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瑞樹:『特級』のモンスター

 ____宮野 瑞樹____


「どうしてあんなのがっ!」


 浩介が俊との戦いを終えて走り出した頃、瑞樹たちは浩介の感じた感覚の元に混乱しながらもどうするべきか話し合っていた。


 今彼女たちが感じている気配の元は、いままで対峙してきたどのモンスターよりも上……どころか、比べ物にならないほどに恐ろしいものだった。


「多分、倒し切っていなかった、ということでしょうね」

「もしくは新たに発生した可能性もありますが、どちらにしてもイレギュラーの存在であることは間違いありませんわ」


 慌てている佳奈に対して、瑞樹と飛鳥の反応は比較的冷静だ。

 だが、その内心は両者ともに普段通りとは間違ってもいえなかった。


「どうすんの!?」

「もちろん——倒します」


 ほとんど悲鳴のような佳奈の問いかけに、飛鳥はギュッと槍を握り締めながら答えた。


「できるの? あれ、ここのボスみたいだけど……」


 自分たちは確かに特級だ。普通のモンスターやダンジョンの主なら倒すことができただろう。

 だが、おそらくではあるが感じる気配の元も——特級。


 学校に入学してまだ半年程度しかたっていない、新人とも呼べない、半人前以下の自分たちで倒すことができるのだろうか。


 瑞樹はそう不安を滲ませた声で飛鳥に問いかけた。


「何を怯むことがあるというのですか。モンスターを倒すのが冒険者である私たちのなすべきことでしょう?」

「そうだけど……一級、もしかしたら特級の可能性だって——」

「だとしても、関係ありませんわ」


 だがそれでも飛鳥は引かない。

 自身に問いかけた瑞樹も、そのチームメンバーも気にすることなく、ただ真っ直ぐに強大な気配の元へと視線を向けている。


「ここで下がってしまえばあのモンスターはゲート前で待機している方々を襲うでしょう」


 今はランキング戦の最中だった。それ故に、その戦いの様子を撮影するためにゲートの入り口付近では多くの機材が置かれており、多くの人が集まっていた。


 いかに敵が強大だとしてもここで倒さなくては、せめて足止めをしなくてはその者たちが襲われることになる。


 それは人々を守るために冒険者を目指している飛鳥にとっては認められないことだった。


「そうでなくても私たちを追いかけるでしょう。そうなれば結局戦うという結果は変わりません。ならば、どうせ戦うのでしたら、逃げて疲労が溜まる前に戦った方がいい。そうは思いませんか?」


 どうあっても引く気のない飛鳥の言葉を受け、まずは自身の安全を確保しろと浩介の教えを受けていた瑞樹たちは眉を寄せて飛鳥のことを見た。


 だがそれでも飛鳥は臆することなくまっすぐに前を見ている。

 瑞樹は、誰かを守るために立ち上がるそんな姿が、かっこいいと思ってしまった。


(……ごめんなさい)


 愚かなことはわかってる。

 教えを無駄にすることもわかってる。

 自分勝手な自己満足だというのも、当然理解している。


 ——だがそれでも。


「……そうね。ここで逃げるわけにはいかない、か」

「ええ。だから、アレはここで倒します」


 瑞樹は飛鳥の横に立つと、逃げるために鞘に戻した剣をもう一度引き抜き、それを構えた。


「はっ!? ちょっ、ほんとにアレと戦う気!?」

「逃げたければ、どうぞ。私は戦うというだけですので」


 突然の瑞樹の行動を見て、逃げるつもりだった佳奈は驚きの声をあげるが、それに答えたのは飛鳥だった。


「あんたに聞いてんじゃないのよ! 瑞樹!」

「ごめん、佳奈。晴華と柚子も。私も、ここで引いちゃいけないと思うの」


 仲間が自分のことを呼んでいる。きっと彼女たちも瑞樹の行動を咎めているのだろう。

 瑞樹はそのことに心苦しさを覚えたが、一瞬迷うと覚悟を決めて仲間たちに向かって言葉を紡いだ。


「……無理強いはしないわ。これは相談なく私が勝手に決めたことだから。だから——いたっ!?」


 だが、そんな覚悟を持って放たれた瑞樹の言葉は頭を叩かれたことによって無理やり止められた。


 瑞樹は頭を押さえながら後ろへと振り向くと、そこには悲しんでいるような、怒っているような顔をした佳奈がいた。


「このバカ! なんでっ……どうしてっ……あーもう! 何バカ言ってんの! 友達を置いて逃げるわけないでしょうがっ!」

「わ、私も逃げない、よっ!」

「同じく」


 そんなバカな選択をした自分についてくることを選んだ友達の言葉を聞いて、瑞樹は仕方なさそうに、でもとても嬉しそうに笑った。


「……ありがとう」


 危機的な状況であるというのは変わらない。そのはずなのに笑い合っている瑞樹たちを見て、飛鳥は以前にみずきの言った『最高のチーム』という言葉が脳裏によぎった。


「……私は間違っていたのでしょうか?」

「え?」

「……いいえ。なんでもありません。それよりも……来ますわよ」


 そして、先ほどから強くなっていた気配の主がついにその姿を見せた。

 その体は大きく、一軒家と同じくらいの大きさがある。

 そんな巨大な猿の体からは、通常の二本の腕の他に何本もの腕が生えており、その姿はさながら千手観音のようだ。

 千手観音とは違ってさすがに千本も腕はないが、それでもその数は百近くはあるのではないだろうか?


