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瑞樹:『世界最強』の襲来

 

「みんな聞いて!」


 瑞樹はそんな晴華の姿をすまなそうに見て、だがすぐに視線を前に向けると声を張り上げた。


「多分これから広範囲を巻き込んだ攻撃が始まる! それに巻き込まれないようにするために防御を固めるわ!」

「え? そんな予兆、どこにもないけど……」


 瑞樹の言葉に慌てて周囲を確認する生徒達だが、いくらみても周りにはなにも反応がない。


「違う。ここにいる敵じゃなくて——空からよ」


 その言葉で瑞樹がなにをさしているのか分かったものもいるが、だからこそ不思議そうにしている。


「……それって世界最強のことか? 何言ってんだよ。救援で来たんだろ? そんな俺たちを巻き込むだなんてこと、あるわけ——」

「間違いだったならそれでいい。でも、あなたは死んでから同じことを言える? 救援だと思ってたんだ、って」


 瑞樹の言葉に生徒の一人が反論するが、瑞樹はその言葉を遮って生徒たちを軽く威圧した。

 そんな瑞樹の言葉と態度に気圧されたのかその生徒は黙り込み、他の者も先ほどまでの助かったという安心感が消え去っていた。


「先生や生徒の中に敵が紛れ込んでたのよ? 世界最強が敵じゃない保証が、どこにあるの? 私たちを倒せない状況に嫌気がさして〝敵が〟援軍を呼んだかも知れないじゃない」


 確かにその通りかもしれない。

 生徒たちはそう思ってしまい近くにいた友人知人を見たが、ことここに至って、そいつでさえも裏切り者なんじゃないかという可能性に思い至ってしまった。


「な、ならどうしろって言うんだよ。世界最強と戦えってのか? 無理に決まって——」


 仲間が裏切り者かもしれない。そんな不安を振り払うように生徒の一人が声を上げた。


「私がやるわ」


 が、またも瑞樹はその言葉を遮り、はっきりと宣言した。


 ここにいるもののほとんどがプロとして活動していないただの学生。

 だがそれでも『世界最強』の話くらいは聞いたことはある。


 何をなしたのか、どんな敵を倒したのか。

 対抗しようと思うことが馬鹿馬鹿しくなるほどの功績は、冒険者の間ではもはや常識と言ってもいいほどに知られていることだった。


「倒せないのはわかってるでも、時間稼ぎくらいはしてみせる」


 そんな『最強』に立ち向かうのだという。

 生徒も教師も教導官も、全員が瑞樹のことを正気だとは思えなかった。


「な、なら最初から逃げたほうがいいんじゃ……」

「今から逃げたところで、大して距離は変わらないわ。まだ周りには敵がいるのよ? 簡単に逃げられるとは思えないわ。広範囲攻撃に巻き込まれるだけ。だったら最初の攻撃を凌いで、私が時間を稼いでいる間に他のみんなで逃げたほうが可能性がある。敵も巻き込まれたくないでしょうから、私たちを囲っている陣形も崩れて隙ができるはずだもの」


 故に、まだ年若い教導官の一人は止めるのではなく最初から逃げたほうがいいのではないかと口を開いたが、瑞樹の言葉を受けて「そうかもしれない」と納得してしまった。


「だから、私が時間を稼いで、その間にみんなは広範囲攻撃で隙ができた敵の包囲網を抜けて、逃げて欲しいの」


 その攻撃がどれほどのものかわからないが、それでも晴華が慌てるほどなのだから学校全体を巻き込む規模ではないかと予想していた。


 そして、ニーナの襲来が敵にとっての想定通りなら、ニーナが来る前に巻き込まれないように撤退しているはずだ。


 ならば、それさえ凌いでしまえば後は楽に逃げることができるだろう。


「でも、そのためにはまず初撃を防がなくちゃいけない。だから、お願いします。みんなの力を貸してください」


 瑞樹が頭を下げて頼み込むと、手伝ってもいいんじゃないか、と小さく相談するようなざわめきが起こった。


 だがそれでも誰も何も言い出さない。


 ……時間がないのにっ。


「わかりました。あなたの提案に乗ります」


 焦る瑞樹だが、そんな誰も発言しようとしない中で一人の女性がはっきりと答えた。瑞樹たちの担任である桃園だ。彼女もまた、自身のクラスの試験のために同じ場所にいたのだった。


「先生……」

「裏切り者がでた状況で私たち教師を信頼しろとも、言うことを聞けとも言えません。それに今はあなたがこの場においては最も格上です。子供に頼るようで情けないかぎりですが、せめてあなたに手を貸させてください」

