二・三年の状況
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……問題ないな。この分なら、他の場所を見てくることも——
だが、一時間ほどその場で持ち堪えていると、突然離れた場所から爆発音と倒壊音が聞こえてきた。
「あん? なんであんな場所……いや、あっちには別の生徒がいるのか」
どうする。助けに行くか?
装備か人か……それらが足りないのか今のところは敵の攻めもそれほど苛烈ではなく、この場所は余裕があるから助けに行くことはできるといえばできる。
だが……。
「伊上さん。ここはある程度の安全は確保できました。あっちにいる人たちも助けに行きましょう!」
「だめだ。現状が安定してるっていっても、そりゃあお前がいるからだ。勇者の力があるから敵は本腰にならない。それに、お前はまだ細かな力の制御ができてないだろ。乱戦で使えば味方ごとやるぞ」
そう。余裕があるって言っても、そりゃあ特級の宮野がいるからだ。何度か敵に接近されかけたが、そのうち二度ほどは宮野が雷をぶっ放して状況を維持してる。
今状況が落ち着いているのは、敵がその力を警戒しているからってのもあるはずだ。
「ならば、私がともに参ります」
「……お嬢様?」
「私と俊は特級です。助けになるでしょう」
だが、俺が宮野の提案を否定するとお嬢様——天智がそう言いながら前に出てきた。
「悩んでいる時間があるのですか? どうせ行くのでしょう? あなたが行かずとも、私は助けに行きますわ」
「ちっ……少し待て」
止めたところでこのお嬢様は行くだろう。何せ特級モンスター相手に人を助けるなんて理由で突っ込んでいくようなバカだ。止まるはずがない。
元々、状況が落ち着いたら大して戦力になれない俺が動いて、他の場所の状況の把握と、できるなら他の救援をしようとは思っていた。
どうせ止まらないなら、このお嬢様と一緒に行動した方がいいに決まってる。
俺にとっても、こいつにとってもな。
「宮野。なんか異常があったらすぐに連絡しろ。俺に繋がんなかったら佐伯さんに連絡しとけ。向こうの状況も関係してくるが、助言くらいはしてくれるかもしれない。前に名刺もらったはずだろ?」
「はい。でも……」
「浅田、安倍、北原。お前ら前回みたいに無茶はするなよ。今回はお前達が無茶をしてもすぐにはこれねえかもしれねえんだからな。それと、教師の中に裏切り者がいたんだ。今ここにいる奴らの中にいないとも限らない。気をつけろよ」
「はんっ、あんたこそ、変なところで怪我したりしないでよね!」
すっかり普段通りになった浅田は、いつものように強気な言葉で返事をし、他の二人もそれに同意するように頷いた。
「行くぞ」
それを見届けた俺は、後ろに天智飛鳥と工藤俊という特級二人を引き連れて陣地の外へと出ていった。
──◆◇◆◇──
「完全に崩れてんな」
あまり派手にならないように行動しながらやってきたのは、爆発音が聞こえたと思わしき場所。
そこは予想した通り完全に校舎が崩れており、血の跡もあった。
「……っ! この音っ!」
「戦闘音です!」
まだ少し距離があったために俺には聞こえなかったが、特級二人はかすかな戦闘音を拾ったようで、天智は途端にその音の方向へと走る速度を上げて突っ込んでいった。
「あ、くそっ! バカが!」
「先に行きます!」
天智が走って行った後を追って工藤も走って行ってしまった。
あいつらが進んでいった方向へと後を追っていくと、たどり着いた先はまだ崩れていない校舎の入口の前で、そこではすでに戦闘が行われており、天智と工藤は二十人近い相手と大立ち回りをしていた。
だが、あいつらは特級だ。相手が全員一級だったとしても死ぬことはないだろう。
それに、校舎の中から援護の魔法が飛んでってるし、放っておいても問題はないな。
なので俺は他のところ——崩れていない校舎の方に向かった。
魔法が飛んでったってことは、中に人がいるんだろうから、そっちの確認が先だな。
「強化はしてあるのか」
……いや、当然か。こいつらは建物の崩落に巻き込まれた生き残りだ。建物内に逃げるんだったらそれくらい警戒はするか。
校舎の中に入ろうとしたのだが、窓は土で塞がれており、壁は壊せないように魔法がかけられていた。
なので仕方なく戦闘の隙を縫って正面から入ろうとしたのだが……