 しかしその腕は全てが同じ大きさというわけではない。太く短いものもあれば、逆に細く長いものもある。

 そんな歪さが、モンスターの恐ろしさを増していた。


 ——ゴアアアアアアアアッ!!


 ビリビリと空気を震わせる叫び。

 本来の猿の鳴き声とは似ても似つかないそれは、聞いただけで気を失ってもおかしくないほどの圧力を感じられた。


「っ! 晴華!」

「<絶火>!」


 晴華が魔法を口にした瞬間、晴華の前に小さな拳大の炎が現れ、それは巨猿の頭部に飛んでいく。

 巨猿はそれを避けるように体を屈めたが、その程度では意味がない。


 その小さな炎が巨猿の頭上にたどり着いたその瞬間——炎が咲いた。


 その威力は凄まじく、並のモンスターならば灰すら残すことなく焼き尽くすだろう。


 だが、炎が消え去った後には少し体毛が焦げただけの巨猿が怒りの声をあげているだけだった。


「……これは……ちょっと骨が折れそうね」


 つー、と冷や汗を流しながら、瑞樹は震えそうになる体に力を入れてモンスターを見据えた。


 突然高温に晒されたことで巨猿は怒りを込めて叫び、自身の腕の中を前に伸ばしながら走り出した。


「宮野さん!」

「ええ!」


 この場において前衛として敵の攻撃を引きつけることができるのは瑞樹と飛鳥の二人だけだ。


 佳奈も前衛ではあるが、その能力のほとんどは攻撃に費やしているので、防いだり避けたり、というのはあまり得意ではない。

 なので、今瑞樹達と共に敵に向かっていっても返り討ちにあうだけだ。


 そのことを悔しく思いながらも、佳奈は自分にできることをするために動き出した。


 ──◆◇◆◇──


 瑞樹たちが巨猿と遭遇してから既に十分程だろうか?

 もう十分なのか、それともまだ十分なのかは判断する者によるだろうが、瑞樹達にとっては〝まだ〟の方だった。


 たった十分しかたっていないにも関わらず、既に瑞樹達の疲労は溜まっていた。


 元々短期決戦を狙っていたために飛ばしていたということもあるが、それでも本来の彼女達ならばもう少し余裕があっただろう。


 だが、瑞樹と飛鳥以外の三人が、この十分の間にすでにダンジョン一帯に張ってある治癒の結界が作動してしまっていたという事実が彼女達の動きを鈍らせていた。


 今は防御よりの動きをしているが、少しでも攻撃がかすっただけで重傷になる攻撃を避け続けるというのは、本当の意味で命をかけた戦いをしたことがない瑞樹達にとっては辛いものだった。



「くっ! ……佳奈っ!」

「せいっ、やあああああ!!」


 だが、そんな疲労が溜まった状態にあってもなお、瑞樹達は諦めることはなく戦っていた。


 瑞樹と飛鳥が囮となり、晴華と佳奈が攻撃を重ねていき、怪我をしたら柚子が癒す。


 既に巨猿の腕を何本も切っており、このままなんとかなるんじゃないかと思わせるような戦い。

 初めての強敵を相手にここまで戦えるのは見事と言える。


「あがっ!」


 だが、特級の冒険者が常識を投げ捨てているように、特級のモンスターもまた、常識をぶち破っている存在なのだ。


 切ったはずの腕が再生し、飛鳥を殴り飛ばした。


「天智さん!」


 殴り飛ばされた飛鳥は地面に叩きつけられ大きく跳ね上がると、そのまま何度かバウンドしてから木に激突してようやく止まった。


 生きてはいるし、意識はある。だが動けないようだ。


 柚子が駆け寄っているが、狙ったのか偶々なのか、柚子のいる位置とはモンスターを挟んで正反対の位置だった。


「ぐうっ……まだ……まだあああああああ!!」


 飛鳥が消え、囮としては瑞樹しかいなくなったために巨猿からの攻撃はその苛烈さを増した。


 瑞樹は必死になって対応するが、今まででもギリギリだったのに攻撃の数が倍になってしまえば、対処し切れるわけがなかった。


(このままじゃ……死——)


 ——グオオオオオオオオオッ!?


「え?」


 瑞樹がそう遠くないだろう未来を想像したその瞬間、今まで瑞樹を狙っていた巨猿の動きが乱れ、なぜか自身の顔を押さえ始めた。


「想定外に出くわしたら逃げろって教えたはずだろうが、バカども」

「いがみ、さん……」


 そして、瑞樹達の教導官としてチームに参加していたメンバーの一人、伊上浩介が姿を見せた。

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