脱退——なんで?
──◆◇◆◇──
「本当に、辞めてしまうんですか?」
「ああ。これはもう決めたことだ。次の仕事も決まってるしな」
あの日、襲撃が終わったのでそれでおしまい、と言うわけにはいかなかった。ま、当然だがな。
そして、まあこれも当然だが、あの日からしばらくの間は休校となった。
建物は魔法を使えばすぐに立て替えることができるが、人の命はそうはいかないのだ。これも、当たり前のことだがな。
休校になるにあたって、もうほとんど授業はないような状態だったのが不幸中の幸いといえなくもない。その程度のことを『幸い』だなんて口にするつもりはないけど。
そして俺たちも事情聴取を受けたり、死んだ者達や壊れた校舎のあれこれだとか、事後処理やらなんやらをやっているうちに今年度が終わることとなった。
つまり——約束していた脱退の日だ。
「もう決まってるって、なんでよ! 早すぎるでしょ!」
「そこで文句を言われてもな……元々三ヶ月だけだった約束だ。今学年が終わるまでに伸びただけでも遅いと思うぞ」
元々は三ヶ月だけの約束だったんだ。それが半年先まで伸びたんだから、チームを抜けるのは十分遅い。
「えっと、その……これからは一緒に行動したりなんか……」
「する必要はないだろ。予定が重なることもないわけだしな。それに何より、俺はもう冒険者を辞めるんだ。そもそも一緒に行動できなくなる」
「「「……」」」
俺だって今のチームに愛着がないわけでもない。
だが、それでも俺は辞める。
もしかしたら辞めてから考え直してもう一度冒険者をやる……というかこいつらのチームに入りたくなるかもしれない。
だがそうだったとしても、一度辞めてから考えてみたいんだ。
「次の仕事は?」
「ヒロの紹介で、今度作られる新部署に入れてもらえることになったんだ。政府の手が入ってるから潰れることはないし、まあ安泰だな。何より、死ぬことがないのが良い」
黙りこくってしまった三人に対して、安倍だけはいつも通りの表情で尋ねてきた。
……いや、いつもよりは険しい表情をしてるか。
「……ねえ、ほんとにいなくなんの?」
「そう言ったろ」
「いや! ダメなの! いなくなんないでよ! だって……だってあたしは……あたしはっ!」
だがその言葉は最後まで紡がれることはなく、浅田は悲しげに唇を噛むと走り去っていった。
そして、俺はチームを抜けた。
──◆◇◆◇──
「——どうして、こんなことになったんだろうな?」
あれから僅かばかり時が流れ、四月。
俺は今、学校に来ていた。
そして、人けのない校舎裏に呼び出され、校舎を背に女子高生四人に囲まれていた。
……なんで俺、こんなことになってんだろうな?
「それはこっちが聞きたいんですけど……冒険者を辞めたんですよね?」
「そのはずなんだが、俺もよくわかってねえんだよ」
前に別れたはずのチームのリーダーである宮野が尋ねてきたが、俺自身なんで学校に来なくちゃならんのかよくわかってない。
いや流れはわかってるんだけど、どうしてそんな流れになったの? って感じだ。
「えっと……教導官としてこられたん、ですよね?」
「多分な」
「多分?」
俺と顔を合わせようとしない浅田以外の三人が俺を見て首を傾げている。
「ヒロに勧められたんだよ。今度組合に新部署ができるからそこで働かないか、ってな。本当なら事務方にしようかと思ってたんだが、仕事は決まってなかったし、元冒険者ってことで優遇も受けられる。それに新部署ってことは周りとの上下関係もまだ形成されてないから楽に行くと思ったんだ」
そう。以前こいつらと……まあ喧嘩した際に相談に乗ってもらったヒロから勧められた新部署。
そこに勤める流れだったはずなのに、気がつけば学校に来ることになっていた。
「仕事内容を聞いたりしなかったんですか?」
「聞いたよ。その時は組合の新人に冒険者のなんたるかを教える必要があるって言われて、冒険者は学校で教えられたはずだし、話の流れからして職員に教えるんだと思ってたんだ」
だが実際には冒険者組合の職員ではなく、学校に来て生徒達に教えることになった。——『戦術教導官』として。
『戦術教導官』ってのは、新しくできた……職業? だ。
今までの教導官ってのは生徒が自分たちで選んで冒険者を仲間に引き入れていたんだが、それだと当たり外れがあるってことで、この間の襲撃の件もあってそれじゃあまずいと最低限教えるに足る能力がある者だけがなれる資格制となった。
教えるなら教師がいるじゃん、とも思うが、教師は個別のチームごとに一緒にダンジョンに潜ったりはしない。
だから教導官は個別指導みたいなもんだ。それが免許制になった感じだな。
で、新部署の試験だと思ってその教導官の試験を受けた俺は合格し、学校に来ることになった。
そして宮野たちのチームの担当になった。と言うか担当にされた。
いやまあ、組合内にできる新部署の試験で間違いではなかったんだけどな?
