『研究所』
____伊上 浩介____
あ゛―、来てしまった。来たくなかったんだけどなぁ。
でも仕方がないよな。一応俺から頼んだことが関係してるわけだし、来ないわけにはいかない。
すごく。すっっっっごく嫌だけどな。
俺は深呼吸をして覚悟を決めると、目の前の大きく広い建物の敷地を進んでいく。
その場所はやけに厳重に警備されており、外壁は高く誤っての侵入はできない。仮に中に入ったとしても、随所に設置されている監視カメラが侵入者を見逃さないだろう。
加えて、武装した警備員が定期的と不定期の両方で巡回している。
ここまでやれば誰も入ろうとは思わないかもしれないが、それでも油断できないのがこの場所だ。
「こんにちは、佐伯さん」
「ああ、伊上君。よく来てくださいました。すみません、度々ご足労いただいて」
「いえ、佐伯さんにもですが、ここの方々にはこちらも色々と手を貸してもらってますし、お互い様です」
そんなかなり物騒な敷地内を進んでいくと、俺の目指していた建物の前で一人の男性がタバコを吸って待っていた。
佐伯浩史。それがこの男性の名前だ。確か、歳は四十だったかな? この『研究所』のトップだ。
「それに……『あいつ』を放っておくと後が怖いんで」
「あ、あはは……確かに、僕たちとしても『アレ』放置されるとちょっと、いや大分……かなり困るかな」
「困るですめば御の字ですけどね」
そんなふうに軽く会話をしていると、佐伯さんはタバコを携帯灰皿に入れて、それを服のポケットにしまった。
「とりあえず、行くとしようか。いつも通り、きみを待ってるよ」
「俺としては待っててほしくないんですけどね」
そして俺たちは建物の中へと進んでいった。
「すまないね。最近は忙しいんだろ?」
建物の中に入ってからいくつかの……いや、〝いくつもの〟手続きをしてから俺たちはようやくまともに進むことができた。
明らかに普通の場所ではないが、それが必要な場所なのだということを俺は知っている。
「まあまあですね。以前よりは楽になりましたよ」
「そうかい? まあ、そうかもね。でも女子高生相手にチームを組むなんて、忙しいのとは別に大変じゃないのかな? 僕からしてみれば、娘と同じ歳くらいの子達と一緒に寝泊まりすることになるわけだし」
「それはありますね。救いとしては歳や性別で追い出されたりしないことですかね。異性の混じるチームや年が離れたチームだと、どうしても問題が起こりがちですから」
「それで捕まる人もいるしね……捕まってくれないでよ?」
「しませんってば、まったく……」
流石に俺だってそれくらいの分別はある。
というか、ダンジョン内で〝そういうこと〟をするつもりはない。
まあダンジョン内でなくても、娘とまではいかないが、それでも姪っ子くらい歳の離れた奴らを襲ったりはしないが。
そもそも、無理矢理致そうとすれば、ナニが、とは言わないが潰される。
「はは、冗談だよ。でも、その反応からすると渡辺くん達にも言われたかい?」
「ええ、顔面に拳を叩き込んでやりたくなるくらいに」
「そ、そうか。なら僕はこれ以上言うのをやめようかな」
「ええ、そうしてください」
そんな雑談をしながら長く、そして複雑な通路を進んでいく。
右へ左へと何度も曲がるが、その造りはどこも同じなのでここへ初めて来た者は間違いなく迷うことになるだろう。
「相変わらず、警備が厳重ですね。何度来ても案内がなければまともに進めない自信があります」
「まあ、そりゃあね。ここの目的を考えれば当然だ」
佐伯さんがいるからこそ俺は難なく進むことができているが、もし俺一人で進もうとしたら迷うだろうし、そもそも迷うほど進む前にここの警備に止められるだろう。
「ダンジョンってのは今のみんなの認識だと迷路とか怪物の巣って意味になってるけど、元々の意味としては『牢獄』だ。外から内の侵入を拒むんじゃなく、内から外への逃亡を拒むもの。『ダンジョン』というものを今のみんなの認識である迷路ではなく、本来の『牢獄』という意味で捉えるのなら、その名前はゲートの先の世界よりもこの場所の方がふさわしいくらいだ」