「ありがとうございます」


 一人でも賛同を得られたことで瑞樹は笑顔で感謝をした。


 そして、最初に自分以外の誰か一人でも動いてしまえば後が続きやすかったのか、他の者たちも瑞樹の考えに賛同し、全員が瑞樹の作戦の参加を決めた。


「あと五分……」


 全員が瑞樹の意見に賛成したところで、晴華が残り時間を告げる。


 その頃になるとすでに敵からの攻撃はほぼ無くなっていた。『世界最強』の攻撃に巻き込まれるから撤退したのだろう。


 それでもまだ多少は攻撃が残っているのは道具によるものか、それとも死兵となって最後まで戦い死ぬつもりなのか。

 だがどちらだったとしても、想定通り敵の布陣が変わり、残りの戦力が減ったのには変わりない。


 そうして魔法使い系は防御用の魔法を準備し、戦士系はその間魔法使いたちの護衛として飛んでくる攻撃を防いだりと、瑞樹たちはわずかな時間でできる限りの準備を整えていった。


「やっぱりこの感じはっ!」


 瑞樹たちが準備を始めてからおよそ五分。ついに『世界最強』が姿を見せた。

 だがその身から感じるのは晴華の言っていたように『怒り』。


 その様子から、やはり攻撃が来るのだと改めて理解した瑞樹は、剣を持っている手にギュッと力を入れた。


 現れたニーナは魔法を使っているのだろう、空を飛んで学校を見下ろしている。


 だが、浩介を助けにきたのに肝心の浩介がどこにいるのかわからない。


 幸いにもニーナは浩介のおおよその居場所を感じ取ることができたので、浩介が生きていることを確認できてわずかながら冷静になれたニーナは無闇矢鱈と校舎を破壊して探すという暴挙には出なかった。


 が、そこで視界の端に人がいたことに気がついた。


 そして、ダンジョンで遭遇した人形の向こうにいた男の言っていた生徒に紛れた『裏切り者』のことを思い出したニーナは、探す前に裏切り者を消しておこうと考えて魔法を構築していく。


「来ます! 全力で守りを!」


 自分たちの方ではなく別の場所へと意識を向けていたニーナを見て、瑞樹はわずかにホッとした。


 だがそれもほんのわずかな時間だけだった。

 瑞樹の感じた安堵はニーナが自分たちへと視線を向け、魔法を構築し始めたことで霧散した。


 瑞樹は一瞬で気持ちを入れ替えると、物理的な圧力すら感じそうなほどの『最強』の存在感に呑まれてしまいそうだった者達に声をかけた。

 その声で自身のすべきことを思い出した生徒たちは、自分たちを守るために魔法を発動し、守りは完成した。


 できる限りのことはやった。

 みんな全力で防御している。


「やらせないっ!」

「ヤアアアアアッ!!」


 だが、いくら防御をしたところで、直撃を受けてしまえばあの炎には耐えられない。


 咄嗟にそう判断した瑞樹と晴華は、自身の最大の攻撃をもってニーナの炎を相殺——できなくとも減衰しようとした。


 そして、天から落ちる白き炎に向かって、地上から雷が駆け上がり、その後を赤い炎が追い縋る。


「ぐおおおおっ!?」

「きゃあああっ!?」


 瑞樹と晴華の魔法を受けたニーナの炎は空中で弾け、白い傘のように生徒たちを覆った。


 相殺はできなかった。

 ニーナの炎は威力を削られてなお、生徒たちが何十人も束になって作った守りを容易く消し去った。


 だがそれでも、減衰はできた。瑞樹たちは誰も死ぬことも怪我をすることもなく生きている。


 とはいえ、それで全てが終わったわけでもない。

 魔法を放ち終えたニーナは、ただでさえ苛立っているにも関わらず自分の思い通りに行かなかったことに腹を立て、自分に攻撃をしながらも生き残った者へと視線を向け、新たな魔法を構築し始める。


 しかし、ふとそこで違和感を感じ『裏切り者』がいるであろう生徒たちを注視すると、何かに気がついたのか魔法の構築を中断して瑞樹たちの前へと降り立った。


「——そこなあなた。あなたはあの人に教えを乞うている方でしょう? あの人の元に案内しなさい」


 自分の攻撃を止められたことで多少なりとも冷静になったニーナは、以前浩介から現在のチームメンバーとして教えられた瑞樹のことを思い出した。


 そして、瑞樹は浩介のチームメンバーなので彼女なら浩介の場所を知っているだろうと判断し、問いかけた。


「……すみません。私たちにも伊上さんが今どうなっているのかわかりません」

「……使えない」


 だが、瑞樹には浩介がどこにいるのかわからなかった。


 せっかく時間を割いたのになんの情報も得られなかったニーナは瑞樹に落胆し見切りをつけると、先ほど浩介の反応を感じた方向へ向かおうとそちらに体を向け、一歩踏み出した。


「……ああ。そういえば一つ尋ねたいことがありますの」


 だが二歩目は出ず、あることを思い出し瑞樹に振り返った。


「——この中に裏切り者はいますか?」


 こいつらの中に裏切り者がいるのであれば、片付けなければならない。

 そもそも、もしかしたらこいつ自身が裏切り者で、浩介の敵なのではないか、と。


 もしそうならばこの場で……。


 そんなふうに考えたニーナから発せられる威圧感の感じて、当初の予定ではすぐに逃げ出すはずだった生徒達はその場で身体を竦ませ、立ち止まってしまった。

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