実際に戦術教導官を管理・派遣するための部署があって、そこの試験だったわけだし。
「嵌められた……」
油断しすぎだとか迂闊だとかもっとしっかり確認しろとか思うかもしれないが、言い訳させてほしい。
詳細を聞いた時には、新部署だから詳しくは決まってないって言われてたんだ。
でもヒロが勧めるもんだし、そう悪い話じゃねえだろってことで受けたってわけなんだよ。
というか、あの相談した時にこんなふうに嵌めると思うか? いいや思わない。
あいつも本当によく知らなかった可能性もない訳じゃないけど……今思えばあいつはこうなるのを知ってて黙ってた感じがする。っつーか確実に黙ってやがったな。
そもそもからして前日になって明日の試験頑張れよ、なんて言われたこと自体おかしい。
あいつはうっかり連絡忘れてたとか言って謝ってきたが、多分……つか絶対に嘘だろ。
俺が余計なことを調べないように意図的に俺に与える情報を絞ったに決まってる。
「けど、それじゃあまた一緒に冒険できるんですよね?」
「いや、それは……待て。ほんとに行かないとなのか?」
「ふふ、当然ですよ。伊上さんは私たちのチームの教導官なんですから」
「あの、またよろしくお願いします」
「よろしく」
宮野、安倍、北原は歓迎ムードだが、俺としてはちょっと待ってほしい。
「いや……いやいや。まて。嘘だろ? だって俺冒険者辞めたじゃん」
確かに辞めてからもう一度やりたくなるかもしれないとは思った。
だけどさ、これはないだろ。なんか、こう……違うじゃん?
「……あっ! そうだっ! 宮野、お前から申請してくれ。俺は教導官に相応しくない。解雇しろって」
今ならまだ間に合う。楽な新部署の話につられたのがいけなかったんだ。入社一ヶ月で止めるやつの話なんてザラにあるんだし、今辞めてもおかしくないはずだ。こう、ソリが合わなかったとかで。
今の俺は傭兵みたいな感じで一応雇われた状態だ。
自分から抜けることはできないが、派遣先から追い出された場合はその限りじゃない。
まあ理由にもよるが、怪我させたりなんか壊したりってわけじゃなかったらなんの罰則もなかったはずだ。
「本気で言ってます?」
「ああ。ほら、浅田も俺の方を見ないくらいに仲違いしてるし、相応しくないだろ? だから頼む」
俺の言葉を受けて浅田はビクッと反応したがそれだけだ。相変わらずこっちを見ない。
「佳奈のは違う理由だし、そんなに嫌だと言われると悲しいんだけど、仕方ない、か。……無理にチームに入れても、不和を招くだけ、ですからね。——わかりました」
「そう……ああ、そうだ」
なんだか思ったよりもすんなりと辞められそうな気がする。
なんて、そんなことを思っていると宮野はにこりと笑って言った。
「お断りします」
「……おいまて。前後の文が繋がってないぞ。なんでその結論になった!?」
いかにも辞めさせてくれそうな雰囲気だったじゃないか!
「私、正直者なんです。あなたが教える者に相応しくないだなんて嘘、口が裂けても言えませんよ」
「むしろ、コースケ以上はいない」
「そうだね。他の人が来ても、仲良くできるかわかんないし、それに、教えるのだって……」
安倍、北原の二人は続け様に宮野の言葉を肯定し、俺を辞めさせようとはしてくれない。




