佳奈:最強との出会い
「っ!」
突如晴華がビクリと体を震わせ、勢いよく右を見ると同時に立ち上がったのだ。
「晴華ちゃん?」
そんなおかしな反応を示した晴華に対して柚子が困惑しながら声をかけたが、晴華はそちらに視線を向けることなく、険しい目つきで虚空を睨んでいる。
「くるっ!」
「「「え?」」」
知人の恋人の調査で尾行というどうしようもない理由ではあるが、一応現在は隠密行動中だ。
晴華もそのことは理解しているだろう。だが、それでも晴華は大きな声で叫んだ。
その理由がわからず困惑を見せる佳奈達だったが、すぐに晴華の行動の理由を理解することになった。
「ゲ、ゲート!?」
「発生の予兆なんてなかったよね!?」
先ほどから晴華が見ていた先、そこに突如としてゲートが発生したのだ。
本来ゲートが発生する際には数日前からその地点に異常が出る。
にもかかわらず、今回はなんの反応もなかった。
そして、他者の魔力を見ることができるほど『眼』が良い晴華だけが気づくことができた。
「佳奈、柚子、落ち着いて! まずは状況の確認を。みんな武器は持ってる?」
ことここにいたれば、もはや隠密行動など気にしている場合ではない。
そう判断すると、リーダーである瑞樹は懐にしまっていた短剣を取り出してメンバー達へと声をかけた。
「私はある」
晴華はそう言うと袖に仕込んでいた短杖を取り出して構えた。
後数秒もすれば魔法の構築を終え、仮にモンスターがゲートを超えて出てきた場合でも即座に攻撃に移ることができる状態になる。
「わ、私も、普段のじゃないけど」
柚子は普段使っている大きな杖は持っていないが、魔法の補助をするための首飾りならば付けている。
全力を、とはいかないが、とりあえずの戦闘だけであれば問題はないだろう。
「佳奈は?」
「一応ないこともないけど……あった、あれの方がいいでしょ」
だが、佳奈だけは何も持っていない。佳奈が使う武器は大きすぎるのだ。
一応拳につける装備は持っているが、佳奈はそれよりも良いものを見つけた。
「バスの案内?」
「バス会社の人には悪いけど、これでっ!」
そう叫びながら佳奈はバスの時刻表を片手で持ち上げ、肩に担いだ。
と、同時に、ゲートからモンスターが姿を見せた。
「……っ。最悪」
だが、そのモンスターは翼を持っていた。そして、それが一体だけではなくパッと見ただけでも二十ほどはいる。
翼を持っているモンスターを自由になどさせてしまえば、どれほど被害が出るのかわからない。
瑞樹達は一体でも多くのモンスターを倒そうと視線を交わし、頷き合った。
「あ」
だが、佳奈達が用意したそれらはただの一度も使われることはなかった。
丁度洋菓子店から慌てた様子で出てきた浩介達だったが、浩介がどこかに電話をかけるのに対して女性の方はゲートを睨むと優雅な動きでゲートへと向かって跳んでいった。
「あぶな——え?」
「白い……炎……?」
モンスターが出てきているところに向かっていけば、当然ながら狙われる。
だが、女性が空中で腕を軽く振り払うと白い炎が空へと放たれた。
そして、白い炎が消えた後には、それまでそこにいたはずのモンスターは骨どころか塵すら残さずに消えていた。
「何あれ……あんなの見たことない」
「白かったけど、一応同じ炎の魔法だし晴華なら……晴華?」
「う、そ……なんで、こんなとこに?」
女性はそのまま跳んでいき、ゲートの中へと入っていった。
「晴華? 何? 何か知ってるの?」
そんな女性の様子を眺めながら、瑞樹はおかしな反応をした晴華へと尋ねた。
だが、晴華は呆然とした様子でゲートを——いや、ゲートの中に入っていった女性のいた場所を見ていた。
晴華の様子を訝しんだ瑞樹は再度問いかけようと思ったが、それは視線の先の出来事によって止まった。
「……黒?」
「白じゃなくて、今度は黒い炎?」
ゲートから、白ではなく黒い炎が溢れてきたのだ。
「……待って、白と黒の炎って、前にどこかで見た覚えが……」
そんな光景に何か引っ掛かりを覚えたのか、瑞樹はまだ警戒しながらも自身の記憶を探っていく。
だが、瑞樹が自身が望むものを記憶から拾い上げることができないでいる間にも時間は進み、たった今黒い炎が溢れてきたゲートから先ほど入っていった女性が再び姿を見せた。
そして浩介の元へと戻ると、何事もなかったかのようににこやかに笑いかけ、少しだけ浩介と話すと二人はどこぞへと消えていった。
あっという間に色々と事態の進んだその光景を呆然と眺めていた四人。
当初の浩介の尾行という目的を忘れ、思い出した頃にはとっくに姿が見えなくなっていた。
「結局あれなんだったのよ!」
「すごかったよね。勇者なのかな?」
「晴華は何か知ってるのよね?」
「あ、あれは……魔法使いの……ううん、冒険者の頂点……」
わずかに震える声で吐き出されるその言葉は、普段の晴華の様子から考えればおかしなものだった。
だが、それも事情を知っているのなら仕方がないと言える。
何せ、つい先ほどまでその場にいた相手は……
「——『世界最強』」
「「「………………え?」」」
そう呼ばれる圧倒的な強者だったのだから。