雷光の一撃
だが、そんなことを何度も繰り返し、あと少しで倒せるだろうというところで、巨猿に新たな動きがあった。
「天智さん!?」
「くそっ! 切った腕まで操るかよ!」
怪我は治っているものの、まだ動くことができないお嬢様を狙って切り落とされたはずの腕が勝手に飛んでいったのだ。
巨猿のサイズに相応しい大きな腕は、ぶつかれば人一人くらい簡単に潰すだろうという勢いで飛んでいく。
このままでは、あのお嬢様が死ぬ。
「ナイスだ白騎士! だがちっとおせえんじゃねえか!?」
「あなたとの戦いのせいなんで仕方ないですよ! 間に合っただけよしとしてください!」
だが、そうはならなかった。
俺が倒したはずの特級冒険者——『白騎士』と呼ばれる男が飛ばされた腕とお嬢様の間に入って防いだのだ。
「まだ本調子ではないので攻撃には参加できませんが、後ろは任せてください!」
あいつがいるなら後ろは任せてもいいな。
だが、あいつ自身が言ってるように本調子じゃないみたいだし、長引かせるのはまずいか。
そう考えながら、先ほど飛んでいった腕へチラリと視線を向けると、その腕はもうぴくりとも動いていない。
腕を飛ばしたものの、それ以上動かないところを見ると飛ばすことしかできないと考えるべきか?
いや、そう楽観するべきじゃないな。それは俺たちを油断させるためでって、飛んでった腕も操れると思うべきだろう。
……仕方がない。あまりやりたくはないが、浅田たちも疲れて動きが鈍ってる。これ以上引き伸ばすと本当に誰か死ぬかもしれない。多少賭けの要素もあるが、やるしかないな。
俺はそう判断すると軽くため息を吐いてから宮野に向けて大声で叫んだ。
「宮野、俺が隙を作る。お前は最大火力で頭を狙え!」
「で、でも、私まだ完全に操れるわけじゃ……」
だが、そんな俺の言葉に宮野はビクリと反応すると、自信なさげに答えた。
……それは知っている。俺が完全に使いこなせるまでダンジョンでは使うなって言ってたんだしな。
しかし、状況が状況だ。やってもらわなければ困る。
「いいからやれ! できるかどうかなんて聞いてねえ! できなきゃ死ぬだけだ! 俺の教えを無視して首突っ込んだんだ、最後くらいきちっと片つけてみせろ!」
そんな俺の言葉を聞いても数秒ほど悩んだ宮野だったが、覚悟を決めたのか宮野から魔力の高まりを感じた。
そして、その魔力は髪を靡かせながら宮野の体から溢れ出すと、あいつの持っている剣へと収束していった。
そんな様子を見て納得すると、俺は手首につけていた真っ白な細いミサンガを引きちぎり、それを取り出したクナイに結びつけて投げつけた。
それは巨猿の胴体を狙っており、今の体勢からでは避けられないだろう。
そして巨猿もそう思ったのか、クナイは腕で薙ぎ払われた。だが——
「なに、あれ……」
それは誰の声だったのか。
巨猿がクナイを弾こうと腕を振るい、クナイとぶつかった瞬間、その腕が黒く燃え上がった。
その不気味な炎を消そうとしたのか、他の腕で炎を払う動作をしたが、炎は触れたもの全てに移り、燃やしていく。
「宮野! やれええええええ!!」
巨猿の動きを止めた俺は叫びながら宮野へと振り返る。
すると、振り返った先には宮野が青く輝く稲妻を纏っている剣を構えていた。
「やああああああっ!!」
そして、叫びとともに宮野は剣を振り下ろした。
楕円状の三日月とでも言おうか。そんな形をした稲妻が宮野の振り下ろしとともに剣から放たれ、未だ炎をどうにかしようともがいている巨猿へと飛んでいった。
そして——光と音が周囲を蹂躙した。
目の前に雷が落ちたのではないかと思わせるような轟音。
目を瞑っていてもなお、眩しく感じるほどの強烈な閃光。
それでもそうなることを予想していたので、どうにか動くことができる。
そしてそれは宮野自身も同じだったのだろう。少しふらつきながらも巨猿がいた場所へと視線を向けている。
俺たちが視線を向けた先には、まだピクピクと動いているものの、ほとんど虫の息と言ってもいい状態の巨猿が腕や体の大半を炭化させていた。
本来の宮野の全力を喰らったのなら即死でもいいのだが、まだ力の使い方が甘かったのだろう。
「——や……やった、の?」
そう呟くと、宮野は緊張が解けたからか、力を使い果たしたからか、ドサリとその場にしゃがみ込んだ。
「おい宮野」
「あっ、伊上さん! やった! 私たち、勝ったわ!」
俺が声をかけると、宮野ははしゃいだ様子でこちらに振り向いた。
その気持ちはわかる。だが、この馬鹿め! まだ終わりじゃないんだよ!
——グ……オオオオオオ……!
「え?」
宮野は呆然とした声を漏らしながら後ろに振り返るが、あいつが今から動いても間に合わないだろう。
だが、死にかけの巨猿が宮野へと襲いかかる前に両者の間で爆発が起こった。俺の投げた爆弾だ。
それによって座り込んでいた宮野は吹き飛ばされるが、その程度は油断した代償として思ってもらおう。どうせあいつにとっては力を使い果たした状態だったとしても大した威力じゃないだろうし。
そんなことよりも、あいつはどうなった?
片手に銃を持ち、もう片手には爆弾を持った状態で俺は油断なく死にかけだった巨猿へと視線を向ける。
爆発による煙が晴れたそこには、黒焦げの状態の巨猿が転がっている。
ぴくりとも動かないので死んでいるんだとは思うが、それでも警戒し続け、もう一度耳の穴から頭の中に水を流し込んでかき混ぜる。
それでも反応はなく、アレは本当に死んだのだと息を吐き出した。
本当ならこのまま座り込んで休みたいところだが、まだだ。
俺はさっきの爆発で地面を転がって土だらけになった宮野へと近寄っていった。
「トドメをさすまで気を抜くな、ばかたれ。完全に倒してないのに油断するからそんな反撃を受けるんだよ。冒険中は油断するなって伝えたはずだったんだが? 俺の記憶違いか?」
「うぅ……聞いたけど……」
地面に座り込みながらこちらを見上げている宮野にそう話しかけると、宮野はしょんぼりした様子で項垂れた。
「ちょっと、あんた。勝ったのよ? 私たち勝ったんだからもう少し別の言葉があるでしょ!」
そこに浅田が割り込んできたが、その足はふらついている。やっぱりこいつももう限界だったんだろうな。
「勝ったことと、反省点がないことは別だろ」
「う〜〜……けど──」
浅田が言葉に詰まっていると、北原と安倍もこちらに近づいてきた。
その様子は魔力の使い過ぎで疲れているものの、大きな怪我などはないようだ。もしかしたら隠しているだけかもしれないが、少なくとも死んでいない。なら、それでいい。
「……はぁ。……だけどまあ、全体的によくやったんじゃないか?」