瑞樹:『世界最強』と『勇者』
「そ、それは——」
瑞樹はニーナから発せられる威圧感によって吃りながらも一連の流れを説明した。
「そうですか。わかりました。では害虫を一掃しましょう」
話を聞いて一応の納得を見せたニーナだが、それでも裏切り者がそこらじゅうに潜んでいるとわかると辺りを見回し、それからゆっくりと手を動かして掲げた。
そうして魔法を構築し始めたことで、その場にいた一人が恐怖から叫びを上げて走り出し、他のもの達もその後を追うように我先にとその場から逃げ出した。
「ちょ、ちょっと待って!」
だが、先ほど自分たちに向けたように魔法を構築し始めたニーナを見て、このままでは校舎やそこにいる他の生徒ごと攻撃されると判断した瑞樹は慌ててニーナを止めた。
「なぜ邪魔をするんですか?」
「なぜって……それは校舎ごと消すつもりなんじゃないの?」
「ええ。隠れられたら面倒です。更地にしてしまえば、わざわざ探す必要もなくなります」
当たり前の常識を語るように言われたニーナの言葉に瑞樹は表情を歪め、それでもどうにか止めようと言葉を紡ぐ。
「伊上さんを助けるために行動する、というのは賛成よ。けど、そのために無害な生徒も巻き込むつもりなの?」
「? だからなんだと?」
「……そもそも、校舎ごと焼いたりなんてすれば、伊上さんも巻き込まれるわよ? あなたは伊上さんを助けに来たんじゃないの?」
「ええ。ですがご安心を。あの人のいる場所おおよその見当は付きます。ただ、探すのに邪魔なので他のものを消すだけです」
必要なことは言った。
そもそもこうして言葉を交わすことだってニーナにとっては余分だったのだ。
それでも会話に応じたのは、瑞樹が浩介の関係者だったからに他ならない。
故に、話すことは話したと判断すると、ニーナは瑞樹から視線を外し浩介の反応がする場所以外を更地に変えるために、止めていた魔法の構築を再開した。
ニーナにとっては校舎ごと敵を殺すなど、いつもやっている作業と変わらない。今回は多少は気を使ってやる必要があるが、そんなものは誤差の範囲の手間でしかない。
いつも通り魔法を作って、いつも通り焼くだけ。
だが——
「どいてくれませんか? これ以上邪魔をするようならば、敵とみなしますよ」
ニーナはその作業を再び止めることになった。
「させない。あなたに校舎を壊されたら、多くの人が巻き添いになる。それを見過ごすわけにはいかない!」
「そんなもの、知ったことではないと言ったはずですが……」
まさに勇者らしいことを言ってニーナの前に立ちはだかる瑞樹だが、そんな彼女の言葉にニーナは表情をしかめた。
そしてわずかに悩んだ様子を見せると、その悩みになんらかの結論が出たのか軽く頷いた。
「でも、そう。邪魔をすると言うことは、敵になると言うことですのね」
ニーナはそう言うと途中となっていた魔法の構築を進めていく。
「わたしの隣に立てるあの人を……そばにいてくれるあの人を害する世界など、滅んでしまえばいい。あなたも共に消えなさい」
そんなニーナの様子を見ながら、瑞樹は軽く唇を舌で湿らすと覚悟を決めて口を開いた。
「佳奈、晴華、柚子。離れてちょうだい」
瑞樹は仲間へとそう伝えると、佳奈達はわずかに迷った様子を見せた後、その場から離れていった。
言いたいことはいろいろあるが、それでも自分たちがこの場にいたら足手まといになることがわかっていたからだろう。
だが、そんな瑞樹達の様子を見ていてもニーナの手は止まらず、魔法の構築を進め——完成させた。
あとはそれを放つだけでこの女は消える。
だが……。
「なら、私もあなたのそばにいられるようになれば、あなたはこの騒ぎを止めるのかしら?」
「……なんですって?」
その言葉を聞いた瞬間、ニーナは言葉の意味がわからなかった。
それは、そのあまりの意味不明さに完成した魔法の維持を止めてしまうほどに訳がわからない。
だが、すぐに瑞樹の発した言葉の意味を理解すると、カッと怒りを瑞樹を睨み付けた。
それは浩介の存在を蔑ろにしているように思えてしまったから。
それも、よりにもよって浩介に何か起きているかもしれないと言うこの状況でだ。
浩介のことは諦めろ。その代わりの場所に自分が収まるから、それで満足しろ。
ニーナには瑞樹がそう言っているように思えてしまった。
だからこの不愉快な女を殺そうとはっきりと意識し、だが行動に移す前に瑞稀が言葉を発した。
「だってそうでしょう? あなたの相手をして、それでも死なないからあなたは伊上さんを大切に思ってる。なら、私もあなたの攻撃で死なないようなら、あなたは私を守るために動いてくれるんでしょ?」
「……」
「友達になりましょう。私、あなたと話をしてみたいと思ってたのよ」
それは以前見た時から思っていたこと。
程度は違うが、同じ『化け物』と呼ばれたもの同士、話してみたいと、そしてできることなら友達になりたいと思っていた。
だって、一人が寂しいのは知っているから。
「……世迷言を」
瑞樹のそんな心の内を知らない者にとっては、その言葉はただのその場しのぎの虚言や誤魔化しにしか感じられなかっただろう。
事実、ニーナにもそう思えた。
だが、ニーナはなぜかその言葉を単なる世迷言として片付けてはいけないような、そんな気になってしまった。
「……友になると、言いましたけど……なら、その言葉に相応しい力を見せていただきたいものですね。簡単に死んでしまっては……隣に立っていられないのであれば、友になどなれるはずがありませんから」
そんな言葉の直後にニーナが虫を払うような動作をしたかと思うと、その手を起点に瑞樹へと白い炎がばら撒かれた。
それ自体は珍しくもなんともない、ただ現象を引き起こしただけの簡単な魔法。
だがニーナのそれは他の魔法使いのものとは違った。色もそうだが、何よりもその威力が、だ。
単なる様子見や小手調べの軽いものが、一級魔法使いの本気と同等の火力を持っていた。
「ッ——!」
だが瑞樹はそんな白き炎を斜め前に飛び込むことで避けた。
一歩間違えれば簡単に死ぬような行動だが、瑞樹はあえてそれを選んだ。
後ろに下がっても避けられただろう。だが、その場合は瑞樹を追って炎が追従してくる可能性がある。下手に逃げ回って炎による被害が広がってしまえば、『みんなを守る』という目的は果たせなくなってしまう。
だからこそ、瑞樹はあえて危険な前方へと飛び込んだのだった。
「なかなかやりますね。ですが——きゃあっ!」
ニーナが新たな炎を瑞樹に向けて放とうとしたその時、ニーナの手にパチっと電気が流れた。
それは静電気程度の、全くダメージがないと言えるような些細なもの。
だが、予想外の感覚にニーナは小さな悲鳴をあげ、前に出していた手をバッと胸元に引き寄せた。
それは瑞樹がやったこと。魔法で雷を放って、ニーナが手を使えないように潰そうとしたのだ。
しかし、常人であれば静電気程度では済まないような魔法だったはずだが、それでもニーナにとってはちょっと驚いた程度にしかならない。
——だが隙はできた。
そして当然ながら、その隙を見逃すほど瑞樹は甘くない。
「セヤアアアアッ!!」