスの注文を受けたが、それが完成したらそれを着て写真を撮らせてくれないか? それをうちの商品のカタログで使いたい」
「そ、それってモデルみたいな?」
「まあ端的に言えばそうだね。——で、どうかな?」
ヤスの言葉に、宮野達は今までまともに契約関連の話を聞いてこなかったからか、どうしようかと悩んでいるようだ。
「突然モデルって言われても、ちょっと現実味がないわね」
「よね。……でもさ、モデルってほら、その、ちょっと憧れない?」
「は、恥ずかしく、ないかな?」
……違った。契約関連じゃなくてモデルって方に惹かれてたから悩んでいるように見えただけらしい。
まあ、女の子ならモデルってのに憧れるものかもしれないし、当然の反応か?
「安くなる?」
「もちろん。むしろドレスの代金は完全にこっちもちで、報酬さえ払ってもいいと思ってる。というか、思ってるだけじゃなくて実際にそうするつもりでいるよ」
宮野、浅田、北原がモデル云々で反応したというのに、安倍だけはやたら現実的なことを言ってる。
うん。お前はそういう感じだよな。
「えっと、その、決めるのはまた後でもいいですか?」
「ああ。今日は正式なやつじゃないからね。ただの提案だ」
宮野達は心惹かれたものの、今すぐに決めるつもりはないようで、ヤスもそれは承知しているのか、断られなかっただけでも上出来だと言わんばかりに笑顔で頷いている。
「それと、ドレスの件だけど、こっちでデザイナーは確保したから、デザインが決まったら後で資料を送りたいんだけど、連絡先を聞いてもいいかな?」
「あ、はい。どうぞ」
そうして宮野達は四人ともヤスと連絡先を交換した。
とその時、俺の頭に天啓が降りた。
——これ、いつもの仕返しができるタイミングじゃね? と。
「理由をつけて女子高生の連絡先を聞くとか……事案か?」
「うっせえ。毎日女子高生に囲まれてハーレムやってる奴が言うんじゃねえ」
「俺だって好きで学校行ってるわけじゃねえよ!」
なんとなく話がまとまってひと段落した感じだったので、俺は天啓に従っていつもの仕返しとばかりにヤスを茶化したのだが、逆に反撃を受けてしまった。
「お前の状況からして、カウンター喰らうことは分かり切ってんだからやめとけよな」
「……それでも、男にはやらなければならない時ってもんがあるんだよ」
「成果を残せず負けてちゃ意味なくね?」
ヒロとケイが笑っているが、俺は逆に苦々しい表情をしているだろう。
……まあいい。いや、よくないけど、まあいいとしよう。
お前ら、今この場は見逃してやるが、後で覚えておけよ。機会があったら俺はいつでも仕掛けるぞ。
また反撃を受ける未来が見える気もするが、気にしない。
「……まあそれはともかくとして、文化祭の日には空けられそうか、ケイ?」
自分から仕掛けたことなのだが、俺は話を逸らすためにケイへと業務連絡というか、なんかそんな感じで話を振った。
「ああ。ヤスんところとは違って個人店だけど、うちも家族経営だからな。数日のあきくらいなら簡単だ」
「個人店って言っても、お前んところはそれなりに有名だろうに」
「ま、こっちも宣伝になるからな。店の名前出していいんだろ?」
「ああ。それくらいはな。旨みがないと誰もやらんだろ」
こいつの家は個人店だがここらではそれなりに有名な、ダンジョン素材を使った料理店だ。
必要ないとは思うが、万が一に備えて免許持ちとして呼んでおこうと思ったのだ。
「さて、交友を深めたところでそろそろ行かないか?」
そんな話をしていると、ヒロが声をかけてきた。
その言葉を受けて時計を見ると、もう出発予定時刻の七時半を超えている。
今回の探索は時間がかかるだろうし、話はまた後ですればいいか。
「じゃあ、ヒロ。開始の音頭を頼むわ」
「あ? 俺がやんのか?」
「他に誰がいるってんだよ」
こういうのは年長のチームのリーダーがやるべきだ。
宮野とヒロ、どっちが年上かって言ったら、考えるまでもなくヒロが上だ。
「それはほら、そこに勇者っていう冒険者代表が……」
「え? わ、私ですか? いえ、その……」
『勇者』は音頭にふさわしいとも言えるが、突然話を向けられた宮野は戸惑っている。
それも仕方ないだろう。だって圧倒的に年上を相手にして、それも特に親しいわけでもない相手に向かって何か話さないといけないのだ。
勇者といっても中身は普通の女の子な宮野にはすんなりできるもんではないだろう。
「女の子を困らせんなよ、老害」
「安心しろ。お前よりは困らせた回数が少ねえからよ」
いや、おい。その返しはズルくないか?
そもそもお前ら宮野達と関わった時間が少ねえじゃねえか。回数が少なくて当然だろ。
なんて、そんなことを考えていると、ヒロは軽く息を吐いてその場にいた俺たちを見回した。
「年寄りチームと若者チームの合同作戦を開始する! ……お前ら、若者の足引っ張んなよ?」
「年寄りチームの代表がなに言ってんだ!」
「一番足引っ張りそうな年寄りはあんただろ!」
そんな声とともにダンジョン『蜜の楽園』の探索が始まり、俺たちはゲートを潜り、ダンジョンの中へと入っていった。