「内から逃がさないための場所、ですね」
ここには外には出してはならないものがたくさんある。
それを考えると確かにこの場所は一種の牢獄だろうな。
「ああ。ゲートに関するもので常道から外れたものを集め、研究する施設。それがここだからね。生きてるのも死んでるのも、全て等しくここから無闇に出してはならないものだ。……ま、これも何度も話したことだけどね」
「ですね。でも、そうやって話すの好きでしょう? 他の話題よりも声が弾んでますよ」
「はは、わかるかい? まあこんなことを外の人に話せる機会なんてほとんどないからね。少しくらい自慢したいのさ」
当然ながら、ここの職員は内部の情報を外に漏らさないように定められている。
だからこそ佐伯さんは一応外部の者である俺に話すのが楽しいのだろう。
俺も関係者だし色々と制約があるが、それでも外部の者だからな。
「……でも今の話で行くと、ダンジョンってのはその奥——『牢獄』になにを閉じ込めてるんでしょうね?」
「さあ? それはいつか分かるかもしれないし、分からないかもしれない。そもそも分かっていいことなのかそうでないのか、それすら分からない状態だからね」
そう。ゲートが発生してもうそれなりの時間が経つが、何がどうなって、どこに繋がったのか分かっていない。
分かっているのは最初に〝やらかして〟ゲートの発生原因を作った国ではゲートの大量発生が起こり、真っ先に被害を受けて国民も経済力も当時の半分以下まで落としたってことだけ。
そして今やゲートによる被害はその国だけではなく世界中で起こっているということ。
他に強いて上げるとしたら、ゲートの向こうにある世界で取れる素材は今までの常識を覆し、やらかした国が考えていたように資源問題を解決したってことくらいだ。
「まあ、僕たちにできることは一つ一つ地道に謎を紐解いていくだけだ」
「願わくば、その謎の先に滅びが待ってないといいんですけどね」
「そりゃあ僕だってそう思うよ」
佐伯さんは冗談めかして言っているが、俺も佐伯さんもそれを本心から冗談として笑うことはできなかった。
「……ところで、その今のチームメンバーなんだけど……」
と、突然俺の前を進んでいた佐伯さんがそれまでの雑談とは違って些か真剣味を帯びた声で話しかけてきた。
「宮野のことですか?」
「それもある。けど、それ以外も気をつけたほうがいい」
その言葉を聞いて、俺は一瞬だけぴくりと反応して足を止めたが、それは本当に一瞬のことですぐに再び歩き出した。
「……何か、どこかで動きがありましたか?」
「救世者軍がちょっとね。最短で一ヶ月、遅くても半年以内に行動を起こす予想だ」
「随分と間が開いてますね」
「ま、今までの行動なんかからの予想でしかないからね。前もって予想を立てられただけでもマシだよ」
それもそうか。何もわからずに襲撃、なんてことになったら大変だっただろうからな。
「で、だ。狙いとしてはおそらく新たな『勇者』だ」
「……宮野ですか」
「あくまでも予想でしかないけどね。単なる特級なら数は少ないがそれほどでもないけど、新たな『勇者』ってのは、それだけ貴重で、良くも悪くも狙われやすい。それは君もわかっていただろう?」
佐伯さんの言ったように、力を持っているものというのはそれなりに狙われやすい。
それは政治などの権力争いなどで自派閥に引き込もうとかする、なんてぬるいものではなく、本当の意味で——『命を』という意味で狙われるのだ。
「わかってます。とりあえず、これからは危機を感じ取るための力を優先して身に付けさせることにします」
「そうか。うん。そうするといい。『勇者』に死なれちゃあ困るからね」
「……ええ」
『勇者』に死なれたら困る、か。
その考えは間違っていない。いないんだが……。
そんなふうに言った佐伯さんの言葉に、俺はただ小さく頷くことしかしなかった。