『戦術教導官』
「ああ……諸行無常ってこう言うことを言うんだろうな」
学校の訓練場で空を眺めながら自然と口から言葉が漏れた。
どうして俺はこんなところにいるんだろう? 冒険者は辞めたはずなんだけどなー。
一応冒険者資格は残して置いてあるけど、それでもちゃんとチーム脱退手続きはした。
だというのに、なんで俺はこうして防具を身に纏って剣を腰にぶら下げた状態になっているのだろう? あまつさえ、なぜそんな状態で学校なんてもう二度と来ないであろうと思っていた場所に来てるんだろう?
いや、状況というか、なんでこうなったのかはわかってるんだが……全くもって理不尽だ。
「なに馬鹿なこと言ってんのよ」
「そうですよ。ちゃんと仕事してくださいね——先生」
そんな俺の呟きを聞いていたんだろう。同じく武装した状態のチームメンバーである浅田佳奈と宮野瑞樹がそう言って声をかけてきながら近寄ってきた。
宮野は俺のことを『先生』と呼んだが、それは何も俺がこいつらに色々教えたからじゃない。
まあこいつら的にはその意味もあるんだろうけど、正しい理由としては、教導官は正式に免許制になったことで教師と同じく『先生』と呼ばれる立場になったからだ。
実際に教壇に立って教える訳じゃないけど、それでも学生達に教えるわけだし、分類的には教師枠で公務員だ。
やったな、俺! 俺も根無草の冒険者から公務員になったんだぜ! ……はあ。なりたくなかった。
……時間って、戻んねえかなぁ。
いや、冒険者は辞めたかったんだし、そこに問題はない。辞めるまでは問題がなかったのだ。問題があるとしたらその辞めた後のこと。
……もっと違う職につきたかった。
「……前に進もうって決めたけどさ、ちょっと急ぎすぎじゃねえかね?」
あの学校襲撃の事件の日、俺は元恋人の夢っつーか幻を見た。
そのおかげで俺は過去から前に進もうって思えたんだが、進むにしても少し急じゃないだろうか?
俺としては冒険者を辞めてから数年……最低でも一年はダラダラしながら心の整理ってか、まあそんなふうに暮らしたかったんだがな。
——美夏、お前は俺の背中を押したけどよ……お前もこんな展開は予想してなかっただろ?
そんなふうに死んだ元恋人の顔を思い浮かべながら、心の中で呟いて一度大きく息を吐き出すと、目の前にいるチームメンバー達の対応をすることにした。
まあそんなわけでなんだかんだと色々とあって、俺はもう一度宮野達のチームメンバーとして、そして『戦術教導官』として活動することになった。
まあ仰々しく『戦術』なんて改めた名前だが、前に俺がやっていた『教導官』と新しく俺がやることになった『戦術教導官』の違いってのは、ぶっちゃけそんな大きな違いはない。
今までみたいにダンジョンに潜って、学生と一緒に授業に参加して……まあそんな程度だ。
だが、生徒達が各自交渉して仲間に引き入れる単なるアルバイト的な教導官とは違って、戦術教導官はれっきとした仕事、それも公務員だ。
つまり、なにが違うのかってーと、勤務時間がしっかり決められていて、やる事やらない事もはっきりと決められているってことだ。
今までなら週何回かの必要最低限の授業だけ面倒見てればよかったんだが、今では毎日学校に通わなくちゃならない。
毎日って言っても休日はあるけど、それでも週五で学校だ。ちょっときつい。
まあ、普通に仕事する場合でも週五なんだけどさぁ……俺がここにこなくちゃならなくなった理由とか状況とかのせいで、なんつーか気が重い。
一応公務員だから金はもらえるんだけどな? なかなかの高給だぜ?
でも、そんな金いらないから——むしろこっちから同じ分の金払うから辞めさせてくんねえかな? ……辞めさせてくんねえんだろうなぁ。
まあそんなわけで俺は平日の今日学校にいるわけだが、いるのはなぜか教室でも、参加しなくてもいい授業の時に待機する教導官用の控室でもなく、浅田に与えられた寮の私室だった。
ほんとになんで俺はこんなところにいんだ?
「——さて、今日みんなに集まってもらったのは他でもない、文化祭のことよ」
「文化祭のことって、佳奈ちゃん、参加するの?」
「うん。だって女子高生でしょ? こういうイベントは楽しみたいじゃん」
そう言った浅田の部屋は、なるほど。普段の態度や荒々しい戦い方や粗雑にも思える態度に反して、女子高生というにふさわしい感じのなかなかに乙女チックな部屋をしている。……気がする。
まあ実際に乙女チックってどんな部屋だよ、って言われても答えられないので気分的にそんな感じがするってだけだが、ぬいぐるみが置かれてたり、私服なんだろう。女の子っぽい服が壁に掛けてあったりしてる。
あとは部屋の隅を見てみると作りかけのぬいぐるみ……あみぐるみ、だったか? その残骸が置かれている。
あれは片さないんだろうか? と思うが、まあそんな気を遣ってもらう必要もないか。
それに、俺の姉の学生時代の部屋よりマシだ。
あの姉、部屋に入ると足の踏み場もないくらいに服とか脱ぎ散らかしてあったし、客が来るからって片付けても「あ、こいつ急いで片付けたな」ってのがわかるくらい汚い部屋だった。
部屋にはゴミ箱じゃなくて大きなゴミ袋がそのまま置かれてて、一ヶ月とか余裕でゴミを出さなかった。
あいつ、結婚したはいいが、ズボラさから相手に逃げられないだろうか心配だったが、なんとかなったようで何よりである。
まあそんな姉に比べると大変失礼になるんだが、こいつは普段からそれなりに掃除をしているようだし机の上には綺麗に本が並んでるしで、すごく好ましい部屋だと思う。
「んー、けど、参加するにしても、私たちだけってなると色々大変じゃない?」
「そこはほら、工夫するとか、外部から人を呼んで助けてもらうとか」
にしても、なんだっけ? 文化祭だったか?
文化祭ねぇ……この時期にやるのは珍しいんじゃないだろうか? 俺のイメージでは十月とかその辺なんだが……ああ、ランキング戦か。
確か十月とかその辺りには体育祭がわりのイベントがあったな。それと被んないようにしてるのか?
まあなんにしても、学生らしいイベントっていやあ、らしいか。
こいつらも一応……いや、れっきとした女子高生なんだから、参加はしたいだろうな。
にしても女子高生かぁ。
普段は一般人にとっては命懸けの戦いを難なくこなしてるような猛者だが、こうしてみると普通にそこら辺にいるただの女の子にしか見えないよなぁ……ん?
んー……あー……。
今更だし、こいつらは何も言わないでいたから気にしなかったけど、女子高生の私室に入るとか…………やばくね?
しかも俺、さっきまで当たり前みたいな感じで部屋の中を見回してたんだけど?
一応その辺りの線引きはしておいたはずなんだけど、いつの間にか緩んでたか?
いやまあ、一応過去の恋人のことに区切りをつけたと言えなくもないし、ヒロもなんかそんなようなことを言ってたので問題ないっていやぁ問題ないんだけど……いや、やっぱ問題あるわ。法律云々とかじゃなくて、気分と世間体的に。