望まなかった未来
「——あんたのことが本気で、す、好きな子がいたらどうすんの?」
バスを待つ間に不意に問いかけられた浅田の言葉に、俺はすぐには返すことができないでいた。
恋人、か……。
少なくとも、今は作ろうとかできたらいいな、なんて考えられない。……いや、今後一生考えられないかもしれないな。
「そうだなぁ……」
もう昔の事だ。割り切らなくちゃいけない。前を向かなくちゃ、次を見なくちゃいけないってのはわかってる。
だが、そうわかっていてもすぐに割り切れるもんでもないんだ。
やっぱり、まだしばらくは考えを変えることはできそうもない。
こればっかりはどうにかしようと思って自力でどうにかできることでもないからな。仕方ないと言えば仕方ない。
……いや、その理由も逃げてるだけか。
それでもやっぱり、しばらくは恋人だとか考えられない。考えたくない。
「そもそもさ、なんであんた彼女作んないのよ。あんたは、その、性格悪いってわけじゃないし、顔もそこそこ良い……悪くないし、恋人ができないってことはないと思うんだけど……」
だが、俺が返答に悩んだ末に曖昧に返してしまったからだろう。
浅田は俺の内心の拒絶を感じ取ることができずにそのまま話を続けてきた。
俺にとって、恋人云々って話はあまりされたくないことだ。多少の雑談で軽く話題に上がる程度なら、まだ耐えられる。
だが、明確に恋人を作れだとか、結婚しろだとか、付き合っている奴はいないのか、なんて踏み込んだ話をされると、結構つらい。
なんて言うかな……頭の中で見たくないものがチラついて、それが誰に対してのものかわからないが……無性にイラつくんだ。
「……まあ、色々あるんだよ」
そう言っていつものように肩を竦めて誤魔化したのだが、今日はなんでかいつもと違い、そのまま終わってくれなかった。
「色々ってなんなの? もしかして前に付き合ってた彼女のことが忘れられないとか?」
「……」
その言葉を聞いた瞬間、俺は自分の体が強張るのが理解できた。
頭の中にいろんな情景が鮮明に流れていき、言いようのない気持ち悪さが胸の中で渦巻いている。
そのせいで心臓が強く、そして速く脈打ち、握る拳は痛みを感じているのに緩めることができない。
「あ、あの。伊上さん?」
宮野が心配そうな表情で俺を呼んでいる。
だが頭ではそのことを認識していても、俺はそれに返事をすることができなかった。
やめろ。聞くな。なんでそんなことを聞くんだ。
頼むから——それ以上聞かないでくれ。
だが俺のそんな気持ちは通じることなく、浅田は普段よりも速い口調で言葉を紡いでいく。
「たしかもう何年も前の話なんでしょ? いい加減忘れてさ、次の相手を見つけた方が——」
ガンッ! と何か硬いものを叩きつける音が聞こえた。
いや、聞こえたってか、俺がやったのか。
どうやら俺は無意識のうちに自分が寄りかかっていた柵を殴っていたらしい。
「うっせえよ」
「え……」
「なんでそんなことお前らに話さなきゃなんねえんだ?」
俺の反応が予想外だったのか、浅田だけではなくその場にいた他の三人も驚愕に目を見開いて体を硬くしている。
「誰もがお前みたいに能天気に考えなしでいられると思うなよ」
こんなこと、言うはずではなかった。
だがそれでも動き出した口は最後まで止まらず、俺はそう吐き捨てると浅田を睨み付けた。