「まあこうなるよな」
「くそっ、敵がここまできたのか!」
「おい! 人呼んでこい! こいつだけなはずがねえ!」
俺のことを敵だと思い、侵入されたんだと判断して攻撃してきた。
「待て! 俺は教導官だ! 他の場所に余裕ができたから様子を見にきたんだよ! あそこで戦ってるあれ! あいつらの仲間だ!」
俺は生徒達の攻撃を避けながらそう言って腰に差していた剣を外して放り投げ、冒険者の免許証も取り出して放り投げて両手を上げた。
そこまでやると流石に疑いくらいは持ったのか、生徒達は攻撃の手を止めて俺を警戒しながらも俺のなげた冒険者証を拾い上げて視線を落とした。
「教導官?」「でも三級よ?」「三級が教導官なんてやるか?」「そもそもこの状況でここまで来れんのか?」
そんな疑いの言葉が視線とともに俺に向けられるが、まあ仕方がない。普通は三級を教導官に選ぶ奴なんていないもんな。
「俺の担当してんのは一年の宮野瑞樹のチームで、あそこにいるのは同じく一年天智飛鳥とその教導官の工藤俊。状況的に難しいと思うが、信じてくれ」
「……一応信じるが、おかしいと思ったらすぐに斬るぞ」
「ああ。わかってる。……それで、状況はどうなってる? 俺たちがいたところは戦闘試験中だったんでそのまま屋外に陣を敷いて防衛してたんだが、余裕が出てきたんで俺たちが他の様子見に来た」
そうして俺たちは他の生徒達がいるらしい教室に向かいながら一年生達のとった行動を伝え、こっちの状況を聞いたんだが……正直、ひどいとしか言えない。
どうやら今日戦闘試験があったのは一年だけだったようで、二・三年は教導官を連れておらず普通に筆記テストをしていたそうだ。
そんな状態で襲撃があったらしく、まともな装備もなく混乱し、教師は真っ先に殺された。
で、混乱しながらもなんとか襲撃者を倒したが、現状の把握とその後の方針について話していると追加の襲撃者に襲われ、校舎への籠城を余儀なくされたらしい。
それは三年も同じで、二年よりも上手く対処していたらしいのだが、そこにあの爆発だ。
ここは二年生の使っている建物で、さっき見た崩れた建物は三年生の使っているものだったらしいが、あの倒壊に巻き込まれて三年の半分以上が死亡か負傷したらしい。
そして三年は二年と合流しようと隣の棟に怪我人を連れてやってきて今に至る、とそんなところだ。
指示をする奴も、非常時に中心になれるような絶対的な戦力もいないんじゃ、仕方ないかもしれないけどな。
一年に宮野と天智という特級が二人もいるから多いように感じるが、本来特級なんてのはそう多くいるものではないのだ。
そんなわけで、俺たちのたどり着いた教室では生徒達が血まみれで倒れていた。
建物の倒壊から生き延びた奴や、襲撃で怪我をした奴らだろう。
しかし、なんだな。聞いてる分には最初はこっちの襲撃は弱かった感じだな。俺たちを潰せないからこっちを強化したのか?
だとすると、敵の目的はやっぱり宮野か? もしくは特級が二人いる一年を先に潰そうとした?
……だが、どっちにしても敵の戦力が弱すぎないか? 襲撃するなら初手爆発でいいだろうに。
最初から校舎を壊しておけば、それに巻き込んでおしまいだ。
一年はわかる。最初に宮野と天智という特級を先に確実に殺しておきたかったんだろう。爆発から生き延びられたら面倒だからな。
だが他の学年は……いや、一年と同じく先に潰したい相手がいたのか?
特級はいないって言っても、それでも一級の上位に入る奴はいるし、ランキングの上位にいる奴らはそれなりの強さがあるだろうからな。
天智が十位以内に入れていなかったことを思えば、そいつらを先に確実に殺したいと考えるのはわからないでもない、か?
そんな感じで状況把握をしていると、外の襲撃者を全部倒したのか、天智と工藤がこっちにやってきた。
「状況はどうですか?」
工藤の問いかけに俺は今聞いたばかりの状況を説明していく。
「ここの生徒達を引き連れての合流……」
「それは不可能です。怪我人が多すぎますわ」
「だな。ここを守るしかないってことだ」
提案、というよりも共通の認識を持つためという意味合いの強い工藤の呟きに答え、俺たちはこの後の方針を考えていく。
——のだが……
「……それで、どうされるおつもりで? なにかしらの策はあるんでしょう?」